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第参話
其の二
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「……今回の結果はどうだ?」
ある日の一ノ宮家、とある一幕でございます。
まるで『いぶし銀』のように渋く重厚な声が響きます。その声の持ち主は、中背、堂々とした体躯を枯草色の着物に包み込み、暗緑色の帯姿で座っております。見るからに高そうな木製の机に、座り心地抜群そうなの椅子にゆったりと腰をおろしておられます。伊太利亜からの輸入ものなのだとか。
少し日焼けした健康的なお肌、がっしりとした鼻、太い眉に頑固そうな唇。切れ長の瞳は鋭く、お顔立ちはどことなく野生のライオンを思わせます。視線や身のこなしなど、一部の隙もなくタダものではない雰囲気をお持ちですね。黒々としたフサフサの髪を短くカットされており、その髪はツンツンと天に向かって立っていますが、とても柔らかく手触りが抜群なのでございまして。そのギャップが不思議な魅力となって人を惹き付けるようですね。
それで、たまに頭の上にお邪魔してその髪に頬を埋めるさせて頂くのです。最初の内は爪を立ててしまいよく叱られたものですが、今では満更でもないご様子。そんな訳で、今では私のお気に入りの場所の一つとなっているのです。
何を隠そう、この御方こそ現在の一ノ宮家当主、藤史郎様なのでございます。奥様が身罷られて以降、そのお立場故に周りから後添えを勧められるものの未だに亡き奥様一筋を貫く非常に高潔な御仁です。
「……依然として結果は変わりませんね」
向かい側に凛然と立っているのは、白のワイシャツに黒のスーツをビシッと着こなす長身細身の男性です。褐色の髪を前髪から後ろに撫でつけて、一部の解れもないオールバッグにされています。色白で酷く整ったお顔立ちに細い銀縁眼鏡をかけており、その瞳はガラスのように冷たく澄んだハシバミ色……そうです、彼は近衛廣政。着物姿は卜い鑑定時または普段着として。伊達メガネ、スーツ姿は藤史郎様の秘書として勤務中の際の服装なのでございます。
「やはり、あまり良い縁談ではないか……」
「時期尚早、と」
「だが、朱鷺子ももう十五になる。行き遅れに……」
「そうはなりませぬ故、ご安心を」
心配で堪らないご様子の藤史郎様に、淡々と諭す廣政様。ここ何年かのお二人の秘かなやり取りでございますね。
「大きな声じゃ言えないが、ワシはな……この一ノ宮家の未来と、朱鷺子自身の幸せ。その両方を叶えてくれる相手と一緒になって欲しい。この気持ちは昔から変わらんのだよ。甘いかのう?」
苦笑なさる藤史郎様。
「いいえ。時代や世間の流れに左右されない賢明なお考えかと。その想いを実現させるには、もう少しだけ先となりそうです。その時が来ましたら、立て続けに良いご縁談が舞い込むでしょう」
廣政様は無表情のまま冷静に話されます。それが、却って絶妙な説得力を持って映ります。
「瑠璃子は次女だし、妻に似てあの器量だ。朱鷺子が結婚をすればそれこそ引く手数多に縁談が降って湧いてくるだろうから心配はしておらん。……時に、朱鷺子には好いた男はおるのだろうか?」
声を潜め、探るように廣政様を見つめる藤史郎様。
「……さぁ? 朱鷺子お嬢様の個人的な事は……」
廣政様は言葉を濁しました。けれども、ほんの僅かにハシバミ色の双眸に同様の影が揺れるのを、藤史郎様が見逃す筈もありませぬ。けれども何もおっしゃらず、気付かないふりをして流すことに決めたご様子です。
「まぁ良い、また卜いを頼む」
「承知しました。いつでもお声かけくださいませ」
一ノ宮家の事、仕事の事など藤史郎様の命じるままに卜い、一ノ宮家の繁栄も為に尽くすのも廣政様のお仕事の一つです。実は、朱鷺子様が十二歳になられた頃から、縁談が舞い込むようになって来ており、それは現在進行形なのでございますよ。
けれども藤史郎様は廣政様と相談の上、その事はお二人と奥様の翠子様以外、秘密にしてこられました。朱鷺子様に縁談が舞い込む度、こうして廣政様が卜ってきたのでございます。当然、卜いの結果が宜しくなかった場合はその対象となる本人とその家族・家系。交友関係に至るまで極秘で調べ尽くし、少しでも良くない行いがあれば今後、朱鷺子様と瑠璃子様にご縁が出来ないよう対処なさるのでございました。
ある日の一ノ宮家、とある一幕でございます。
まるで『いぶし銀』のように渋く重厚な声が響きます。その声の持ち主は、中背、堂々とした体躯を枯草色の着物に包み込み、暗緑色の帯姿で座っております。見るからに高そうな木製の机に、座り心地抜群そうなの椅子にゆったりと腰をおろしておられます。伊太利亜からの輸入ものなのだとか。
少し日焼けした健康的なお肌、がっしりとした鼻、太い眉に頑固そうな唇。切れ長の瞳は鋭く、お顔立ちはどことなく野生のライオンを思わせます。視線や身のこなしなど、一部の隙もなくタダものではない雰囲気をお持ちですね。黒々としたフサフサの髪を短くカットされており、その髪はツンツンと天に向かって立っていますが、とても柔らかく手触りが抜群なのでございまして。そのギャップが不思議な魅力となって人を惹き付けるようですね。
それで、たまに頭の上にお邪魔してその髪に頬を埋めるさせて頂くのです。最初の内は爪を立ててしまいよく叱られたものですが、今では満更でもないご様子。そんな訳で、今では私のお気に入りの場所の一つとなっているのです。
何を隠そう、この御方こそ現在の一ノ宮家当主、藤史郎様なのでございます。奥様が身罷られて以降、そのお立場故に周りから後添えを勧められるものの未だに亡き奥様一筋を貫く非常に高潔な御仁です。
「……依然として結果は変わりませんね」
向かい側に凛然と立っているのは、白のワイシャツに黒のスーツをビシッと着こなす長身細身の男性です。褐色の髪を前髪から後ろに撫でつけて、一部の解れもないオールバッグにされています。色白で酷く整ったお顔立ちに細い銀縁眼鏡をかけており、その瞳はガラスのように冷たく澄んだハシバミ色……そうです、彼は近衛廣政。着物姿は卜い鑑定時または普段着として。伊達メガネ、スーツ姿は藤史郎様の秘書として勤務中の際の服装なのでございます。
「やはり、あまり良い縁談ではないか……」
「時期尚早、と」
「だが、朱鷺子ももう十五になる。行き遅れに……」
「そうはなりませぬ故、ご安心を」
心配で堪らないご様子の藤史郎様に、淡々と諭す廣政様。ここ何年かのお二人の秘かなやり取りでございますね。
「大きな声じゃ言えないが、ワシはな……この一ノ宮家の未来と、朱鷺子自身の幸せ。その両方を叶えてくれる相手と一緒になって欲しい。この気持ちは昔から変わらんのだよ。甘いかのう?」
苦笑なさる藤史郎様。
「いいえ。時代や世間の流れに左右されない賢明なお考えかと。その想いを実現させるには、もう少しだけ先となりそうです。その時が来ましたら、立て続けに良いご縁談が舞い込むでしょう」
廣政様は無表情のまま冷静に話されます。それが、却って絶妙な説得力を持って映ります。
「瑠璃子は次女だし、妻に似てあの器量だ。朱鷺子が結婚をすればそれこそ引く手数多に縁談が降って湧いてくるだろうから心配はしておらん。……時に、朱鷺子には好いた男はおるのだろうか?」
声を潜め、探るように廣政様を見つめる藤史郎様。
「……さぁ? 朱鷺子お嬢様の個人的な事は……」
廣政様は言葉を濁しました。けれども、ほんの僅かにハシバミ色の双眸に同様の影が揺れるのを、藤史郎様が見逃す筈もありませぬ。けれども何もおっしゃらず、気付かないふりをして流すことに決めたご様子です。
「まぁ良い、また卜いを頼む」
「承知しました。いつでもお声かけくださいませ」
一ノ宮家の事、仕事の事など藤史郎様の命じるままに卜い、一ノ宮家の繁栄も為に尽くすのも廣政様のお仕事の一つです。実は、朱鷺子様が十二歳になられた頃から、縁談が舞い込むようになって来ており、それは現在進行形なのでございますよ。
けれども藤史郎様は廣政様と相談の上、その事はお二人と奥様の翠子様以外、秘密にしてこられました。朱鷺子様に縁談が舞い込む度、こうして廣政様が卜ってきたのでございます。当然、卜いの結果が宜しくなかった場合はその対象となる本人とその家族・家系。交友関係に至るまで極秘で調べ尽くし、少しでも良くない行いがあれば今後、朱鷺子様と瑠璃子様にご縁が出来ないよう対処なさるのでございました。
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