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第九話
ツクヨミ様の想い人 其の二【五】
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赤毛はポカンと粋蓮を見上げている。黄色い髪は日比谷と粋蓮を呆けたように交互に見ている。気持ちは分かる、いきがってみたものの、小馬鹿にしてたチンチクリンに返り打ちに合った上に浮世離れした美形二人に助けられたときたら、それはもう自分の身に何が起こったのか理解するのは難しいだろう。
気が付いたら、雨に打たれていない。いつの間にか、日比谷が自分が持つビニール傘を差しかけてくれていた。粋蓮もまた、親切に赤毛に傘を差しかけていた。二人とも、コンビニで売っている普通のビニール傘でも、天女の羽衣で作ったかのように輝いて見えるから不思議だ。
粋蓮は黒のパンツに白のワイシャツ、黒のスニーカー。日比谷はインディゴブルーのデニムに淡い黄色の長袖シャツ、紺地にオレンジのメーカーイニシャルの入ったスニーカー……二人ともラフな格好だ。いずれも二次元から飛び出したかのようなスタイルの良さだ。
あたしは、と言えば。気恥ずかしくて平常を保つ事に労力を費やしている、つまり現状把握をする事で気を紛らわしていた。粋蓮と日比谷に、その辺りから見られていたのだろう?
真っ先に沈黙を破ったのは粋蓮だった。
「お二人とも怪我もないようで何よりです」
と、得意のアルカイックスマイルを浮かべる。漸く我に返った赤毛は、ハッとしたように眉を上げるといきなり目を向いた。
「あんだとコラッ! お前は関係ねーだろ!」
おいおい、助けられてその言い草はねーだろう。再び沸々と怒りが湧く。だが、そっと左肩に手を置かれ、くだらない事で一々憤慨する己を恥じた。肩に手を置いたのは勿論日比谷だ。
「そうだそうだ、すっこんでろ!」
黄色い髪が赤毛に同調する。なるほど、赤毛に追従する金魚の糞が黄色い毛なのか。一応、あたしに重傷を負わされて警察沙汰になるところ助けて貰ったのにその言いがかりはないと思うぞ、うん。だけど日比谷も粋蓮も、このゴロツキどもをどういなすのか俄然興味が湧く。
粋蓮はフッと柔らかく微笑むと、右手をパンツのポケットに入れて中から真っ赤な林檎を取り出した。……ていうかポケットに林檎が入ってるような膨らみはなかったし。手品か神の力を使っただろう! 甘酸っぱい香りが漂ってふと隣を見ると、日比谷も右手に青林檎を持っている。お前もか!
ぐしゃり、という音と共に甘酸っぱい香りが広がる。矢庭に粋蓮が右手で林檎をぶっ潰したのだ! マジかっ!! 意図も簡単に、スポンジみたいに……
グシャッ、という音と共に濃くなる林檎の香り。日比谷も右手で青林檎を潰したのだ!
ひえっ、と声にならない悲鳴を呑み込んで後ずさりするゴロツキども。うん、賢明な判断だ、脅しが通じるお頭はあったんだね。
粋蓮はにっこりと笑った。だが、目が冷たく冷え切っている。さすがのあたしもゾッとした。ゴロツキ共は自然に隣り合い、手を握り合う。恐怖で顔が歪んでいる。
「私は平和主義者でね。お互い、ここは何もなかった事にした方が平和に済むと思いませんか?」
ぶんぶん、と音がしそうなほど首を縦に振り合う奴ら。
「とっとと失せな、頭を潰されねー内にな」
日比谷がドスの効いた声で脅す。
「す、すみませんでしたー!!!」
「何も見てませーーーーん!!!」
赤毛と黄色い毛は半ば叫ぶように言い残し、文字通り脱兎の如く逃げ去って行った。
しばらく沈黙がが走った。傘に当たる雨音が響く。日比谷の手にも粋蓮にも、林檎は跡形もなく消えていた。
気拙い。でもお礼は言わないと。美女にも謝らないと……
「やれやれ、私の妻は困ったじゃじゃ馬だ」
粋蓮は呆れたように溜息混じりにそう言うとあたしに近づき、自分の傘を差し出した。口調に反して、瞳は限りなく優しいオリーブグリーンだ。トクンと鼓動が一つ踊りあがる。
「……どうして、ここが?」
礼よりもまず口を継いで出た。
「心の中で、私を呼んだでしょう? 言いましたよね。どんな時も必ず助けます、と」
「……粋蓮……」
確かに、警察沙汰になりそうだったから、心の中で謝った……胸に温かい何かが込み上げる。
あぁ……これって、もしかして……
「ツク……ヨミ様?」
鈴の音のように澄んだ、声が響いた。躊躇いがちに震えつつ。美女だ、瞳を潤ませて、息を呑むほど美しい。そして粋蓮は顔色を失い、驚愕に目を見開いている。もはや、二人だけの世界が創り出されていた。
「……サクヤ……」
粋蓮は呟くようにその名を口にした。ズキッと胸が痛んだ。再び、思考が停止した。
同時に傘を地に落とし、引き寄せられるように抱き合う二人をただ茫然と眺めていた。無情な雨が髪を濡らし、額に伝う。涙なのか雨なのかもう分からない。
気が付いたら、雨に打たれていない。いつの間にか、日比谷が自分が持つビニール傘を差しかけてくれていた。粋蓮もまた、親切に赤毛に傘を差しかけていた。二人とも、コンビニで売っている普通のビニール傘でも、天女の羽衣で作ったかのように輝いて見えるから不思議だ。
粋蓮は黒のパンツに白のワイシャツ、黒のスニーカー。日比谷はインディゴブルーのデニムに淡い黄色の長袖シャツ、紺地にオレンジのメーカーイニシャルの入ったスニーカー……二人ともラフな格好だ。いずれも二次元から飛び出したかのようなスタイルの良さだ。
あたしは、と言えば。気恥ずかしくて平常を保つ事に労力を費やしている、つまり現状把握をする事で気を紛らわしていた。粋蓮と日比谷に、その辺りから見られていたのだろう?
真っ先に沈黙を破ったのは粋蓮だった。
「お二人とも怪我もないようで何よりです」
と、得意のアルカイックスマイルを浮かべる。漸く我に返った赤毛は、ハッとしたように眉を上げるといきなり目を向いた。
「あんだとコラッ! お前は関係ねーだろ!」
おいおい、助けられてその言い草はねーだろう。再び沸々と怒りが湧く。だが、そっと左肩に手を置かれ、くだらない事で一々憤慨する己を恥じた。肩に手を置いたのは勿論日比谷だ。
「そうだそうだ、すっこんでろ!」
黄色い髪が赤毛に同調する。なるほど、赤毛に追従する金魚の糞が黄色い毛なのか。一応、あたしに重傷を負わされて警察沙汰になるところ助けて貰ったのにその言いがかりはないと思うぞ、うん。だけど日比谷も粋蓮も、このゴロツキどもをどういなすのか俄然興味が湧く。
粋蓮はフッと柔らかく微笑むと、右手をパンツのポケットに入れて中から真っ赤な林檎を取り出した。……ていうかポケットに林檎が入ってるような膨らみはなかったし。手品か神の力を使っただろう! 甘酸っぱい香りが漂ってふと隣を見ると、日比谷も右手に青林檎を持っている。お前もか!
ぐしゃり、という音と共に甘酸っぱい香りが広がる。矢庭に粋蓮が右手で林檎をぶっ潰したのだ! マジかっ!! 意図も簡単に、スポンジみたいに……
グシャッ、という音と共に濃くなる林檎の香り。日比谷も右手で青林檎を潰したのだ!
ひえっ、と声にならない悲鳴を呑み込んで後ずさりするゴロツキども。うん、賢明な判断だ、脅しが通じるお頭はあったんだね。
粋蓮はにっこりと笑った。だが、目が冷たく冷え切っている。さすがのあたしもゾッとした。ゴロツキ共は自然に隣り合い、手を握り合う。恐怖で顔が歪んでいる。
「私は平和主義者でね。お互い、ここは何もなかった事にした方が平和に済むと思いませんか?」
ぶんぶん、と音がしそうなほど首を縦に振り合う奴ら。
「とっとと失せな、頭を潰されねー内にな」
日比谷がドスの効いた声で脅す。
「す、すみませんでしたー!!!」
「何も見てませーーーーん!!!」
赤毛と黄色い毛は半ば叫ぶように言い残し、文字通り脱兎の如く逃げ去って行った。
しばらく沈黙がが走った。傘に当たる雨音が響く。日比谷の手にも粋蓮にも、林檎は跡形もなく消えていた。
気拙い。でもお礼は言わないと。美女にも謝らないと……
「やれやれ、私の妻は困ったじゃじゃ馬だ」
粋蓮は呆れたように溜息混じりにそう言うとあたしに近づき、自分の傘を差し出した。口調に反して、瞳は限りなく優しいオリーブグリーンだ。トクンと鼓動が一つ踊りあがる。
「……どうして、ここが?」
礼よりもまず口を継いで出た。
「心の中で、私を呼んだでしょう? 言いましたよね。どんな時も必ず助けます、と」
「……粋蓮……」
確かに、警察沙汰になりそうだったから、心の中で謝った……胸に温かい何かが込み上げる。
あぁ……これって、もしかして……
「ツク……ヨミ様?」
鈴の音のように澄んだ、声が響いた。躊躇いがちに震えつつ。美女だ、瞳を潤ませて、息を呑むほど美しい。そして粋蓮は顔色を失い、驚愕に目を見開いている。もはや、二人だけの世界が創り出されていた。
「……サクヤ……」
粋蓮は呟くようにその名を口にした。ズキッと胸が痛んだ。再び、思考が停止した。
同時に傘を地に落とし、引き寄せられるように抱き合う二人をただ茫然と眺めていた。無情な雨が髪を濡らし、額に伝う。涙なのか雨なのかもう分からない。
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