「大正浪漫夢奇譚」~トキメキ朱鷺色戀物語~

大和撫子

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第陸話

其の四

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 「えっと……これは……」

あぁ、これはさすがの朱鷺子様も茫然としてらっしゃいますねぇ。言葉を失っていらっしゃるご様子です。お気持ちは察するに有り余るといいますか……。あ、おっとこれは失礼致しました。お話がいきなり飛んでしまいましたね。

 あれから帰路についた途端、藤史郎とうじろう様より呼び出された朱鷺子様が急いで書斎に向かわれました。私は朱鷺子様の左肩に位置しております。何となく、藤史郎とうじろう様が何をお話するのか予測がついてしまいますね。朱鷺子様も同じでしょう、触れている私の手足から緊張感が伝わって来ます。

 そうそう、あの後の事ですが。朱鷺子様は当初のお約束通り瑠璃子様たちと合流なさり、ピクニックを楽しまれました。しかし、心の中ではに対する怒りと、何も聞かされる事が無かった『婚約者』で煮えたぎっておられました。それでもその感情を決して表に出す事はなく、見事にお嬢様方の「憧れのお姉さま」を演じ切ってたのでございます。本当に『淑女の鑑』そのままでお仕えする私も鼻高々でございましよ。

 ……そのような経緯を経て、今朱鷺子様は机を挟んで藤史郎とうじろう様と向かい合っておられるのでございます。

 では、ご説明させて頂きましょう。一体、朱鷺子様の御身に何があったのかと申しますと。朱鷺子様が入室するなり、藤史郎様はいくつかの書類のような物を手渡されました。そして唐突にこうおっしゃいました。

 「朱鷺子、見合い相手の候補者だ。勿論、今すぐに結論を出す必要はないし、無理にその中から選ぶ必要も無い。お前をしっかりと守り、一ノ宮家を末長く盛り立ててくれるであろう男を厳選したつもりだ」

 あー、あの『盆暗不良』の事ですか。うん、どれどれ? 瞠目したまま硬直なさっている朱鷺子様の左肩より、書類を覗き込んでみます。「神宮寺理仁」とありますね。ほうほう、やはりアヤツでしたか。まぁ、藪から棒ではありものの、ここは予想通りの範囲でしょう。セピア色のお写真は俳優のプロマイドでも使用したのでしょうか? 如何にも良家の御子息然とされておりますよ? これは一種の詐欺ではないでしょうか。先程の事が無ければとても『盆暗不良』には見えません。……やっぱり、イケ好かない野郎です。藤史郎様の口振りでは、あちらからの縁談のようですが。風来坊を一ノ宮家の地位と財力でにして貰おう、とかいう魂胆でしょうか。

 けれども朱鷺子様が戸惑われたのは、その次の書類なのでした。

 「……薫お兄様?」

そうです、そこには二階堂薫様の文字とお写真が御座いました。これには私も予想外過ぎて驚きましたよ。困惑気味の朱鷺子様の反応は最初からお分かりなっておられたのでしょう、藤史郎様は大きく頷かれると

 「お前が驚くのも無理は無い。だが、幼馴染の彼ならお前の事をよく分かっていて大切にしてくれるだろうし、お前自身も安心するだろうと思ってな」

 とおっしゃいました。でも、ですよ?

「あの、お言葉ですが……薫お兄様は二階堂家の次期当主なのでは?」

 そうです、朱鷺子様のおっしゃる通り。

「あぁ、それについては二階堂家とも相談済みだ。勿論、本人も納得しておる。ここはワシから話すよりも薫君本人から話を聞くのが良かろう」

 との事でした。はて? そうなりますと二階堂家はどなたが継がれるのでしょう? 我が一ノ宮家は? 色々と謎ですね。それよりも、朱鷺子様は別の事が心を占めてらっしゃるご様子です。

 (そんな……お兄様は瑠璃子がお好きで。瑠璃子もお兄様に心を寄せているのに。瑠璃子が二階堂家にお嫁に行くのだと思っていたのに)

 と、 筆舌に尽くしがたい複雑な思いを抱えていらっしゃいました。朱鷺子様、おいたわしや……。

「え?」

 次の書類を目にして、朱鷺子様は小さく声を上げられました。おや? これは予想外です。何故ならそこには怜悧さを物語る銀縁眼鏡がお馴染みの……

 「近衛なら安心してこの家を任せられるし、お前に生涯忠誠を誓ってくれるだろうと思ってな」

藤史郎様は感慨深げにそうおっしゃいました。まさか、藤史郎様の側近が見合い候補になるとは。あまりに突然の事で、茫然自失の朱鷺子様。無理もありません、この私ですら混乱して思考が停止してしまいましたから。

 「突然で驚いたろう。今日はゆっくり休んで、また明日からじっくり考えてみなさい」

藤史郎様は慈愛の籠った眼差しを愛娘に向けるのでした。

 さて、今宵は朱鷺子様が悪夢にうなされぬようお守りせねば。お見合いの件は一旦保留としましょう。

 
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