ツクヨミ様の人間見習い

大和撫子

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第九話

ツクヨミ様の想い人 其の二【二】

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 ゴロゴロと寝返りを打つ。右に左に意味もなく。眠気は一向に訪れない。それはそうだ、何故ならまだ午後二時を回ったところだもの。

  『ソードのⅢ・正位置』…それが先程占った時の結果だ、つまりあたしがモヤモヤグチャグチャとして行き場のない感情の正体。単純にカードの意味を解読リーディングすると、『失恋ハートブレイク』……だ。まぁ、恋だ愛だに拘る必要はないから、心が傷ついている…という解釈になるだろうか。

 正直言って失恋と言われても困る、一体いつ? 誰に? どこで? 恋に落ちたというのか。全くもって分からない。

 まぁ、占いはあくまで人生における天気予報とか、生まれもった気質を活かしていくための参考書みたいなものだ。妄信は危険だ、昔から言うではないか。当たるも八卦当たらぬも八卦、と。もしくは、今はそのカードが示す意味は分からなくても、何日か、あるいは何カ月かまたは何年かして「あぁ、あの事を言っていたのか」と俯に落ちるケースもある。
 
 早急にこたえを出す事ではないのかもしれない。

「よし、決めた!」

 自らに喝を入れるように呟くと、勢いよく起き上がる。こんな風に思考が濁流みたいに渦巻いている時は、腐敗して益々落ち込むばかりだ。体を動かして気分転換をした方が良い。

 ベッドから降りると、気分転換も兼ねて顔を洗い、薄くメイクをして髪型を整え、着替えて近くを散歩しよう。

 ともするとダラダラと過ごしたくなる怠け心を跳ねのけるようにして両手で両頬をパンパンと軽く叩いた。

 その時はそれが最善に思えたのだ。


   
 やっぱり自然に囲まれると心が落ち着く。雨はしとしとと降り続けているけれど、緑のトンネルがやんわりと雨を受け流してくれるし、地面は柔らかく水分を吸い取ってくれるから長靴が心地よい。敢えて透明の傘を差して、雨を楽しむのもたまには良い。これは心に余裕がある時しか味わえない楽しみ方の一つだ。

 今のあたしは自分で自分の心情がよく分から無いから、強制的にリセットしてしまおうと森林にやってきている。雨の平日の午後、殆ど人はいないだろうと予測しての事だ。森林の中をただひたすら歩くのも悪くない。無心になれそうだったからだ。

 ただ、前回粋蓮と兎姿の日比谷と来て歩いた場所は避けた。そこを歩けば、嫌でも自然にその時の事を思い出してしまうから。せっかく無心になる為にやってきたのに雑念に支配されてしまうのは本末転倒だ。

 行きかう人は殆どいない。だが、ペットの犬ともども合羽を着て散歩をする初老の女性など、思ったより人がいるのは意外だった。

 トトトトトトと傘に落ちる雨音が、少しずつ心を落ち着かせていく。一定のリズムを聞き続けると一種の催眠状態に入りやすいという類に近いだろうか。ぐっしょりと濡れた木々が、何故かとても艶めかしく見えた。そのまま道沿いに歩いていく。売店も一応開いているらしい。

 ふと、前方に薄紫色の傘と長い鳶色の髪が目に入った。すらりとした体付きに淡いブルーのレインコートを着ている。後ろ姿だが、きっと美人さんなんだろうな、と何となく思いながら近づいていく。どうやら二人の男性と立ち話をしているようだ。高身長で、ひと昔前の崩れたサーファーみたいな奴らだ。如何にもチャラそうな男二人組と清楚っぽい美女の組み合わせに何となく違和感を覚える。

 まさか、無理矢理ナンパ…されていたりして? 少しだけ気にかけつつ、近づいていく。

「いいじゃん、おごってやるって言ってるんだし。ちょっとだけさ」
「いいえ、困ります。これから行く場所が…」
「どこだよ、それなら俺達が送ってやるって」

 ほーら、予感的中だ。たまたま彼女が歩いているところに、ナンパ男が絡んできた、というところだろうか。歩調を緩めず何食わぬ感じを装い、すれ違い様に彼女をチラリと見る。

 うわぁ…凄い美人さんだ! あたしの姉も相当に美人だけど、何と言うか白い牡丹の精霊みたいな、儚げな美人さんだった。その彼女の左手首を、赤く染めた髪の男が掴み、黄色く脱色した髪の男が彼女が左手に下げている白いハンドバッグを掴んでいる。男の一人は真っ赤に染めた短髪、もう一人は黄色く染めた髪をオールバッグにしている。どちらも死んだ魚みたいな目付きだ。

 関わるのは面倒だ、このまま通り過ぎてここから一番近い売店で警備員さんを呼んで貰おうか。いや、でも森の奥に連れ込まれそうだし警備員がすぐ来てくれるとも限らないし、警察に連絡した方が…

「いいじゃん、一緒に行こう、てば」
「困ります、あの…」

「あれ? こんなところに居たんだ? 探したよ」

 無理矢理彼女の手を引っ張り始めた男どもを見て、考えるより先に声が飛び出していた。明るく快活に彼女に語りかけている自分にいささか戸惑う。

 ポカンとあたしを見るチャラ男二人と、大きな目を零れそうなほど見開いてあたしを見つめる美女の組み合わせに、お節介だったかな…と半ば後悔しながら彼女に笑いかけた。

 えーい、ままよ、だ!

 
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