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第弐話
二階堂薫~お兄様~・其の一
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「相変わらずだなぁ、朱鷺子嬢は……」
高くもなく低くもない、男性の声が響き渡ります。心地良く感じると共に、どこか人を癒す力を秘めたお声。さながらヴィオラの音色を思わせます。
「うふふふ……だって皆さん、見え透いているんですもの。お兄様とお近付きになりたいならご自分でなんとかすれば宜しいのですわ」
朱鷺子様のお声の様子が弾んでおられます。とてもウキウキしていらっしゃいますね。
麗らかに晴れた日曜日の昼下がり。こちらは一ノ宮家の庭園でございます。蔓薔薇やラフランセなどを始め、各種類ごとに薔薇たちがお行儀良くまとまり、凛然と咲き誇っております。庭園の中央には、左肩に水瓶をかかげた乙女の白い像が設置された噴水場があり、そこは私のお気に入りの水飲み場の一つです。英国式庭園を意識された薔薇園でございますね。
そこから少し離れた場所に、通常よりかなり大きめのコンサバトリーがございます。
庭園の奥の方の薔薇のアーチを抜けますと、ハーブ園が広がっております。そこの敷地内には、これもまた通常よりかなり大きなガゼボが建てられております。本日のように晴れた日はガゼボで、お天気が優れない時はコンサバトリーでお過ごしになるのです。どちらも、お洒落に五角形をかたどった建物となっており、いずれも白の木製で出来ております。
ポカポカな陽気。ハーブの清々しい香りが漂っています。ガゼボに絡みつくピンク色の蔓薔薇のお陰で、内部に木漏れ日のように陽の光が降り注ぎ、設置された白い丸テーブルがまるで陽だまりのようにあたたかい。時折、白のティーカップを取ったりおろしたりする際に発せられる微かなガラス音が心地良くて、少しウトウトしてしまいます。
「まぁ、自分ですべき事なのに他力本願な時点でアウトだし。何より陰口を叩いているなんて淑女とは言えないな」
ヴィオラの声の持ち主はそうおっしゃいますと、破顔なさいました。そしてティーカップをお取りになり、口元へ運ばれます。おの御方は長身細身で白のワイシャツと黒のパンツというシンプルな服装が、スタイルの良さを際立たせています。
「朱鷺子嬢の淹れるローズティーは、いつ飲んでも香り高くて品があるな。淹れた者の人柄が現れるのかもしれないな」
形の良い唇から白い歯がほんの少し零れます。整った高い鼻、品良く整えられた眉に長めの睫毛は、髪と同じお色です。髪は襟足あたりまでと少し長めにカットされておりますが、軽やかに波打つ亜麻色のせいか、少しも重く見えません。上品な二重に緩やかな弧を描く瞳のお色は、鮮やかな翠。さながら研磨されたエメラルドのようでございます。大理石のような白いお肌に整ったお顔立ちは、西洋人形のように甘くお美しい。通りを歩けば人々は振り返ってご覧になるほどでございますよ。
「またまた……お上手ですわね」
ツンと横を向いて見せる朱鷺子様。ですが瞳は輝き、微笑んでおられます。朱鷺色のおリボンはいつもより深いお色のものを。フサフサとした鳶色の髪は殊更艶々とされており、念入りのお手入れされたご様子。頬がほんのりと薔薇色に染まっているように見えるのは、気のせいではないでしょう。
それもその筈、この御方こそ二階堂薫様。侯爵家の嫡男であり、英国の公爵令嬢の末娘であったという曽祖母の容姿を鮮やかに受け継いでおられるのだとか。朱鷺子様より三つほど年上の御仁。女性いう女性の憧れの的なのでございます。
「僕は本当の事しか言わないよ」
と真顔になられる薫様。益々頬を薔薇色に染める朱鷺子様。
「……一ノ宮家の長女として。せめて頭脳と身体の、所作などは恥ずかしくないように一流になりませんと。それが、卒業面と陰で揶揄される私の務めですわ」
漆黒の瞳に、ほんの少し影を滲ませながら寂し気に微笑まれました。
「朱鷺子嬢は卒業面なんかじゃないよ」
真剣な眼差しで見つめられる薫様。そのエメラルドの瞳には、自嘲の笑みを浮かべる朱鷺子様が映し出されます。今にも泣き出しそうに見えるのは、私のお嬢様贔屓がそう見せるのでしょうか。
「有難う存じますわ」
朱鷺子様はそう言って、話題を変えるように椅子からお立ちになります。何かを言いたそうに、薫様は朱鷺子様の後ろ姿を見つめました。けれども、結局……諦めたように微かに微笑まれただけでした。
(……駄目ね、私ったら。せっかくお兄様と二人だけで過ごせる貴重な時間を、気を遣わせてお世辞まで言わせるなんて……)
自責の念に駆られる朱鷺子様の心の声が伝わってきます。気もちを切り変えようと、間近に茂るローズマリーを見つめておられます。
毎週日曜日の昼過ぎのおよそ二時間ほど、瑠璃子様はピアノのお稽古ごとがある為、こちらには終わり次第向かわれるのです。その間だけは、薫様とお二人だけで過ごせるという、朱鷺子様に取っては何よりも代えがたいお時間なのでございました。
高くもなく低くもない、男性の声が響き渡ります。心地良く感じると共に、どこか人を癒す力を秘めたお声。さながらヴィオラの音色を思わせます。
「うふふふ……だって皆さん、見え透いているんですもの。お兄様とお近付きになりたいならご自分でなんとかすれば宜しいのですわ」
朱鷺子様のお声の様子が弾んでおられます。とてもウキウキしていらっしゃいますね。
麗らかに晴れた日曜日の昼下がり。こちらは一ノ宮家の庭園でございます。蔓薔薇やラフランセなどを始め、各種類ごとに薔薇たちがお行儀良くまとまり、凛然と咲き誇っております。庭園の中央には、左肩に水瓶をかかげた乙女の白い像が設置された噴水場があり、そこは私のお気に入りの水飲み場の一つです。英国式庭園を意識された薔薇園でございますね。
そこから少し離れた場所に、通常よりかなり大きめのコンサバトリーがございます。
庭園の奥の方の薔薇のアーチを抜けますと、ハーブ園が広がっております。そこの敷地内には、これもまた通常よりかなり大きなガゼボが建てられております。本日のように晴れた日はガゼボで、お天気が優れない時はコンサバトリーでお過ごしになるのです。どちらも、お洒落に五角形をかたどった建物となっており、いずれも白の木製で出来ております。
ポカポカな陽気。ハーブの清々しい香りが漂っています。ガゼボに絡みつくピンク色の蔓薔薇のお陰で、内部に木漏れ日のように陽の光が降り注ぎ、設置された白い丸テーブルがまるで陽だまりのようにあたたかい。時折、白のティーカップを取ったりおろしたりする際に発せられる微かなガラス音が心地良くて、少しウトウトしてしまいます。
「まぁ、自分ですべき事なのに他力本願な時点でアウトだし。何より陰口を叩いているなんて淑女とは言えないな」
ヴィオラの声の持ち主はそうおっしゃいますと、破顔なさいました。そしてティーカップをお取りになり、口元へ運ばれます。おの御方は長身細身で白のワイシャツと黒のパンツというシンプルな服装が、スタイルの良さを際立たせています。
「朱鷺子嬢の淹れるローズティーは、いつ飲んでも香り高くて品があるな。淹れた者の人柄が現れるのかもしれないな」
形の良い唇から白い歯がほんの少し零れます。整った高い鼻、品良く整えられた眉に長めの睫毛は、髪と同じお色です。髪は襟足あたりまでと少し長めにカットされておりますが、軽やかに波打つ亜麻色のせいか、少しも重く見えません。上品な二重に緩やかな弧を描く瞳のお色は、鮮やかな翠。さながら研磨されたエメラルドのようでございます。大理石のような白いお肌に整ったお顔立ちは、西洋人形のように甘くお美しい。通りを歩けば人々は振り返ってご覧になるほどでございますよ。
「またまた……お上手ですわね」
ツンと横を向いて見せる朱鷺子様。ですが瞳は輝き、微笑んでおられます。朱鷺色のおリボンはいつもより深いお色のものを。フサフサとした鳶色の髪は殊更艶々とされており、念入りのお手入れされたご様子。頬がほんのりと薔薇色に染まっているように見えるのは、気のせいではないでしょう。
それもその筈、この御方こそ二階堂薫様。侯爵家の嫡男であり、英国の公爵令嬢の末娘であったという曽祖母の容姿を鮮やかに受け継いでおられるのだとか。朱鷺子様より三つほど年上の御仁。女性いう女性の憧れの的なのでございます。
「僕は本当の事しか言わないよ」
と真顔になられる薫様。益々頬を薔薇色に染める朱鷺子様。
「……一ノ宮家の長女として。せめて頭脳と身体の、所作などは恥ずかしくないように一流になりませんと。それが、卒業面と陰で揶揄される私の務めですわ」
漆黒の瞳に、ほんの少し影を滲ませながら寂し気に微笑まれました。
「朱鷺子嬢は卒業面なんかじゃないよ」
真剣な眼差しで見つめられる薫様。そのエメラルドの瞳には、自嘲の笑みを浮かべる朱鷺子様が映し出されます。今にも泣き出しそうに見えるのは、私のお嬢様贔屓がそう見せるのでしょうか。
「有難う存じますわ」
朱鷺子様はそう言って、話題を変えるように椅子からお立ちになります。何かを言いたそうに、薫様は朱鷺子様の後ろ姿を見つめました。けれども、結局……諦めたように微かに微笑まれただけでした。
(……駄目ね、私ったら。せっかくお兄様と二人だけで過ごせる貴重な時間を、気を遣わせてお世辞まで言わせるなんて……)
自責の念に駆られる朱鷺子様の心の声が伝わってきます。気もちを切り変えようと、間近に茂るローズマリーを見つめておられます。
毎週日曜日の昼過ぎのおよそ二時間ほど、瑠璃子様はピアノのお稽古ごとがある為、こちらには終わり次第向かわれるのです。その間だけは、薫様とお二人だけで過ごせるという、朱鷺子様に取っては何よりも代えがたいお時間なのでございました。
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