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序章
それはある日突然に……
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(す、凄い……乙女ゲームから抜けだしたみたいな美形…)
あたしは今、圧倒的な美形を目の前にして言葉を失っていた。ガラステーブルを挟んで向かい側に座る麗人……もしかしたら、夢を見ているのかもしれない。何と言うか、纏っている空気さえもが神聖な光を放っているように見えるほどだ。銀色がかって見える白のスーツは、恐らくオーダーメイドなのだろう。まるで月光で出来た生地のようだ。非常によく似合っている。
(黒髪長髪の超絶な美形なんて、リアルで初めて見た……)
文字通り滝のように流れる見事な漆黒の髪は、サラサラと面長の輪郭を流れて行く。青みがかった肌は内側から輝くように透き通っていて、まるで月光を宿したようだ。これ以上ないくらに整った顔立ち。きっと、画家も詩人も彫刻家も一目惚れだ。こぞってモデルにと請うに違いない。だが、どんなに力を尽くしても実物ほど美しく表現出来ず懊悩するのだ。
長く密度の濃い睫毛は、頬に影を落としている。中でも取り分け目を引いたのは、上品な弧を描く二重瞼にアーモンド型の双眸だった。光の加減で、透き通った飴色にもオリーブグリーンにもオレンジ色にも見える不思議な色合いなのだ。
(何だっけ? 丁度、こんな宝石があったような気がする)
天然石マニアでもあるあたしは、研磨された多色性の宝石を思い浮かべた。あれは、えーと……
(あ!)
声をあげなかった自分を褒めてやりたい。その時、
「妃翠《ひすい》さん」
その形良い唇がふわりとあたしの名を呼んだ。なんと! 声まで魅力的とは! やや低めで深みのある、それでいてよく通る魅惑の声。弦楽器……そうヴィオラを思わせる。これぞバリトンボイスというやつだろうか。
「は、はい」
声が少し震えるくらいは、多めに見て欲しい。こんな浮世離れした美形に、まともに向かい合って話す機会なんて妄想の世界でしかあり得なかったのだから。
(そうだ! 『アンダリュサイト』だ!)
漸くその宝石の名を思い出しつつ、彼が次に口開くのを待った。
「……仕事の内容ですが、簡単に申し上げますと私の『秘書』、という感じでしょうか? 勿論、報酬は弾みます」
(ん? え? 避暑? ひ、秘書、ヒショ……?)
「……は、はい。ですが私、秘書業務は全くもって未経験でして……」
(あー! そうか、誰かと間違えたのか。何だ、アハハ……そうだよねぇ)
瞬時に、この青天の霹靂と言うべき出来事のオチを悟ってしまった。納得した。道理で変だと思った。こんなに神がかり級の美形が、わざわざあたしを指名してヘッドハンティングだなんて……。
「ですから、その……どなたかとお間違えでは?」
はっきりと指摘してあげるのが親切だろう、この場合。もう少しだけこの美形を見ていたい気持ちもあるけれど。これだけ美形だと、見ているだけで何かしらの御利益が有りそうだから。
彼はふわりと微笑んだ。思わず息を呑む。少女小説などでよく表現される『花笑み』とはこういう事を言うのか、と俯に落ちた。
「いいえ、あなたに間違いないですよ。観音堂妃翠《かんのんどうひすい》さん」
「はい……?」
呆けた声、我ながら情けない反応。だが、彼の次の言葉に文字通り言葉を失う事となる。
「そうですね、秘書の業務の中の最重要事項に、私の妻となって頂く事も含みます」
「……へっ?」
……ツマ? つ、妻? 何だそのどこかで読んだライトノベルだか漫画だかでよく見掛けるキーワードは……?
これは有り得ない展開だ。夢を見ているのだろうか。間の抜けた声と表情はこの場合仕方無いのではなかろうか。
「ですから、妻ですよ」
彼は再びそう言うと、ふわりと微笑んだ。匂い立つようなその笑みに、完全に思考が停止した。
あたしは今、圧倒的な美形を目の前にして言葉を失っていた。ガラステーブルを挟んで向かい側に座る麗人……もしかしたら、夢を見ているのかもしれない。何と言うか、纏っている空気さえもが神聖な光を放っているように見えるほどだ。銀色がかって見える白のスーツは、恐らくオーダーメイドなのだろう。まるで月光で出来た生地のようだ。非常によく似合っている。
(黒髪長髪の超絶な美形なんて、リアルで初めて見た……)
文字通り滝のように流れる見事な漆黒の髪は、サラサラと面長の輪郭を流れて行く。青みがかった肌は内側から輝くように透き通っていて、まるで月光を宿したようだ。これ以上ないくらに整った顔立ち。きっと、画家も詩人も彫刻家も一目惚れだ。こぞってモデルにと請うに違いない。だが、どんなに力を尽くしても実物ほど美しく表現出来ず懊悩するのだ。
長く密度の濃い睫毛は、頬に影を落としている。中でも取り分け目を引いたのは、上品な弧を描く二重瞼にアーモンド型の双眸だった。光の加減で、透き通った飴色にもオリーブグリーンにもオレンジ色にも見える不思議な色合いなのだ。
(何だっけ? 丁度、こんな宝石があったような気がする)
天然石マニアでもあるあたしは、研磨された多色性の宝石を思い浮かべた。あれは、えーと……
(あ!)
声をあげなかった自分を褒めてやりたい。その時、
「妃翠《ひすい》さん」
その形良い唇がふわりとあたしの名を呼んだ。なんと! 声まで魅力的とは! やや低めで深みのある、それでいてよく通る魅惑の声。弦楽器……そうヴィオラを思わせる。これぞバリトンボイスというやつだろうか。
「は、はい」
声が少し震えるくらいは、多めに見て欲しい。こんな浮世離れした美形に、まともに向かい合って話す機会なんて妄想の世界でしかあり得なかったのだから。
(そうだ! 『アンダリュサイト』だ!)
漸くその宝石の名を思い出しつつ、彼が次に口開くのを待った。
「……仕事の内容ですが、簡単に申し上げますと私の『秘書』、という感じでしょうか? 勿論、報酬は弾みます」
(ん? え? 避暑? ひ、秘書、ヒショ……?)
「……は、はい。ですが私、秘書業務は全くもって未経験でして……」
(あー! そうか、誰かと間違えたのか。何だ、アハハ……そうだよねぇ)
瞬時に、この青天の霹靂と言うべき出来事のオチを悟ってしまった。納得した。道理で変だと思った。こんなに神がかり級の美形が、わざわざあたしを指名してヘッドハンティングだなんて……。
「ですから、その……どなたかとお間違えでは?」
はっきりと指摘してあげるのが親切だろう、この場合。もう少しだけこの美形を見ていたい気持ちもあるけれど。これだけ美形だと、見ているだけで何かしらの御利益が有りそうだから。
彼はふわりと微笑んだ。思わず息を呑む。少女小説などでよく表現される『花笑み』とはこういう事を言うのか、と俯に落ちた。
「いいえ、あなたに間違いないですよ。観音堂妃翠《かんのんどうひすい》さん」
「はい……?」
呆けた声、我ながら情けない反応。だが、彼の次の言葉に文字通り言葉を失う事となる。
「そうですね、秘書の業務の中の最重要事項に、私の妻となって頂く事も含みます」
「……へっ?」
……ツマ? つ、妻? 何だそのどこかで読んだライトノベルだか漫画だかでよく見掛けるキーワードは……?
これは有り得ない展開だ。夢を見ているのだろうか。間の抜けた声と表情はこの場合仕方無いのではなかろうか。
「ですから、妻ですよ」
彼は再びそう言うと、ふわりと微笑んだ。匂い立つようなその笑みに、完全に思考が停止した。
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