「大正浪漫夢奇譚」~トキメキ朱鷺色戀物語~

大和撫子

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第参話

近衛廣政・其の一

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 「朱鷺子お嬢様、『口は禍の元』と申します。どうか、くれぐれもお気をつけ下さいませ」

朱鷺子様の後ろ姿に語りかける、冷たい程に澄み切った男の声。例えるなら、夜の静寂しじまに響き渡る琵琶の音……そのような感じでしょうか。
 その声の主は、艶やかな褐色の髪を肩の辺りまで伸ばし、首のうしろで一つにまとめております。長身細身に色白のお肌、紺色のお着物に芥子色からしいろの帯という着流しスタイルでございます。面長の輪郭に繊細に整えられた眉、涼やかな目元はハシバミ色で、見た者の背筋がゾクリとするほど冷たく端正なお顔立ちをなさっています。全体的の淡い色素でいらっしゃるのは、お母様が仏蘭西人とのハーフだからなのだそう。

 薫様の甘く華やかな美貌と対比するなら、差し詰め彼は『氷の美貌』と表現出来ましょうか。

「また、うらないのお告げ?」

 場所は一ノ宮家二階の廊下、ボルドー色の絨毯が敷かれた階段付近ございます。朱鷺子様はいささかウンザリしたように彼を振り返りました。

 「それが例え正論であっても、言葉は時にお相手の魂を切り刻む凶器ともなり得るのです」

 彼は尚も続けます。

「それが、お相手の触れられたくない部分であれば尚更、朱鷺子お嬢様への憎しみとなって跳ね返ってしまいます故。古来より、失脚の原因の一つに『逆恨み』がございますが、それも大抵のところがという場合が多いのです」

 その言葉は、朱鷺子様の胸にさざ波を立てて行きます。

「……分かったわよ。淑女らしく口を慎め、と言いたいのでしょう?」

 苛立ちを抑えながら応じられました。朱鷺子様、イライラしてはお肌に障りますよ、と。左肩に乗っていた私は朱鷺子様の左頬に己の頬を摺り寄せます。微かに微笑まれ、右手で私の頭を撫でてくださいました。

 「私は、世間一般の淑女と期待されるものに当てはめる事が正しい事だとは感じておりません。人にはそれぞれ個性というものがございますから」

(この男、無表情なのよね。なまじ、色男なもんだから何を考えているのか分からなくて得体の知れない怖さがあるというか。でも……昔はもっと気さくというか、表情豊かだった筈なのだけれど、一体いつからこうなったのかしら……)

 朱鷺子様の心の声にございます。けれども、それとは裏腹な反応を示す事に決めたご様子。

「あら! 廣政ひろまさ、お父様の右腕的存在としては意外な価値観ね」

 興味深そうに、瞳を輝かせました。心の中に浮かんだ疑問の一欠片よりも好奇心が勝ったご様子ですね。

卜者ぼくしゃたるもの、固定観念や思い込みがあるようでは正確な鑑定は出来ませんので。うらないで『口は禍の元、いざこざ、逆恨みに注意』と出たので、その結果をお伝えしたまでにございます。ただ私は、朱鷺子お嬢様が心配なだけなのでございますよ」

 彼はそう答え、恭しく頭を下げると、

「いってらっしゃいませ。お引き止め、失礼致しました」

 と続けました。

「分かったわ。せいぜい気をつけるわよ。でも、『予言の自己成就』って言葉もあるの、卜者ぼくしゃのあなたならよくご存じよね?」

 と意味あり気にお答えになりますと、踵を返して颯爽と階段を下りて行かれます。

(こういう所が、彼の言うなんでしょうね。意地悪、性格悪い、瑠璃子様とは雲泥の差だ、て影口叩かれちゃう原因でもあるのよねぇ)
 
 と苦笑しながら。朱鷺子様はこれから学校に向かわれるのでございます。対して、

……そういう所、反感を買い易いのが玉にきずでもあり。魅力でもあり……

 と苦笑いを浮かべながら、朱鷺子様を見送る彼。彼は、朱鷺子様よりも七つほど年上の近衛廣政このえひろまさと申す者です。代々政治家や国の重要人物の専属卜い師である一族の末裔、現在は一ノ宮家専属占い師兼、当主の秘書的役割をこなす右腕的存在なのでございます。因みに卜いの術は、「易」と「風水」、「西洋占星術」と「タロットカード」を時と場合において複数組み合わせて卜うのだとか。
 
 この男を見ると、何故だか対抗心が湧き上がるのは何故でしょうか。

 
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