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第八話
ツクヨミ様の想い人 其の一【四】
しおりを挟む月と星の光を地上に届ける役割を持つ巫女は、およそ百名ほどいて、地域別に担当が決まっているという。
……なるほど、日本の神様だから担当は日本という事なのか……
粋蓮の言葉は、あたしの脳内に鮮明な映像を映し出した。音もついているから3D映画を見ているような気分だ。
巫女たちは皆それぞれに容姿が美しいのは言わずもながで、服装や髪型はイメージで言えば『浦島太郎』に出てくる乙姫様に近い感じだろうか。
基本的に巫女たちは休みはないそうで、曇り、雨や雪、嵐など光が雲に覆われた際はお休みとなるそうだ。天界の方々、意外と働き者なのか。
ある曇り空の黄昏時、虚しさを抱えながら夜空を舞うように飛んで巡回していた粋蓮に、美しい歌声が響く。高く澄み切った、笛の音のような……
不思議と心が洗われ、それでいて空虚な隙間を温かく満たしてくれるような魅惑の声に引き寄せられるようにしてゆっくりと降下していった。段々と声が近づいて来るその場所は、高く大きく生い茂ったトネリコの木からだった。その場所だけうっすらと光を放っているように見える。さながら、陽だまりのようだった。
彼女はトネリコの根元に腰をおろしていた。陽だまりだと思った光は彼女の流れるような髪だった。大きな紫色の瞳が、彼を見上げた。濡れたように艶のある、澄んだ深い紫色の瞳。陽だまり色の長い睫毛の帳が、蝶のように瞬いた。
彼らの頭頂から全身に稲妻が駆け抜けた感覚。互いに一目で恋に落ちた瞬間だったようだ。
同時にあたしの胸に、氷の槍が貫いた感覚がした。
琉球衣装を思わせる薄紫色の着物は、彼女の雪のように白い肌と儚げな風情によく似合っていた。
互いに一目で恋に落ちた二人の逢瀬は、曇りや雨や雪、嵐などの月や星が雲で夜空が覆われた時、密やかに行われた。途中で夜空が晴れ渡ってしまった時は逢瀬を中断。職務を優先させていたようだ。
……律儀な事だ。せっかくのデートなのに仕事優先させるのか。一応、オフの日であるのに。それとも、神様の世界ではそえが当たり前なのだろうか。そうだとしたら、意外にも天界とやらがブラック企業ではないか……
お二人のデートの会話など事細かに知るのは余りもデリカシーがない気がして。わざと人間界現実的な事に即して当てはめてみる。
けれども当の彼は、まるで蜂蜜が蕩けるようなほど甘い面差しで、愛おしそうに虚空を見上げているではないか。あたかもそこに彼女がいるかのように。
何だか胸がムカムカして妙に苛立った。せっかく気を遣ってるというのに、良い気なものだ……でも、あら? どうしてこんなに? 何に対してイライラしているのだろう? でもまぁ、こちらの感情は伝わってないようだし、いいか。相変わらず惚気ているし。ラブラブの惚気話なんて聞かされて楽しい人ってあまりいない……ものよねぇ? そもそもそれほど仲の良い友達も居なかったから、平均というものがよく分からないのだけど。
「……ですが、神々の厳しい掟の一つに、同族以外の交際や結婚を禁じる、というのがありまして」
「え?」
不意に、顔を曇らせ私を見つける粋蓮にいささか間抜けな問い返しをしてしまった。虚を突かれたのもあるが、古来より神と人、精霊と人などの異類婚姻の話は珍しくなかったからだ。
では、彼女との逢瀬も本来ならいけない、という事? あたしの疑問が聞こえたように、彼は静かに頷いた。
唐突に、雨足が激しくなってきたようだ。
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