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第八話
これはきっと、今しか味わえない事だから……
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「フォルティーネ、迎えに来たぞ」
「これはこれは、帝国の皇帝陛下が直々に、護衛もつけずに我が最愛のフィアンセをお迎えにいらっしゃるとは、痛み入ります、と。おっとこれはご挨拶が遅れまして大変に失礼致しました。帝国の永遠の太陽、ランハート・ルイ・ギベオン皇帝陛下に、エリアス・テオ・ハイドランジアがご挨拶申し上げまする」
(※フォルティーネ風意訳:天下の皇帝が単独で何当然のように人の婚約者を一人で迎えに来てるんだよ? 人の婚約者の名前を勝手に呼び捨てにするんじゃねーよ!)
これみよがしに芝居ががった仕草で、エリアスは対峙している皇帝に古来の英国紳士の最敬礼を捧げた。
「いやいや、お前の婚約者殿とは予め約束していたものだからな。まさか、ま・さ・か! 永久とこしえに咲き誇る豊なる花の国の大公サマが戻って来てるとは思わなかったしなぁ。当日だったが一応先ぶれも出したし。この俺様が直々に迎えに来ても何もおかしい事は無い訳さ。護衛なんぞつけたら却って足手まといだ、俺は全世界最強だし、常に皇族の影はついているからな」
(※フォルティーネ風意訳:先に約束していたし。まさかお前が図々しく戻って来てるとは思わなかったぞ。当日だけど前もって知らせは出したし。俺は世界最強だから護衛なんて必要無いし却って足手まといだ。強制的に影はついてるんだし、お前に文句言われる筋合いはねーぞ)
あからさまに小馬鹿にしたように、皇帝は応じた。皇帝の身長は188cm、エリアスが190cm。どうやら皇帝はその僅か2cmの差が気に食わないようだ。同じ狼系獣人族のαである彼は、かつては一国を懸けて争った二人でもある。元々が反りが合わないのだろう。未だに二人は、何かにつけて対抗意識を燃やしている。
ついにやって来た、『秘書官』の件について皇帝との話し合いの日。今朝方、「迎えに行く」という知らせをメールで受け取った。エリアスは自分も一緒に行くと言って聞かなかったが、不在だった時期に手つかずと成らざるを得なかった仕事を優先させて欲しいと説得した。何故かエリアスは、皇帝がフォルティーネに横恋慕している、と思い込んでいる。そんな有り得ない事を彼が本当に感じているとするなら、元から好敵手同士の彼等だ。エリアスの好意の対象に興味があり、自分に惹き付ける事でエリアスに勝ちたいという闘争心、それだけの事だろう。
皇帝は約束の時間より五分ほど前に訪れた。白銀馬の聖獣……翼を持ち、大空を駆け抜ける事が出来る……に乗って。まさか聖獣に乗って皇帝陛下単独で迎えに来るとは、門番たちの動揺を隠せない姿が印象的だった。気持ちはよく分かる。
必然的に、皇帝と密着して乗る事になるフォルティーネ。その事実にエリアスは激怒した、という経緯を経て現在に至る。
「陛下、本日は予定を変更し、私も同行させて頂きたく存じます。大切なフィアンセを牙城に一人で行かせる訳には参りませんから」
エリアスは皇帝の挑発を華麗に流して笑みを浮かべた。
(牙城だなんて……エリアスったらもう! 不敬罪で拘束されても文句は言えないのに。二人とも裏言葉も皮肉も使わずに直接言葉にしてきてない?)
フォルティーネはハラハラしつつ、二人の会話を眺めていた。ちょうどバスケットボールの試合開始の際のジャンプボールを行う審判の立ち位置ようだ。但し、審判は下さないが。
(とは言っても、見方によって憎まれ口を叩き合えるほど心を許し合った仲と言えなくもないわね……て、エリアス? 今朝あれほど「一人で大丈夫だから」と言い聞かせたのに?!)
微笑ましくも思っていたフォルティーネだが、エリアスの言葉に意味を反芻して焦る。
「エリアス? 大丈夫よ。今日は予定通り、お仕事をしていらして」
彼の腕に軽く触れ、とりなすようにフォルティーネは言った。
「そうだぞ? 空白の時間を埋めるには、仕事が山積みで身動き取れないだろう? 心配しなくても、この俺が責任もって婚約者殿を送り届けるから安心し給え」
不敵な笑みを浮かべる皇帝のその姿は、氷で出来たシベリアオオカミを連想される。繊細に作り込まれた氷細工の美しくしなやかで強い獣……彼が冷血と呼ばれる所以の一つに、氷属性の魔法を得意とする一面を例えている。
「いえいえ、天下の皇帝陛下直々に送り迎え等滅相もございません。それも、二人で密着した状態で聖獣で空を駆け巡るなど!」
穏やかな笑みを浮かべつつ、怒りに燃えてギラギラ輝く金色の双眸が射貫くようにロンドンブルーの瞳を見据えた。対してエリアスは、さながら炎で作られたハイイロオオカミと言ったところか。彼自身も、火属性の魔法を得意としている。氷と炎、二人の相性は属性からして真逆だ。
「なぁに、気にする事はない、世界最強のこの俺が直々に送り迎えすると言っているのだ、安心して己の責務に集中し給え」
さすがに、聖獣に皇帝と二人だけで空を駆ける状況にはフォルティーネもギョッとした。いくらエリアスへの対抗心からの嫌がらせにしても、やり過ぎだ。そうは言っても、秘書官の件は待遇面等を含めエリアスを同席させるのは気が引ける。彼との婚約解消を前提として話を進めるからだ。
「何をおっしゃいますのやら。天馬に我が婚約者と陛下が同席なんて飛んでもない事にございます」
「移動時間も短い上に、俺がすぐ傍で護衛しているようなものだ、#世界で一番安全_・__#ではないか。何を不安になる事がある?」
そんな二人の遣り取りは、何も事情を知らない者から見ればフォルティーネを巡って、タイプの異なる美形が二人、『恋の鞘当て』をしているように思えるだろう。
(事実は全く異なるけれど。きっとこれは、今しか味わえないことだから……。ほんの少しだけ、モテちゃう(なんちゃって)美女気分を味わっておこう)
とフォルティーネは扇子を広げ、はにかんだ笑みを隠した。
「これはこれは、帝国の皇帝陛下が直々に、護衛もつけずに我が最愛のフィアンセをお迎えにいらっしゃるとは、痛み入ります、と。おっとこれはご挨拶が遅れまして大変に失礼致しました。帝国の永遠の太陽、ランハート・ルイ・ギベオン皇帝陛下に、エリアス・テオ・ハイドランジアがご挨拶申し上げまする」
(※フォルティーネ風意訳:天下の皇帝が単独で何当然のように人の婚約者を一人で迎えに来てるんだよ? 人の婚約者の名前を勝手に呼び捨てにするんじゃねーよ!)
これみよがしに芝居ががった仕草で、エリアスは対峙している皇帝に古来の英国紳士の最敬礼を捧げた。
「いやいや、お前の婚約者殿とは予め約束していたものだからな。まさか、ま・さ・か! 永久とこしえに咲き誇る豊なる花の国の大公サマが戻って来てるとは思わなかったしなぁ。当日だったが一応先ぶれも出したし。この俺様が直々に迎えに来ても何もおかしい事は無い訳さ。護衛なんぞつけたら却って足手まといだ、俺は全世界最強だし、常に皇族の影はついているからな」
(※フォルティーネ風意訳:先に約束していたし。まさかお前が図々しく戻って来てるとは思わなかったぞ。当日だけど前もって知らせは出したし。俺は世界最強だから護衛なんて必要無いし却って足手まといだ。強制的に影はついてるんだし、お前に文句言われる筋合いはねーぞ)
あからさまに小馬鹿にしたように、皇帝は応じた。皇帝の身長は188cm、エリアスが190cm。どうやら皇帝はその僅か2cmの差が気に食わないようだ。同じ狼系獣人族のαである彼は、かつては一国を懸けて争った二人でもある。元々が反りが合わないのだろう。未だに二人は、何かにつけて対抗意識を燃やしている。
ついにやって来た、『秘書官』の件について皇帝との話し合いの日。今朝方、「迎えに行く」という知らせをメールで受け取った。エリアスは自分も一緒に行くと言って聞かなかったが、不在だった時期に手つかずと成らざるを得なかった仕事を優先させて欲しいと説得した。何故かエリアスは、皇帝がフォルティーネに横恋慕している、と思い込んでいる。そんな有り得ない事を彼が本当に感じているとするなら、元から好敵手同士の彼等だ。エリアスの好意の対象に興味があり、自分に惹き付ける事でエリアスに勝ちたいという闘争心、それだけの事だろう。
皇帝は約束の時間より五分ほど前に訪れた。白銀馬の聖獣……翼を持ち、大空を駆け抜ける事が出来る……に乗って。まさか聖獣に乗って皇帝陛下単独で迎えに来るとは、門番たちの動揺を隠せない姿が印象的だった。気持ちはよく分かる。
必然的に、皇帝と密着して乗る事になるフォルティーネ。その事実にエリアスは激怒した、という経緯を経て現在に至る。
「陛下、本日は予定を変更し、私も同行させて頂きたく存じます。大切なフィアンセを牙城に一人で行かせる訳には参りませんから」
エリアスは皇帝の挑発を華麗に流して笑みを浮かべた。
(牙城だなんて……エリアスったらもう! 不敬罪で拘束されても文句は言えないのに。二人とも裏言葉も皮肉も使わずに直接言葉にしてきてない?)
フォルティーネはハラハラしつつ、二人の会話を眺めていた。ちょうどバスケットボールの試合開始の際のジャンプボールを行う審判の立ち位置ようだ。但し、審判は下さないが。
(とは言っても、見方によって憎まれ口を叩き合えるほど心を許し合った仲と言えなくもないわね……て、エリアス? 今朝あれほど「一人で大丈夫だから」と言い聞かせたのに?!)
微笑ましくも思っていたフォルティーネだが、エリアスの言葉に意味を反芻して焦る。
「エリアス? 大丈夫よ。今日は予定通り、お仕事をしていらして」
彼の腕に軽く触れ、とりなすようにフォルティーネは言った。
「そうだぞ? 空白の時間を埋めるには、仕事が山積みで身動き取れないだろう? 心配しなくても、この俺が責任もって婚約者殿を送り届けるから安心し給え」
不敵な笑みを浮かべる皇帝のその姿は、氷で出来たシベリアオオカミを連想される。繊細に作り込まれた氷細工の美しくしなやかで強い獣……彼が冷血と呼ばれる所以の一つに、氷属性の魔法を得意とする一面を例えている。
「いえいえ、天下の皇帝陛下直々に送り迎え等滅相もございません。それも、二人で密着した状態で聖獣で空を駆け巡るなど!」
穏やかな笑みを浮かべつつ、怒りに燃えてギラギラ輝く金色の双眸が射貫くようにロンドンブルーの瞳を見据えた。対してエリアスは、さながら炎で作られたハイイロオオカミと言ったところか。彼自身も、火属性の魔法を得意としている。氷と炎、二人の相性は属性からして真逆だ。
「なぁに、気にする事はない、世界最強のこの俺が直々に送り迎えすると言っているのだ、安心して己の責務に集中し給え」
さすがに、聖獣に皇帝と二人だけで空を駆ける状況にはフォルティーネもギョッとした。いくらエリアスへの対抗心からの嫌がらせにしても、やり過ぎだ。そうは言っても、秘書官の件は待遇面等を含めエリアスを同席させるのは気が引ける。彼との婚約解消を前提として話を進めるからだ。
「何をおっしゃいますのやら。天馬に我が婚約者と陛下が同席なんて飛んでもない事にございます」
「移動時間も短い上に、俺がすぐ傍で護衛しているようなものだ、#世界で一番安全_・__#ではないか。何を不安になる事がある?」
そんな二人の遣り取りは、何も事情を知らない者から見ればフォルティーネを巡って、タイプの異なる美形が二人、『恋の鞘当て』をしているように思えるだろう。
(事実は全く異なるけれど。きっとこれは、今しか味わえないことだから……。ほんの少しだけ、モテちゃう(なんちゃって)美女気分を味わっておこう)
とフォルティーネは扇子を広げ、はにかんだ笑みを隠した。
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