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第九話
皇帝陛下がのたまう事には……
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「いやぁ、実に愉快だった。堅物男が嫉妬に取り乱す姿、あれを思い出すだけで酒が進むぞ」
と、ガラステーブルを挟んで向かい側に腰を下ろしている皇帝は、声を潜めて笑った。
(やっぱり、天馬で迎えに来るとか、エリアスに対する対抗心からの嫌がらせだったのね)
フォルティーネはそう思いながら苦笑した。
「あ、そうそう、形式は気にせず自由に発言して良いからな、楽にしてくれ。お前の好きな物も用意してあるしな」
「有難うございます」
皇帝の言うように、テーブルの上には美しく盛りつけられたフィナンシェ、食べやすくカットされたフルーツ、純銀のカップを満たす琥珀色の液体からは爽やかなミントの香が漂って来る。有難く頂く事にした。
あれから皇帝とエリアスはすったもんだの挙句、妥協案としてエリアスが風と光、土魔法を組み合わせてその場で創り上げた空飛ぶ絨毯に乗って皇帝と共に行く、という事で落ち着いた。フォルティーネも内心ではホッと胸を撫で下ろしていた。皇帝と二人で天馬に乗るなんて、皇帝の後ろに乗るにしても前に乗るにしても密着し過ぎだし、いくら女として意識されていないとしても、フォルティーネ自身が恥ずかしさで爆死しそうだったから。自意識過剰と言われようが、無理なものは無理だった。きっとエリアスが良いように取り計らってくれると思っていたが、酷く安心した。
エリアスが創作してくれたワインカラーの絨毯は、安定してフカフカでとても乗り心地が良かったし、思い浮かべるだけで動くからとても楽だった。他者には見えないように施された城へと向かう風の道は、虹色に光り輝いておりとても蒼穹との対比がとても美しかった。前を走る白銀の天馬に乗った皇帝の後ろ姿は、お日様色の髪が眩しいくらいに煌めき、雄々しくて非常に目の保養となった。幼い頃夢中になって読んだ、王子様とお様の物語を描く絵本の中のクライマックスを彷彿とさせた。
ここだけの話、フォルティーネは高い所が少々苦手だった。しかし皇帝の前でパニックになる訳にはいかない。故に敢えて下を見る事はせず、平静を装った。もし見下ろせたなら、美しい街並みや綺麗な川、森などが堪能出来ただろうけれど。それが出来ない事をほんの少しだけ残念に思った。
城の応接室には五分ほどで到着した。五分ほど空の旅を楽しんでいると、前を走る固定は右手を軽く挙げ、止まるよう指示した。フォルティーネが隣に並ぶと、二人を取り囲むようにしてキラキラと光に包み込まれ、瞬きを三回ほどした頃には先日と同じように応接室で皇帝と向かい合ってソファーに腰を下ろしていた。
役目が終わるとその絨毯は応接室の入り口付近にふわりと移動、自動的にクルクルと巻かれていき壁にぴたりとくっついて静かに待機している。この応接室に元々あったかのように自然に溶け込んでいるから不思議だ。帰りは心の中で思い浮かべるだけでその役目を果たしてくれるらしい。
エリアスとのやり取りの事で忍び笑いをしていた皇帝は不意に真顔になる。ドキッと鼓動が跳ねた。一体、何を言われるのだろうか? 全てを見透かすようなグレーのかったインディゴブルーの双眸には、フォルティーネがどう映っているのかが気になった。
「……お前、絆されるなよ?」
通常よりも二オクターブほど低めの声で、皇帝は唐突に切り出した。一瞬、何の事か思ったが、すぐに婚約者の事だと理解した。
「いえ、絆されてなどは……」
「本当にそう言い切れるか?」
「え、でもあの……」
「この先、ヤツの『魂の番』が再会しなかればそれで良いだろう。だが、いつどこで再会するか分からないんだ。最終的に傷つくのはお前だぞ?」
滾々と諭すように話す皇帝。どうやらフォルティーネの事を心配してくれているらしい。勿体ないほどに有難いと感じた。
「お気遣い、誠に有難う存じます。心から感謝を申し上げます」
(でも、陛下はどこまで事情をご存知なのかしら……)
礼を述べながらも、フォルティーネは迷った。皇帝がどこまでを知っているのかによって、これからの話も違ってくるからだ。このままでは話して良い事と話さなくても良いことの線引きが出来ない。
(どうしよう? どこまでご存知なのかお伺いしてみても良いかしら? 鎌をかけられている可能性もあるし……)
フォルティーネの迷いを全て見透かしたかのように、皇帝は言った。
「俺が知っているのは、ヤツが突然帰って来た事。番の事を全て忘れ去っている事。番は依然と行方不明のまま。それどころか、ヤツと番がどこでどうしていたのかも不明、という事までだ。当然の事ながら、お前とヤツの個人的なやり取りや、取り決めた事までは知らん」
それは、リビアングラス侯爵家とハイドランジア大公家の影を総動員させてエリアスと番の事を調べ上げた結果と同じだった。
「さようでございましたか。……帝国の諜報部門をもってしても、エリアスと番様が姿を晦ませている間どこで何をしていたのか、番様は今何処にいるのか。エリアスの記憶喪失の原因も不明……なのですね」
目の前が一気に暗くなったのを覚えた。
「大丈夫か?」
思いの外、柔らかく優しい声が耳に響いた。皇帝がこんな声を出せるのか、と意外に感じると共に、気持ちがスーッとクリアになる。
「大丈夫です。失礼致しました、お見苦しい姿を……」
「いや、気にするな。気持ちは察する」
皇帝は雰囲気を変えるようにして足を組むと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「さて、本題に入ろうか。秘書官の件についてだ。お前の状況も鑑みて決めよう。大公家絡みの仕事もあるだろうしな。先ずはお前の状況を話して貰えるか?」
変に隠してもきっと全てバレてしまうのだ、フォルティーネは正直に話そうと居住まいを正し、真っすぐに皇帝を見つめた。
ーーーーその頃、エリアスは小国の辺境領地に視察に訪れながら、何とも表現し難い複雑な思いを抱えていた。
と、ガラステーブルを挟んで向かい側に腰を下ろしている皇帝は、声を潜めて笑った。
(やっぱり、天馬で迎えに来るとか、エリアスに対する対抗心からの嫌がらせだったのね)
フォルティーネはそう思いながら苦笑した。
「あ、そうそう、形式は気にせず自由に発言して良いからな、楽にしてくれ。お前の好きな物も用意してあるしな」
「有難うございます」
皇帝の言うように、テーブルの上には美しく盛りつけられたフィナンシェ、食べやすくカットされたフルーツ、純銀のカップを満たす琥珀色の液体からは爽やかなミントの香が漂って来る。有難く頂く事にした。
あれから皇帝とエリアスはすったもんだの挙句、妥協案としてエリアスが風と光、土魔法を組み合わせてその場で創り上げた空飛ぶ絨毯に乗って皇帝と共に行く、という事で落ち着いた。フォルティーネも内心ではホッと胸を撫で下ろしていた。皇帝と二人で天馬に乗るなんて、皇帝の後ろに乗るにしても前に乗るにしても密着し過ぎだし、いくら女として意識されていないとしても、フォルティーネ自身が恥ずかしさで爆死しそうだったから。自意識過剰と言われようが、無理なものは無理だった。きっとエリアスが良いように取り計らってくれると思っていたが、酷く安心した。
エリアスが創作してくれたワインカラーの絨毯は、安定してフカフカでとても乗り心地が良かったし、思い浮かべるだけで動くからとても楽だった。他者には見えないように施された城へと向かう風の道は、虹色に光り輝いておりとても蒼穹との対比がとても美しかった。前を走る白銀の天馬に乗った皇帝の後ろ姿は、お日様色の髪が眩しいくらいに煌めき、雄々しくて非常に目の保養となった。幼い頃夢中になって読んだ、王子様とお様の物語を描く絵本の中のクライマックスを彷彿とさせた。
ここだけの話、フォルティーネは高い所が少々苦手だった。しかし皇帝の前でパニックになる訳にはいかない。故に敢えて下を見る事はせず、平静を装った。もし見下ろせたなら、美しい街並みや綺麗な川、森などが堪能出来ただろうけれど。それが出来ない事をほんの少しだけ残念に思った。
城の応接室には五分ほどで到着した。五分ほど空の旅を楽しんでいると、前を走る固定は右手を軽く挙げ、止まるよう指示した。フォルティーネが隣に並ぶと、二人を取り囲むようにしてキラキラと光に包み込まれ、瞬きを三回ほどした頃には先日と同じように応接室で皇帝と向かい合ってソファーに腰を下ろしていた。
役目が終わるとその絨毯は応接室の入り口付近にふわりと移動、自動的にクルクルと巻かれていき壁にぴたりとくっついて静かに待機している。この応接室に元々あったかのように自然に溶け込んでいるから不思議だ。帰りは心の中で思い浮かべるだけでその役目を果たしてくれるらしい。
エリアスとのやり取りの事で忍び笑いをしていた皇帝は不意に真顔になる。ドキッと鼓動が跳ねた。一体、何を言われるのだろうか? 全てを見透かすようなグレーのかったインディゴブルーの双眸には、フォルティーネがどう映っているのかが気になった。
「……お前、絆されるなよ?」
通常よりも二オクターブほど低めの声で、皇帝は唐突に切り出した。一瞬、何の事か思ったが、すぐに婚約者の事だと理解した。
「いえ、絆されてなどは……」
「本当にそう言い切れるか?」
「え、でもあの……」
「この先、ヤツの『魂の番』が再会しなかればそれで良いだろう。だが、いつどこで再会するか分からないんだ。最終的に傷つくのはお前だぞ?」
滾々と諭すように話す皇帝。どうやらフォルティーネの事を心配してくれているらしい。勿体ないほどに有難いと感じた。
「お気遣い、誠に有難う存じます。心から感謝を申し上げます」
(でも、陛下はどこまで事情をご存知なのかしら……)
礼を述べながらも、フォルティーネは迷った。皇帝がどこまでを知っているのかによって、これからの話も違ってくるからだ。このままでは話して良い事と話さなくても良いことの線引きが出来ない。
(どうしよう? どこまでご存知なのかお伺いしてみても良いかしら? 鎌をかけられている可能性もあるし……)
フォルティーネの迷いを全て見透かしたかのように、皇帝は言った。
「俺が知っているのは、ヤツが突然帰って来た事。番の事を全て忘れ去っている事。番は依然と行方不明のまま。それどころか、ヤツと番がどこでどうしていたのかも不明、という事までだ。当然の事ながら、お前とヤツの個人的なやり取りや、取り決めた事までは知らん」
それは、リビアングラス侯爵家とハイドランジア大公家の影を総動員させてエリアスと番の事を調べ上げた結果と同じだった。
「さようでございましたか。……帝国の諜報部門をもってしても、エリアスと番様が姿を晦ませている間どこで何をしていたのか、番様は今何処にいるのか。エリアスの記憶喪失の原因も不明……なのですね」
目の前が一気に暗くなったのを覚えた。
「大丈夫か?」
思いの外、柔らかく優しい声が耳に響いた。皇帝がこんな声を出せるのか、と意外に感じると共に、気持ちがスーッとクリアになる。
「大丈夫です。失礼致しました、お見苦しい姿を……」
「いや、気にするな。気持ちは察する」
皇帝は雰囲気を変えるようにして足を組むと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「さて、本題に入ろうか。秘書官の件についてだ。お前の状況も鑑みて決めよう。大公家絡みの仕事もあるだろうしな。先ずはお前の状況を話して貰えるか?」
変に隠してもきっと全てバレてしまうのだ、フォルティーネは正直に話そうと居住まいを正し、真っすぐに皇帝を見つめた。
ーーーーその頃、エリアスは小国の辺境領地に視察に訪れながら、何とも表現し難い複雑な思いを抱えていた。
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