「十種神宝異聞」~天に叢雲、地上の空華~

大和撫子

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第十五話

招かれざるモノ・後編

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 痩せたひのきの幹に羽を休めていた蝉は、ジ、ジジッと二声鳴くどこかへ飛び立っていった。そろそろ陽が傾きかけている。出来れば次の村まで行ってしまいたいところだ。

「この先の山道は野武士が沢山出ると聞きますんで、道中気をつけて行ってくだされ」

 村人はそう言って注意を促しつつ、送り出してくれた。

(世間ずれしているのがバレていたのかな……)

 氷輪は己の衣装のや持ち物の生地が上等の物であり、真新しく殆ど汚れていない事を今更のように気付き、そして何故か恥ずかしく感じた。山道を出きるだけ足早に歩く。完全に暗くなるまでに森を抜けたい。火を起こしたものなら、あっと言う間に山火事になりそうだ。それほど干上がった土地だった。

(私は本当に安全なところで守られていたのだな)

 つくづく感じる。けれどもそれは、大切な人柱であるが為。それを思うと複雑な心境だった。

(ん? 人の気配……もしや野武士とやらか?)

 突如として複数の人の気配を感じ取った。喜怒哀楽、色々な感情が入り乱れているようだ。

(……何だろう? 内輪揉めか?)

 敢えて錫杖を鳴らしたまま進む。この先、野武士との遭遇は避けられないだろう。それならば早めに戦いの実践経験を積んでおきたかった。しばらく歩くと、右奥の方向から複数の男たちの声が聞こえてきた。立ち止まって、声の様子を窺う。

……この恩知らずめが!……

 ドス、ガシ

……出来損ないの癖に!……

 ドス、ドサッ

(怒号?)

 男たちの罵り合う声。微かに聞こえる、くぐもった鈍い音。

(恐らく、一人を複数が攻撃している……)

 『出来損ない』、その言葉に酷く胸がざわめいた。急いでその場所を目指す。錫杖の音がせわしなく鳴り響いている筈であるのに、男たちの怒号は止まない。恐らく音に気付かないほど激昂しているのだろう。近づいてくる怒号。
 しばらく行くと、ちょうど木々が倒れたり切られたりして広場になっているような場所が見えてくる。何頭かの馬が木に括りつけられて草をんでいる。複数の男たちが固まって何かを取り囲んで何かを蹴ったり棒で叩いたりしている。飛び交う怒鳴り声に、錫杖の音も掻き消えてしまう。何頭かの馬は氷輪を見て軽くヒヒン、と鳴いたがやはり男たちは誰一人として、氷輪には気づかない。

 ドス、ドス、ガシ、ドス

「天涯孤独で可哀想だと思って拾ってやったのによっ!」

 ドス、

「このクソガキがっ!」

 ドス、ガシ、

(これは、なんと!)

 男たちが取り囲んで暴行していたのは、両手で頭を抱えるようにしてうずくまっている子供だった。居ても立ってもいられずすぐさま声をかける。

「あの、もし!」

 誰も気づず、子供に暴行を加え続ける。氷輪は呆れたように眉をしかめ、溜息をついた。そして再び声をかける。今度は腹の底から声を張る。

「お辞めなさいっ!」

 凛として張りのある声に漸く気づいた男たちは、手を止め驚いた様子で氷輪を一斉に見た。男たちの目に、うら若き見目麗しい僧侶の姿が映る。厳しい顔付きで男たちを見据えている。

「何の真似です? 大人が子供によってたかって」
 
 咎めるような眼差しで男達を見据える氷輪。なまじ整い過ぎた顔のせいで一種のこの世のものならぬ怪奇めいた恐ろしさがあった。そのせいか、男たちは誰一人として気色ばむものはいない。

「お坊様、そうはおっしゃいますが、このガキはそうされても仕方の無いクズでしてね。大人として礼儀っちゅーもんを叩き込んでいるところなんですわ」

 屈強な野武士たちの中でも一際大柄で貫録に満ちた男が応じた。あご髭がワカメのように伸び放題だ。

「なるほど。そなたたちにはそれなりの理由があるというのですね。けれどもそのくらいで許しておあげなさい。これ以上やれば死んでしまいます」

 氷輪は男に理解を示しつつ、辞めるようにやんわりと促す。子供はまだ幼さの残る男の子だ。蹲って両手で頭を守るように覆ったっま、微動だにしない。気を失っているのか、意識があってその姿勢のままでいるのかが不明だ。ボロボロに裂け、泥だれけの直垂が痛々しい。細い手足には擦り傷は内出血の跡が無数にある。早く手当をしてやりたかった。

「お言葉ですが、このガキは恩知らずなクソですぜ」

 男はとんでもないというように肩をすくめた。

「あなたはおさですか?」
「如何にも」
「なるほど、ではあなたがたの言い分を聞きしょう。ですがその前に、この子の手当が先です!」
「ですが……」
「手当が先です。この子の言い分も聞きませんと。いいですね!」

 穏やかな態度とは裏腹に、静かな怒りを含んだ瞳に気圧けおされるようにして、長を始め野武士たちは氷輪の言葉に従った。そうせざるを得ないほど、氷輪は気高くそしてどこか神仏めいた畏敬の念を抱かせた。
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