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第三話
続・その時、二人は確かに相思相愛だった
しおりを挟むーーーー凡そ八か月ほど前、エーデルシュタイン帝国建国記念パーティー会場にてーーーーー
「次は私と踊りましょう」
「いや、俺の方が先だ」
「フォルティーネ嬢、今お付き合いしている方はいらっしゃいますか?」
揃いもそろって血走った双眸で詰め寄る令息たちに、フォルティーネにはうんざりしていた。群がる誰もが、フォルティーネと交際する事で運命の女に出会おうという魂胆が丸見えだからだ。隠そうとしないだけマシという見方も出来なくはないが、あまりにも品が無さ過ぎてフォルティーネを馬鹿にし過ぎている。
令嬢たちは、未だ交際相手も婚約者も居ないという噂の若き皇帝の隣を狙って熾烈な争いが繰り広げされている。尤も、彼は冷血・暴君という異名の持ち主につき、皇后の座を狙うのは肉食系でサバイバル能力に自信がある女子ばかりだったが。大多数の独身令嬢は、辺境伯の嫡男とか皇室騎士団長の息子だとか、フリーの優良物件に集まっている。
毎回そうだと分かっているから、必要最低限以外はパーティーを欠席していた。『縁結びの当て馬令嬢』等という滑稽極まりない仇名が広まってしまった以上、まともな婚活は望めないだろう。諦めて就活をした方が効率的だ。故に、どうしても出席しなければならないもののみを厳選して出席、必要最低限の挨拶のみ済ませて後は家族に社交を任せ、早々と退散するようにしていた。
……のだが、毎回このような目に合い失敗に終わった。護衛や専属侍女はどうしているかというと、自分には付かせずに自由にさせている。何故なら彼等にも恋人がいるし、フォルティーネの傍に居させたら警護と群がる令息たちの人員整理で終わってしまうからだ。
『お人よし』だと自分でも思う。でも、だからと言って他人の為に『縁結びの当て馬令嬢』になって利用されてやるつもりは一切ない。されど物語風に言う『悪役令嬢』とやらになれる器もないし、ドアマットヒロインのように理不尽に只管耐え忍んで健気に振舞い、いつか迎えに来てくれる筈のヒーローを待つ……等と夢見るには、幼い頃から現実を叩き込まれ思い知ってしまった。
要するに、『世の中を影から支える縁の下の力持ち。善良なるその他大勢』、根っからのモブキャラ体質なのだ。子供の頃、占い師に初めて視て貰った時に言われたように。そんな風に己の立ち位置を再確認させる事で、令息たちの鬱陶しい誘いを曖昧な笑みで躱している時だった。
「さすがに、失礼じゃないか? 彼女も嫌がっているだろう? 分からないのか?」
凛としたよく通る声が響いた。まるで、邪気だらけの空間に一陣の聖なる矢が解き放たれたかのように。続いて、目の前には紺色の地に銀色の飾りボタンのついた軍服姿の後ろ姿が飛び込んだ。……誰だろう? かなり背が高い、自然に見上げる形となった。艶やかな漆黒の髪は少し長めにカットされ、後ろに撫でつけられている。
「あ、何だよお前……」
「おい、辞めとけって、ヤツは……」
いきなりフォルティーネと群がる令息たちの間に立ち塞がった男に、不満の声が上がったものの瞬時に収まってしまった。それもその筈、何故なら彼は、
「狼系獣人族α、エリアス・テオ・ハイドランジア大公」
令息たちの誰かがその名を呟いた。数年前、皇帝が代替わりをする過渡期の事だ。帝国は邪気と魔物に満ち混沌としていた。そこを、現エーデルシュタイン帝国の皇帝とこのエリオスが制圧。後に国土を賭けて争いに発展するとなった。結果は引き分け、エリアスは自分を信じてついて来てくれた一族と人々を引き連れて、グラジオラス小国として帝国から独立、永世中立国となった。冷血暴君として名を馳せる皇帝とその実力が同じくらいとあれば、正面切って反抗するものは早々居ないだろう。
エリアスはゆっくりとフォルティーネを振り返った。切れ長の美しい金色の瞳が、優し気に細められ見つめる。野性味を帯びた美丈夫に柔らかく微笑まれ、ときめきを覚えない乙女は数少ないだろう。フォルティーネも、漏れなく鼓動が弾んだ。恋愛事に発展するとは微塵も思わなかったが、それでも頬が赤らんだ。
「部外者が口を挟むべきではないとは思っており、静観していましたが。どうにもあなたが蔑ろにされているのは見るに堪えなかった。宜しければ、外の空気を吸いに参りませんか?」
彼は優雅に右手を差し出した。エスコートされるままに、彼の手を取る。
「ええ、喜んで」
そう応える以外、思いつかなかった。それほど自然な流れだった。
夜の庭園は、非常に神秘的だった。そこは月の光を受けると真珠色に輝く鈴蘭によく似た花、『月光花』が咲き誇っていた。濃紺の夜空には満点の星が輝き、いくつもの星が流れていた。
二人が恋に落ちるのに時間は掛からなかった。間もなく交際が始まり、ほどなくして婚約……ととんとん拍子に話が進んだ。今まで散々『当て馬』役になって来たのは、彼に出会う為だったのかも知れない、そう感じるようになった。
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