39 / 51
第八話
ツクヨミ様の想い人 其の一【三】
しおりを挟む「何からお話すれば良いでしょうね……」
彼は戸惑いながらもそう問いかける。瞳に、迷いの影が揺らめいた。猫の目のようにくるくると瞳の色合いが移り変わる。感情が瞳の微妙な色合いに反映されるのだろう。
どこかから話せば良いのか迷ってしまう程に複雑なものが入り混じっているのか。それなら……
「もし、差し支えないのであればお話出来る範囲内で構いませんので。色々お話を聞かせて頂けましたら嬉しいです」
変に気を遣わずに正直にこたえてあげた方が親切だと思う、多分だけれども。彼はほんの少し意外そうに眉を上げると、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。それはまるで、厳しい寒さが続く冬の日々の中、束の間に訪れる小春日和を思わせるような笑みだった。
「……あなたの温かいお心遣いに感謝致します」
そう前置きする彼に、自然に口元が綻んでいた。少し前まで、営業スマイルは苦手だったのに。本音は、
『聞きたい、もっと彼の事を知りたい! けれども同じくらい知りたくない』
そんな、相反する複雑感じが渦巻いていた。
「……そもそも、ツクヨミという神の仕事なのですが……」
あたしの本音を見透しているのかどうかは不明だが、彼は再び物憂げな眼差しで窓越しに空を見上げた。
灰色の雨粒は、機械的に降り続けている。
「……前に少しだけお話したように、夜の役割、生きとし生ける者に休息と安らぎとの時を。また、活動が必要とされる者にはその力を。そしてこの世とあの世の境目が混濁しないように監視する事、おおまかに言い増すとこれがツクヨミとして任された仕事です。けれども、実際には付き人である昴を始め、下につく者たちが細々としたやってくれますし。何より、妹のアマテラスや弟のスサノオが神々の皆に慕われていて。神全体がよく機能していて。あまり私の出番も元からないというか……古事記や日本書紀を見れば分かる通り、私の記述が少ないでしょう?」
粋蓮はそう言って、寂しそうに笑った。確かに、月読命は古事記も日本書記にも記述が少ない。少ない故に、ミステリアスな存在として様々なファンタジー作品に登場したりしている。だけどこれは別に、わざわざ伝える必要もない事だろう。言われなくても既に見透していると思うから。
「……そんな訳で。手持ち無沙汰というか。特に遣り甲斐も感じる事もなく、そもそもツクヨミという存在自体の根本に疑問を抱きつつも、機械的に職務を全うする退屈な日々を送っていましたね」
は? 存在意義を疑問に? この世に存在する者たちを超越する高次元が何をほざくのか?
一瞬、説明のつかない怒りと不快感が込み上げた。何故だろう? だが、寂しそうな彼の眼差しを見てすぐに、サーッと引いて行く引き潮のおゆに気持ちが落ち着いた。
「そんな虚しい日々を送っていた時でした。彼女と出会ったのは……」
ドクンと心臓が凍りつくあたしをよそに、彼は再び窓越しに空を見上げた。まるで、天空にいる彼女がいるかのように穏やかに凪いだ眼差しに移り変わる。
「彼女は、月と星の光を集め、地上に届ける役目を持つ巫女の中の一人でした」
その彼女を慈しむように柔らかな声色で、言葉を紡ぎ出す。あたしの脳内に、降れたら消えてしまいそうな程の儚げな美女が思い浮かんだ。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します
桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。
天魔神社の跡取り巫女、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。
「お前のような綺麗な女性を神は望んでいる」
「神は若い女性を望んでいる」
そうだ、神は若い女性を求めている。私と同じ年頃の女性は村にはいない。
私がやらなければ、私が覚悟を決めれば、村は守られる。
そう、私を見捨てた、本当に存在するかも分からない神のため、命を落とせと言っている村のために。私は──……
「主が生贄人か。確かに美しい、我が欲しいくらいだ。主が良ければ、ここから逃げださないか?」
もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒い、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。
※カクヨム・なろうでも公開中!
※表紙、挿絵:あニキさん
芙蓉は後宮で花開く
速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。
借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー
カクヨムでも連載しております。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
100000累計pt突破!アルファポリスの収益 確定スコア 見込みスコアについて
ちゃぼ茶
エッセイ・ノンフィクション
皆様が気になる(ちゃぼ茶も)収益や確定スコア、見込みスコアについてわかる範囲、推測や経験談も含めて記してみました。参考になれればと思います。

美しいものを好むはずのあやかしが選んだのは、私を殺そうとした片割れでした。でも、そのおかげで運命の人の花嫁になれました
珠宮さくら
キャラ文芸
天神林美桜の世界は、あやかしと人間が暮らしていた。人間として生まれた美桜は、しきたりの厳しい家で育ったが、どこの家も娘に生まれた者に特に厳しくすることまではしらなかった。
その言いつけを美桜は守り続けたが、片割れの妹は破り続けてばかりいた。
美しいものを好むあやかしの花嫁となれば、血に連なる一族が幸せになれることを約束される。
だけど、そんなことより妹はしきたりのせいで、似合わないもしないものしか着られないことに不満を募らせ、同じ顔の姉がいるせいだと思い込んだことで、とんでもない事が起こってしまう。
視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―
島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる