ツクヨミ様の人間見習い

大和撫子

文字の大きさ
上 下
20 / 51
第五話

(仮初)夫婦のコミュニケーションだとかエトセトラ……【四】

しおりを挟む
 車内は暑くもなく寒くもなく快適な温度だ。すれ違う車やバイクの音が聞こえるくらいで、実に静かである。先程までゴソゴソとバスケットの中で動き回っていた日比谷は、眠ってしまったようだ。

 ……さて、この場をどう持たせよう……

「緊張、していますか?」

 不意に話しかけられる。あたしを気遣うような声で。何だか申し訳なく思った。もう、開き直ろう。急にコミュニティ上手になどなれる筈ないのだから。右隣の彼を見つめた。ちょうど信号が赤になって車はゆっくりと停まる。同時に彼はあたしを見つめた。光線の加減でサングラスはクリアブラックに見え、『アンダリュサイト』を思わせる変色性の瞳は、透き通るようなオリーブグリーンだった。限り無く慈愛に満ちた眼差しに、嘘や誤魔化しは浅慮だ。

「……はい。すみません、なんかその。上手く話せなくて。話せないならば聞き上手、だったら良かったのですが……」
「謝る必要など一切ありませんよ」

 彼の唇が穏やかな弧を描いた。きっと、聖母マリアの笑みとはこのようなものを言うのだろう。信号が青に変わる、車は滑るように走り出した。再び前を向いて運転に集中する彼の、言葉を待った。

「本当に、自然体で良いのです。上手くやろうとか、楽しませてあげなくては失礼なのではないか? とか。そのような事は一切気にしないで下さい」

 穏やかに切り出す。さながら、小川のせせらぎのように優しく、歌うように言の葉が流れていく。

「無理を言ってお願いしたのはこちらですし、何よりも私はというものがどんなものなのか知りたい。と言うのは別に、秀でたものがないとか特徴がないという負の意味ではありません。むしろあなたは非常に個性的な方だ。誤解を恐れないで言えば、を知りたい、という事です」

 あたしは本当に凡人代表みたいなものだから、個性的だなんて言われたのは初めてで。でも嫌味な感じはしなくてむしろ照れてしまう。

「ですから、どうかそのままで。もし、話したくないのであれば話す必要もありません。怒りや苛立ち、悲しみをぶつけて下さっても全く問題ないので。むしろ、もっと沢山のあなたを知りたい」

 彼の言葉は、焦って消耗していたあたしの心に、まるで経口保水液のように静かに自然に、そして確実に浸透していった。

 確かに、私は私にしかなれない。路傍の石はダイヤモンドにもアレキサンドライトにもなれないものだ。だからと言って、路傍の石が駄目だなんて事は人間が勝手に価値を決めた事であって、石からしたら余計なお世話というところだろう。それなのに精一杯背伸びして少しでも良く見られようとあたふたしていた。何と滑稽だったのだろう。

「ふふふっ」

 自然と笑みが零れた。肩の力が抜け、楽になった。

「やっと笑ってくれた」

 彼はちらりとあたしを見て、嬉しそうに笑う。朝咲の薔薇が綻ぶようだ。すぐに正面を向いた彼は、

「笑っているあなたはとても可愛らしいし、人をホッとさせる力がある。きっと、多くのクライアントが癒される事でしょう」

 と言葉を続けた。ボッと顔から火が出そうだ。褒め上手なのだ、彼は。けれどもそこに悪意は感じない。高度な話術の持ち主なのだろう。

「有難うございます。私はあなたの事をもっと知りたいです」

 気付けば自然に言葉が口からまろび出ていた。彼は驚いたように一瞬私を見る。すぐに前を向くと、

「ええ、なんなりと」

 と声を弾ませた。



 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―

島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

【完結】おれたちはサクラ色の青春

藤香いつき
キャラ文芸
国内一のエリート高校、桜統学園。その中でもトップクラスと呼ばれる『Bクラス』に、この春から転入した『ヒナ』。見た目も心も高2男子? 『おれは、この学園で青春する!』 新しい環境に飛び込んだヒナを待ち受けていたのは、天才教師と問題だらけのクラスメイトたち。 騒いだり、涙したり。それぞれの弱さや小さな秘密も抱えて。 桜統学園で繰り広げられる、青い高校生たちのお話。 《青春小説×ボカロPカップ8位》 応援ありがとうございました。

下宿屋 東風荘 3

浅井 ことは
キャラ文芸
※※※※※ 下宿屋を営み、趣味は料理と酒と言う変わり者の主。 毎日の夕餉を楽しみに下宿屋を営むも、千年祭の祭りで無事に鳥居を飛んだ冬弥。 そして雪翔を息子に迎えこれからの生活を夢見るも、天狐となった冬弥は修行でなかなか下宿に戻れず。 その間に息子の雪翔は高校生になりはしたが、離れていたために苦労している息子を助けることも出来ず、後悔ばかりしていたが、やっとの事で再会を果たし、新しく下宿屋を建て替えるが___ ※※※※※

処理中です...