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第十三話

志門とアドニス・その一

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 青々とした空は雲一つない。チュピチュピと鳥が楽しそうにさえずり、木々の隙間より優しく陽の光が降り注ぐ。大地に生い茂る柔らかな草から、新鮮な青い香りが漂う。風に乗って、甘酸っぱい香りが食欲をそそる。見上げれば鈴なりに実る茜色の実、萌黄色の実。

「うわぁ、美味しそうな林檎。青りんごはこんなに鮮やかな黄緑色なのですね」

 薔子は満足そうに見上げている。

「うん。ちょうど今が旬の時期だしね」

 志門は柔らかな笑みを浮かべた。日曜日の昼前、二人は今、広大な果樹園の中、青りんごの木の下に設けられてた白いベンチに隣り合って腰を下ろしている。

 志門は紺色のダッフルコートを畳んで左手に持ち、モスグリーンのセーターに黒のパンツ、焦げ茶色の革靴という姿だ。髪はおろし、木漏れ日の光を受けて見事な艶やかさを見せている。
 薔子は黒のトレンチコートを畳んで膝の上に乗せ、ワインカラーのニットワンピースに藍色のパンツ、ベージュ色のショートブーツという出で立ちである。真っ黒で厚い髪は、右耳の下で一つに束ね、ヒラヒラしたワインカラーのシュシュでとめていた。化粧はしていないが、顔の産毛や眉周りの余計な毛はしっかりと処理してあり、以前よりずっとしっとりとした肌は、彼女なりの努力の跡が見え隠れしていた。

「それにしても、今回のデートコースが『果樹園のノクターン』のメインとなった場所を選んだのは意外だったな。まぁ、薔子ちゃんらしいけどさ」

「あら、意外でしたか。何処に行きたい、と言うだろな、と予想してたのですか?」

 薔子は大分肩の力が抜け、打ち解けた様子だ。

「うん、てっきりアーサー王の真相、て言い出すかな、て」

「それは大いに魅力的なのですけど、次回にしよあかな、と。ここなら落ち着いてお話出来そうですし」

「嬉しい事を言ってくれるね。何か話したい事でも出来たかい?」

 彼は本当に嬉しそうに笑う。

「はい。実は……つい先日、先生がいらしてお帰りになられた後、アドニス先生が訪ねて来まして」

「何だって? アドニスが?」

 彼の表情が、ほんの一瞬だけ険しいものに変化したのを、薔子は見逃さなかった。

(やっぱり、二人の間に何かあったんだ)
 薔子は予感が的中した手応えを感じた。

 「そ、それで……アドニスは一体……?」
(我が使い魔は何をしていたのだ!?)

 志門は明らかに動揺している。

「それが、明らかにおかしかったと言うか……」
「お、おかしかった、とは?」

(これ、そのまま話して良いのかなぁ……。立場上生徒とどうこう、てマズイだろうし。二人の間に何か因縁があるなら、私が話した事によって拗らせて決闘! なんてなったら困るし……どうしよう……)
「えぇと……何て言うか……えっと……」

 途端にしどろもどろになる薔子。志門には彼女の心の葛藤が筒抜けだった。

(困らせてしまったかな。何を言われたか、大体予測出来る。透視するまでも無く、それこそ使い魔に聞けば良いし、何なら本人に直接聞けば良いんだ)
「いいよ。無理には聞かない。薔子ちゃんが何か困った事をされたりしていなければね」

 志門は穏やかに微笑んだ。その笑顔に、薔子はスッと胸のつかえが解けていく。

「あ、はい。勿論、何かされたらはとかでは無いです。あの、また会いたい……みたいな、そんな感じで。どうしたんだろう、て感じで」

(やはりな。アイツは昔から自信家だから、すぐに好意を伝えるんだ。殆どの女性は、コロッといっちゃうから。でも、相手は薔子ちゃんだからな)
「なるほどね。いきなりそんな事言われたらびっくりするよね」

「はい。どうして私なんかに? 絶対変だ、て……。あ!」

 薔子は慌てて両手で口をおさえるが、もう言ってしまった事は取り消せない。

(あたしの馬鹿! 志門さんの親しみ易さに釣られて結局バラしてるし!)

「そうか。なるほどね。それで、私と彼の間に何かあるんじゃないか、と推理したんだね」

 彼は困ったような笑みを浮かべた。

「はい。志門さんと同じヴァンパイアだ、て聞いて。それで……」

 もう隠しても無駄だ、と正直に話し始めた。

「そうだな。少しだけ話しておいても良いかも知れないね」

 彼はほんの少しだけ憂いの影を見せながら、ゆっくりと語り始めた。
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