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第三話
月読命???【一】
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「……そんな訳で、重複しますが受付や事務を担当するスタッフが欲しい。どの道、一人で仕事をするには忙しくなり過ぎて一人スタッフが欲しいと思っていました。それも、私の占術とは正反対の統計学をはじめとした学問の分野の占いが出来る女性が良い……」
「女性、ですか?」
「ええ、先程申し上げた通り、今後を見据えて私と正反対の占いが出来る人を求めました。更に、女性と二人でサロンを開いているとなれば、『お付き合いしているのだろうか?』『もしかして夫婦では?』と邪推する人が増えるでしょう?」
「あ……はぁ、まぁ……」
「そこで、夫婦という事にしてしまえば少しはざわつきも減ると思うのですよ。あくまで形の上だけですから、入籍届けを出す必要はありません。あなたの戸籍は綺麗なままですよ。その為、仕事の上では占いも出来る秘書という肩書きでいて下さればと思うのです」
うーん……今一つよく分からないなぁ。それって……
「でも、そうなるとそのスタッフに嫉妬の類が向かうのでは?」
そしてあたしがそのスタッフとやらになる事、全く実感が湧かないんだな。もっと美人ならともかく、あたしではこの麗人と夫婦やら付き合っているやら……まず誰も勘違いしないと思うの。
彼はよくぞ聞いてくれた、と言うように口角を上げる。
「そうです! それが狙いなんです!」
「はぁっ?」
何言ってるのこの人? あたしにそれを引き受けろって?
「勿論、条件があります。そのまま嫉妬や邪推の矛先を向けて宜しく、なんて鬼畜な事は致しません」
いやいや十分鬼畜ですってば。
「そこで、妃翠さん!」
「はい?」
「あなたの出番なのです!」
「わ、私……ですか? どうして……」
「あなた、合気道、空手、なぎなた……ともに黒帯級ですね?」
「あ、え?」
ちょっと待って?! どうしてそれを……? 家族以外。知らない筈なのに!?
「日々稽古も欠かさないでしょう? 銃などを用いられない限り攻撃されても対処出来る」
「あ、まぁ……それなりには」
「何も、あなたを的に私だけ逃げようというのではありません。何かあれば全力で御守りしましょう。ただ、どうにも防ぎようがない時、ご自身を守れる術《すべ》を持っていた方が安全だからです」
もしかして、家族が情報を売った? 居候の次女を追い出そうとして……いやいや、それはないな。
「でも、だからと言って私を選んだのはどうしてですか? 占いだってその……すぐれた鑑定士である訳ではなくて、その……つい最近試用期間で解雇されたポンコツですし」
「いけません!」
「はい?」
いきなり、キッとあたしを見据える。何故だか急に怒りを示す。透き通るような飴色の瞳が、鋭い光を宿した。
「いけませんね。ご自分を卑下しては」
とふっと柔らかな笑みを浮かべた。虹彩の部分にライムグリーンが帯びて見える。なんて優しい目をするのだろう。
「それはたまたま、あなたの特質と占い会社の方針、クライアントと合わなかっただけの事です。本当は的中率がずば抜けている事、誰よりもクライアントに寄り添おうとするからこそ、鑑定結果に嘘はつけない。その結果を知った上で、クライアントがどうしたいのかによって寄り添い、アドバイスをする。それがあなたのやり方の筈だ」
……どうして、それを?
「その占い会社の方針は、鑑定結果よりもクライアントの望む結果を言って夢を持たせ、リピーターに繋げろ、という事のようですから。あなたとは真逆だ。その占い会社とは合わなくて当然、違いますか? 空手や合気道、なぎなたを始めたのは、人一倍美しいお姉様を守る為。わざわざボディーガードを雇うより身内である自分が役目を果たせた方が良いと思った、そうですね? それに全て黒帯級だなんて、滅多に出来る事ではありませんよ。相当の精神力と身体能力がある証拠です。そして何より努力家だ」
何も答える事は出来なかった。言葉を発したら、涙が零れそうだからだ。こんな風に寄り添って優しい言葉をかけて貰うのは本当に久々だったからだ。
ただ、姉が人一倍美しい、確かにそうなのだが。これだけの美貌の持ち主に言われたら嫌味に聞こえるな……と感じたのは内緒だ。
「私が望んでいるスタッフは、何事にも誠実である事。信頼に値する人物である事、万が一危険な目にあっても自分の身を守り安全を確保出来る人である事、クライアントに寄り添いつつも鑑定結果にはシビアで情に流されず、冷静にクライアントに寄り添える事。表向きだけとは言え、そういう人を私は妻と呼びたいのです」
彼の声は、優しく奏でられるヴィオラのカノンのように心地良く響いた。さながら、穏やかな春風が耳を優しく撫でていくように。
「女性、ですか?」
「ええ、先程申し上げた通り、今後を見据えて私と正反対の占いが出来る人を求めました。更に、女性と二人でサロンを開いているとなれば、『お付き合いしているのだろうか?』『もしかして夫婦では?』と邪推する人が増えるでしょう?」
「あ……はぁ、まぁ……」
「そこで、夫婦という事にしてしまえば少しはざわつきも減ると思うのですよ。あくまで形の上だけですから、入籍届けを出す必要はありません。あなたの戸籍は綺麗なままですよ。その為、仕事の上では占いも出来る秘書という肩書きでいて下さればと思うのです」
うーん……今一つよく分からないなぁ。それって……
「でも、そうなるとそのスタッフに嫉妬の類が向かうのでは?」
そしてあたしがそのスタッフとやらになる事、全く実感が湧かないんだな。もっと美人ならともかく、あたしではこの麗人と夫婦やら付き合っているやら……まず誰も勘違いしないと思うの。
彼はよくぞ聞いてくれた、と言うように口角を上げる。
「そうです! それが狙いなんです!」
「はぁっ?」
何言ってるのこの人? あたしにそれを引き受けろって?
「勿論、条件があります。そのまま嫉妬や邪推の矛先を向けて宜しく、なんて鬼畜な事は致しません」
いやいや十分鬼畜ですってば。
「そこで、妃翠さん!」
「はい?」
「あなたの出番なのです!」
「わ、私……ですか? どうして……」
「あなた、合気道、空手、なぎなた……ともに黒帯級ですね?」
「あ、え?」
ちょっと待って?! どうしてそれを……? 家族以外。知らない筈なのに!?
「日々稽古も欠かさないでしょう? 銃などを用いられない限り攻撃されても対処出来る」
「あ、まぁ……それなりには」
「何も、あなたを的に私だけ逃げようというのではありません。何かあれば全力で御守りしましょう。ただ、どうにも防ぎようがない時、ご自身を守れる術《すべ》を持っていた方が安全だからです」
もしかして、家族が情報を売った? 居候の次女を追い出そうとして……いやいや、それはないな。
「でも、だからと言って私を選んだのはどうしてですか? 占いだってその……すぐれた鑑定士である訳ではなくて、その……つい最近試用期間で解雇されたポンコツですし」
「いけません!」
「はい?」
いきなり、キッとあたしを見据える。何故だか急に怒りを示す。透き通るような飴色の瞳が、鋭い光を宿した。
「いけませんね。ご自分を卑下しては」
とふっと柔らかな笑みを浮かべた。虹彩の部分にライムグリーンが帯びて見える。なんて優しい目をするのだろう。
「それはたまたま、あなたの特質と占い会社の方針、クライアントと合わなかっただけの事です。本当は的中率がずば抜けている事、誰よりもクライアントに寄り添おうとするからこそ、鑑定結果に嘘はつけない。その結果を知った上で、クライアントがどうしたいのかによって寄り添い、アドバイスをする。それがあなたのやり方の筈だ」
……どうして、それを?
「その占い会社の方針は、鑑定結果よりもクライアントの望む結果を言って夢を持たせ、リピーターに繋げろ、という事のようですから。あなたとは真逆だ。その占い会社とは合わなくて当然、違いますか? 空手や合気道、なぎなたを始めたのは、人一倍美しいお姉様を守る為。わざわざボディーガードを雇うより身内である自分が役目を果たせた方が良いと思った、そうですね? それに全て黒帯級だなんて、滅多に出来る事ではありませんよ。相当の精神力と身体能力がある証拠です。そして何より努力家だ」
何も答える事は出来なかった。言葉を発したら、涙が零れそうだからだ。こんな風に寄り添って優しい言葉をかけて貰うのは本当に久々だったからだ。
ただ、姉が人一倍美しい、確かにそうなのだが。これだけの美貌の持ち主に言われたら嫌味に聞こえるな……と感じたのは内緒だ。
「私が望んでいるスタッフは、何事にも誠実である事。信頼に値する人物である事、万が一危険な目にあっても自分の身を守り安全を確保出来る人である事、クライアントに寄り添いつつも鑑定結果にはシビアで情に流されず、冷静にクライアントに寄り添える事。表向きだけとは言え、そういう人を私は妻と呼びたいのです」
彼の声は、優しく奏でられるヴィオラのカノンのように心地良く響いた。さながら、穏やかな春風が耳を優しく撫でていくように。
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