「大正浪漫夢奇譚」~トキメキ朱鷺色戀物語~

大和撫子

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第壱話

其の二

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 朱鷺子様はニッコリと微笑まれました。

「ご機嫌よう」

 と行きかう同級生達にご挨拶をなさいます。

「朱鷺子様、ご機嫌よう」
「朱鷺子様、ご機嫌よう」

 女学生達も皆、丁寧に頭を下げます。平均的な女学生より少し背の高めである朱鷺子様は、颯爽と歩かれます故歩幅も大きいのでございます。その為、次々と女学生たちを追い抜いて行かれるのでした。

「朱鷺子お嬢様、お帰りなさいませ」

 校門の外に、一ノ宮家専属運転手が待機しておりました。勿論、ボディーガードも兼ねております。歳の頃は二十代半ばくらいでしょうか。高身長に堂々とした体躯。白いワイシャツに黒の背広をビシッと着こなし、黒髪は総髪にしてしっかりと油で撫でつけてあります。実直そうな太い一文字眉、落ち着いた中にも鋭い輝きを宿す茶色の瞳、見るからに寡黙で着実に任務をこなす男、という感じでしょうか。名は日下部達也くさかべたつやと申す者でございます。

「ご苦労様、日下部」

 声をかける朱鷺子様に、丁寧に頭を下げる彼。朱鷺子様は少し屈み込んで、お車の内部を覗き込まれました。指紋や汚れ一つない黒々としたお車のボディーは、鏡のように朱鷺子様のお顔を映し出します。小さな卵型のお顔、象牙色のお肌。キリリと整えられた鳶色の眉。くっきりとした幅広の二重瞼に、頬に影を落とすほど長い鳶色の睫毛に囲まれた瞳は、零れそうな程大きな漆黒でございました。

 ……はて? どこがなのでございましょうか?

「あら、珍しい。瑠璃子はまだ来てないのね」

 瑠璃子様とは、朱鷺子様の二つ年下の妹君にございます。

「はい。もう少しでいらっしゃるかと」
「そうね。このまま外で待つわ」
「畏まりました」

 朱鷺子様は運転手とそのようなやり取りをし、顔を上げられました。大きな瞳は濡れたように黒々としており、深く澄み渡り、勝気さを表すように目尻がキュッと上がっております。鼻は高くもなく低くもありませんが、形は整ってらっしゃる。そして目と目の間に茶色の雀斑が点々と散らばっているのでございました。艶々とした薄紅色の唇は、ふっくらとやや大きめでございます。

 涼やかな目元やアーモンド形の目元、シミ一つないお肌、慎ましやかで小さな唇が美人の条件となっておりますこの時代でございます。朱鷺子様のお顔立ちは個性的で奇抜故に、目立ち過ぎなのでございましょう、語り部である私はそのように分析致します。

琥珀アンバー!」

 お嬢様は、校舎を取り囲むようにして植えられているソメイヨシノと楓の木を見渡しながら、そうお呼びになりました。カサカサカサカサとお嬢様の頭上に茂る楓の葉が揺れ動きます。突如、薄茶色のふわふわとした丸いものが飛び出し、朱鷺子様の右肩にとまりました。それは甘えるように朱鷺子様の頬に己の頬を摺り寄せます。体長5cmほどのその小動物とおぼしきものは、小さな耳、丸みを帯びたピンク色の鼻、大きなまぁるいお目めは艶々とした焦茶色です。小鼻の両脇にピーンと沢山生えた細くしなやかな黒い髭。腹の部分はクリーム色に覆われ、四本の小さな足の裏は桃色なのでございました。

「もう、男の子の癖に甘えん坊さんね」

 朱鷺子様は、可愛くて仕方がない、というようにそれの頭を撫でられました。

 それは、琥珀アンバーと名付けられた「モモンガ」という小動物にございました。朱鷺子様のお父様がお仕事で渡米した際、譲り受けたもの。朱鷺子様をこよなく崇拝し、お慕い申し上げているのでございます。

 そう、賢明な読者様にはもうお分かりでしょう? 語り部はこの私、琥珀アンバーにございまする。以後、お見知りおきを。
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