ツクヨミ様の人間見習い

大和撫子

文字の大きさ
上 下
40 / 51
第八話

ツクヨミ様の想い人 其の一【四】

しおりを挟む
   
 月と星の光を地上に届ける役割を持つ巫女は、およそ百名ほどいて、地域別に担当が決まっているという。

 ……なるほど、日本の神様だから担当は日本という事なのか……

 粋蓮の言葉は、あたしの脳内に鮮明な映像を映し出した。音もついているから3D映画を見ているような気分だ。

 巫女たちは皆それぞれに容姿が美しいのは言わずもながで、服装や髪型はイメージで言えば『浦島太郎』に出てくる乙姫様に近い感じだろうか。

 基本的に巫女たちは休みはないそうで、曇り、雨や雪、嵐など光が雲に覆われた際はお休みとなるそうだ。天界の方々、意外と働き者なのか。

 ある曇り空の黄昏時、虚しさを抱えながら夜空を舞うように飛んで巡回していた粋蓮に、美しい歌声が響く。高く澄み切った、笛の音のような……

 不思議と心が洗われ、それでいて空虚な隙間を温かく満たしてくれるような魅惑の声に引き寄せられるようにしてゆっくりと降下していった。段々と声が近づいて来るその場所は、高く大きく生い茂ったトネリコの木からだった。その場所だけうっすらと光を放っているように見える。さながら、陽だまりのようだった。

 彼女はトネリコの根元に腰をおろしていた。陽だまりだと思った光は彼女の流れるような髪だった。大きな紫色の瞳が、彼を見上げた。濡れたように艶のある、澄んだ深い紫色の瞳。陽だまり色の長い睫毛のとばりが、蝶のように瞬いた。

 彼らの頭頂から全身に稲妻が駆け抜けた感覚。互いに一目で恋に落ちた瞬間だったようだ。

 同時にあたしの胸に、氷の槍が貫いた感覚がした。

  

 琉球衣装を思わせる薄紫色の着物は、彼女の雪のように白い肌と儚げな風情によく似合っていた。

 互いに一目で恋に落ちた二人の逢瀬は、曇りや雨や雪、嵐などの月や星が雲で夜空が覆われた時、密やかに行われた。途中で夜空が晴れ渡ってしまった時は逢瀬デートを中断。職務を優先させていたようだ。

 ……律儀な事だ。せっかくのデートなのに仕事優先させるのか。一応、オフの日であるのに。それとも、神様の世界ではそえが当たり前なのだろうか。そうだとしたら、意外にも天界とやらがブラック企業ではないか……

 お二人のデートの会話など事細かに知るのは余りもデリカシーがない気がして。わざと人間界現実的な事に即して当てはめてみる。

 けれども当の彼は、まるで蜂蜜が蕩けるようなほど甘い面差しで、愛おしそうに虚空を見上げているではないか。あたかもそこに彼女がいるかのように。

 何だか胸がムカムカして妙に苛立った。せっかく気を遣ってるというのに、良い気なものだ……でも、あら? どうしてこんなに? 何に対してイライラしているのだろう? でもまぁ、こちらの感情は伝わってないようだし、いいか。相変わらず惚気ているし。ラブラブの惚気話なんて聞かされて楽しい人ってあまりいない……ものよねぇ? そもそもそれほど仲の良い友達も居なかったから、平均というものがよく分からないのだけど。

「……ですが、神々の厳しい掟の一つに、同族以外の交際や結婚を禁じる、というのがありまして」
「え?」

 不意に、顔を曇らせ私を見つける粋蓮にいささか間抜けな問い返しをしてしまった。虚を突かれたのもあるが、古来より神と人、精霊と人などの異類婚姻の話は珍しくなかったからだ。
 
 では、彼女との逢瀬も本来ならいけない、という事? あたしの疑問が聞こえたように、彼は静かに頷いた。

 唐突に、雨足が激しくなってきたようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

致死量の愛と泡沫に+

藤香いつき
キャラ文芸
近未来の終末世界。 世間から隔離された森の城館で、ひっそりと暮らす8人の青年たち。 記憶のない“あなた”は彼らに拾われ、共に暮らしていたが——外の世界に攫われたり、囚われたりしながらも、再び城で平穏な日々を取り戻したところ。 泡沫(うたかた)の物語を終えたあとの、日常のお話を中心に。 ※致死量シリーズ 【致死量の愛と泡沫に】その後のエピソード。 表紙はJohn William Waterhous【The Siren】より。

迦国あやかし後宮譚

シアノ
キャラ文芸
旧題 「茉莉花の蕾は後宮で花開く 〜妃に選ばれた理由なんて私が一番知りたい〜 」 第13回恋愛大賞編集部賞受賞作 タイトルを変更し、「迦国あやかし後宮譚」として5巻まで刊行。大団円で完結となりました。 コミカライズもアルファノルンコミックスより全3巻発売中です! 妾腹の生まれのため義母から疎まれ、厳しい生活を強いられている莉珠。なんとかこの状況から抜け出したいと考えた彼女は、後宮の宮女になろうと決意をし、家を出る。だが宮女試験の場で、謎の美丈夫から「見つけた」と詰め寄られたかと思ったら、そのまま宮女を飛び越して、皇帝の妃に選ばれてしまった! わけもわからぬままに煌びやかな後宮で暮らすことになった莉珠。しかも後宮には妖たちが驚くほどたくさんいて……!?

Satanic express 666

七針ざくろ
キャラ文芸
コインに表と裏があるように、我々の世界にも表と裏が存在する。 これは『霊界』と呼ばれるコインのちょうど真裏の世界。 いや、違うコインの裏側かもしれない…… そんな「人間界」の裏側の世界「霊界」でデンシャを唯一運行さている姉妹の日常を中心とした一話完結のコメディー物語。 ・文字サイズ中以下推奨 小説というよりも台本に近い形で書いております。ですので、閲覧環境によっては文章がグチャグチャになる可能性もありますのでご容赦ください。 (投稿時にプレビューにてPCでの確認はおこなっておりますが、スマホの方では改行が上手く行えておりません。スマホからの閲覧者様申し訳ありません) ※小説家になろう様、カクヨム様のほうでも投稿させていただいております。 ※個人的な読みやすさで本編(本線)は一話を3分割してあります。 ※文章は随時手直し入れます、見切り発車(デンシャだけに)で申し訳ありません

あの日、君の名前を呼んでいたら。

けんじょうあすか
恋愛
誰しもあの時こうしていればという後悔をしている。 立花大和もその一人だ。 立花大和は高校で初めて恋をした。 その恋は、恋だったのか、推しとしての感情なのか。 高校生のピュアで青春っぽいのを目指しました! 日常の細かいところで少しでもみなさんに共感してもらえる部分があったら幸いです。 もともと読みにくい書き方だったので、修正しました。 完結はしていますが、番外編も書く予定です。

美緒と狐とあやかし語り〜あなたのお悩み、解決します!〜

星名柚花(恋愛小説大賞参加中)
キャラ文芸
夏祭りの夜、あやかしの里に迷い込んだ美緒を助けてくれたのは、小さな子狐だった。 「いつかきっとまた会おうね」 約束は果たされることなく月日は過ぎ、高校生になった美緒のもとに現れたのは子狐の兄・朝陽。 実は子狐は一年前に亡くなっていた。 朝陽は弟が果たせなかった望みを叶えるために、人の世界で暮らすあやかしの手助けをしたいのだという。 美緒は朝陽に協力を申し出、あやかしたちと関わり合っていくことになり…?

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

New Life

basi
SF
なろうに掲載したものをカクヨム・アルファポにて掲載しています。改稿バージョンです。  待ちに待ったVRMMO《new life》  自分の行動でステータスの変化するアビリティシステム。追求されるリアリティ。そんなゲームの中の『新しい人生』に惹かれていくユルと仲間たち。  ゲームを進め、ある条件を満たしたために行われたアップデート。しかし、それは一部の人々にゲームを終わらせ、新たな人生を歩ませた。  第二部? むしろ本編? 始まりそうです。  主人公は美少女風美青年?

処理中です...