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「大丈夫かい? 前から言っているけど、力を貸すよ?」
前触れもなく、されど耳に響くバリトンボイス。龍の石像が学園の正門となっているその付近に、長身細身かつしなやかな筋肉を持つ男子が美桜を待っていた。三つ年上で学園内の大学に通う星宮壮真だ。彼は星宮一族の長男で、どういう訳か美桜を気にかけてくれる。象牙色の肌に、ツーブロックで長めにカットされた黒髪が優雅に流れキリリとした眉に高く整った鼻梁、知的に引き締まった形の良い唇を持っている。ハシバミ色の美しい瞳は、典型的な桃花眼で何とも言えない妖艶さを醸し出していた。優美に整った顔立ちは、神が気合を入れて創り上げた彫刻と言っても頷けてしまうほどの美形で、成績優秀、人格者、弓道部のエースでもある文武両道に秀でた彼が、数多の女性を魅了するのは言わずもがなだ。
そんな彼が、どうして自分などを構ってくれるのか非常に不思議だった。相当博愛精神に満ちた御仁なのだろう。さすが星宮一族の次期当主と言われる事はある。
出会いは美桜が初めて舞姫を務めた十歳の頃だ。「可愛いね。頑張っている子は好きだよ」なんて言ってくれて。昔からリップサービスも自然だった。天然人タラシというやつだ。
「いつも気に懸けて下さって有難うございます。これまで面倒で避けて来たツケを一息に払うつもりです」
と笑顔でこたえた。今回の美桜の対処の仕方も評価されるだろう。やり方次第で、舞姫降板という事態も起こり得る。ただ、牡丹と凌には相応の罰が待っているのは確実だ。
「一人で頑張るのも大切だけど、時には周りの力を借りる事も大事な事だよ。無理はしないでね。何かあれば助けるからね」
最早聖人と呼べる領域ではないだろうか? 目頭が熱くなった。お礼と共に頭を下げ、連れ立って学園へと向かった。周りの女子からの憎悪と怨嗟の視線が全身に突き刺さる。これがもし牡丹なら、嫉妬と共に「あれだけ可愛いなら仕方ないよね」という諦めも入り混じる視線となる。何せ、牡丹本人公認の親衛隊が出来るほどのモテぶりなのだ。愛され体質、それは牡丹の天賦の才能だろう。彼女なら瞳を潤ませれば悪意を向ける女子に戦意喪失を促し、親衛隊もしくは凌が颯爽と助けに現れる。美桜の場合は、絡んで来た相手の目をじっと見つめるだけで殆ど恐れをなして逃げていくし、護身術には『腕におぼえあり』だ。
「咲守美桜! 貴様との婚約を破棄する!」
それは唐突に、凌が得意げに声高に宣言する事から始まった。卒業パーティー会場、宴もたけなわ。保護者や教師陣はほろ酔い気分で話が弾み、生徒たちは友達同士或いは恋人同士で盛り上がっている最中だった。
「何だなんだ?」
「噂の断罪劇が始まるの?」
係わりのない人々は大いに興味を抱き、一族所縁の者たちはギョッとして顔色を変える。取り分け、火護当主夫妻の顔色は青を通り越して白くなっている。美桜の両親はは珍しいほど狼狽えていた。周りの多種多様な反応を尻目に、美桜は冷めた眼差しで凌を見据えながら進み出る。周りは無言で道を空けて行くので自然に花道が出来上がった。
鼻息荒く意気揚々とした凌、その腕の中で身を震わせている牡丹。二人を守るように取り囲む牡丹公認親衛隊がざっと二十名ほど、戦闘態勢を取って美桜を睨みつけている。美桜はと言うと、頭の中が冴え渡り妙に冷静だった。
「あら、不実な婚約者殿から漸く解放されるのね、嬉しいわ。火護凌、あなた有責の婚約破棄ね」
凛とした美桜の声が響き渡ると、シーンと水を打ったように場が静まった。予想外だったのか慌てふためく凌と牡丹。何やらコソコソと打ち合わせをしている。戸惑うように見守る親衛隊、まさに茶番だ。
「な、何故俺の有責なのだ?」
動揺して声が裏返る凌。
「だって生まれた時から決められた婚約よ? 長年に渡って私の実妹と不貞行為を働いた訳であなた有責になるのは当たり前でしょ?」
「ち、違うわ。私も良くない事だと分かっていても、愛し合っていて、お姉様は嫉妬して、だから、その……」
慌てて話の腰を折ろうと奮闘する牡丹だったが、もはや日本語の意味を成さない。
「そうだ! お前は俺の寵愛を受ける妹に嫉妬して虐めていただろう! そんな女を妻になど言語道断だ!」
かっこいいところを見せようと、必死に言葉を引き継ぐ凌だったが支離滅裂だ。美桜は惚ける事で幕引きを早める事を狙う。
「虐め? 何の事?」
「この期に及んで惚けるな! 目撃者だっているんだぞ?」
それを合図に、親衛隊の中で三名ほどおずおずと進み出る。自信無さげで頼りない事この上ない。
「ぼ、僕は見ました。学園内の噴水に牡丹さんを、つ、突き飛ばす美桜先輩を……」
「わ、私は牡丹さんの教科書を破っている美桜さんを……」
「ぼ、僕は美桜さんが牡丹さんを階段から突き落とすのを……」
牡丹と凌は満足そう笑み合う。「ほら見ろ!」と意気揚々と話す凌。美桜は淡々と告げた。
「噴水や階段から突き落とすとか一歩間違えば殺人よ? あなたたちそれを黙って見ていたとしたら同罪ね。牡丹とは校舎が違うもの、それは不可能ね。牡丹に嫉妬する理由も無いし。傲岸不遜で倫理観の欠けた凌の事は嫌いだし」
憤怒の形相で「ふざけんなよ!」と怒鳴り出す凌、怒りでわなわな震える牡丹、親衛隊からはブーイングの嵐が飛び交う。
突然パンパン! という柏手を打つ音と共に
「そこまで!」
という張りのあるバリトンボイスが響いた。星宮壮真が優雅に登場、美桜を庇うようにして前に立つ。
前触れもなく、されど耳に響くバリトンボイス。龍の石像が学園の正門となっているその付近に、長身細身かつしなやかな筋肉を持つ男子が美桜を待っていた。三つ年上で学園内の大学に通う星宮壮真だ。彼は星宮一族の長男で、どういう訳か美桜を気にかけてくれる。象牙色の肌に、ツーブロックで長めにカットされた黒髪が優雅に流れキリリとした眉に高く整った鼻梁、知的に引き締まった形の良い唇を持っている。ハシバミ色の美しい瞳は、典型的な桃花眼で何とも言えない妖艶さを醸し出していた。優美に整った顔立ちは、神が気合を入れて創り上げた彫刻と言っても頷けてしまうほどの美形で、成績優秀、人格者、弓道部のエースでもある文武両道に秀でた彼が、数多の女性を魅了するのは言わずもがなだ。
そんな彼が、どうして自分などを構ってくれるのか非常に不思議だった。相当博愛精神に満ちた御仁なのだろう。さすが星宮一族の次期当主と言われる事はある。
出会いは美桜が初めて舞姫を務めた十歳の頃だ。「可愛いね。頑張っている子は好きだよ」なんて言ってくれて。昔からリップサービスも自然だった。天然人タラシというやつだ。
「いつも気に懸けて下さって有難うございます。これまで面倒で避けて来たツケを一息に払うつもりです」
と笑顔でこたえた。今回の美桜の対処の仕方も評価されるだろう。やり方次第で、舞姫降板という事態も起こり得る。ただ、牡丹と凌には相応の罰が待っているのは確実だ。
「一人で頑張るのも大切だけど、時には周りの力を借りる事も大事な事だよ。無理はしないでね。何かあれば助けるからね」
最早聖人と呼べる領域ではないだろうか? 目頭が熱くなった。お礼と共に頭を下げ、連れ立って学園へと向かった。周りの女子からの憎悪と怨嗟の視線が全身に突き刺さる。これがもし牡丹なら、嫉妬と共に「あれだけ可愛いなら仕方ないよね」という諦めも入り混じる視線となる。何せ、牡丹本人公認の親衛隊が出来るほどのモテぶりなのだ。愛され体質、それは牡丹の天賦の才能だろう。彼女なら瞳を潤ませれば悪意を向ける女子に戦意喪失を促し、親衛隊もしくは凌が颯爽と助けに現れる。美桜の場合は、絡んで来た相手の目をじっと見つめるだけで殆ど恐れをなして逃げていくし、護身術には『腕におぼえあり』だ。
「咲守美桜! 貴様との婚約を破棄する!」
それは唐突に、凌が得意げに声高に宣言する事から始まった。卒業パーティー会場、宴もたけなわ。保護者や教師陣はほろ酔い気分で話が弾み、生徒たちは友達同士或いは恋人同士で盛り上がっている最中だった。
「何だなんだ?」
「噂の断罪劇が始まるの?」
係わりのない人々は大いに興味を抱き、一族所縁の者たちはギョッとして顔色を変える。取り分け、火護当主夫妻の顔色は青を通り越して白くなっている。美桜の両親はは珍しいほど狼狽えていた。周りの多種多様な反応を尻目に、美桜は冷めた眼差しで凌を見据えながら進み出る。周りは無言で道を空けて行くので自然に花道が出来上がった。
鼻息荒く意気揚々とした凌、その腕の中で身を震わせている牡丹。二人を守るように取り囲む牡丹公認親衛隊がざっと二十名ほど、戦闘態勢を取って美桜を睨みつけている。美桜はと言うと、頭の中が冴え渡り妙に冷静だった。
「あら、不実な婚約者殿から漸く解放されるのね、嬉しいわ。火護凌、あなた有責の婚約破棄ね」
凛とした美桜の声が響き渡ると、シーンと水を打ったように場が静まった。予想外だったのか慌てふためく凌と牡丹。何やらコソコソと打ち合わせをしている。戸惑うように見守る親衛隊、まさに茶番だ。
「な、何故俺の有責なのだ?」
動揺して声が裏返る凌。
「だって生まれた時から決められた婚約よ? 長年に渡って私の実妹と不貞行為を働いた訳であなた有責になるのは当たり前でしょ?」
「ち、違うわ。私も良くない事だと分かっていても、愛し合っていて、お姉様は嫉妬して、だから、その……」
慌てて話の腰を折ろうと奮闘する牡丹だったが、もはや日本語の意味を成さない。
「そうだ! お前は俺の寵愛を受ける妹に嫉妬して虐めていただろう! そんな女を妻になど言語道断だ!」
かっこいいところを見せようと、必死に言葉を引き継ぐ凌だったが支離滅裂だ。美桜は惚ける事で幕引きを早める事を狙う。
「虐め? 何の事?」
「この期に及んで惚けるな! 目撃者だっているんだぞ?」
それを合図に、親衛隊の中で三名ほどおずおずと進み出る。自信無さげで頼りない事この上ない。
「ぼ、僕は見ました。学園内の噴水に牡丹さんを、つ、突き飛ばす美桜先輩を……」
「わ、私は牡丹さんの教科書を破っている美桜さんを……」
「ぼ、僕は美桜さんが牡丹さんを階段から突き落とすのを……」
牡丹と凌は満足そう笑み合う。「ほら見ろ!」と意気揚々と話す凌。美桜は淡々と告げた。
「噴水や階段から突き落とすとか一歩間違えば殺人よ? あなたたちそれを黙って見ていたとしたら同罪ね。牡丹とは校舎が違うもの、それは不可能ね。牡丹に嫉妬する理由も無いし。傲岸不遜で倫理観の欠けた凌の事は嫌いだし」
憤怒の形相で「ふざけんなよ!」と怒鳴り出す凌、怒りでわなわな震える牡丹、親衛隊からはブーイングの嵐が飛び交う。
突然パンパン! という柏手を打つ音と共に
「そこまで!」
という張りのあるバリトンボイスが響いた。星宮壮真が優雅に登場、美桜を庇うようにして前に立つ。
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