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第九話
ワクワクの異世界デート・その二
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「あー楽しかったー」
薔子はしみじみと言った。
「楽しんで貰えて良かったよ」
志門は相好を崩す。二人は今、白樺の森の中に設けられた木製の白い丸テーブルを挟み、向かい合って座っている。椅子は当然白い木製のものだ。陽射しを心地良く遮る木立、鳥のさえずりが平和で長閑さを醸し出す。
「そろそろお昼を回ったし、ランチにしようかと思うんだが、どうかな?」
「あ、もうお昼過ぎ! ……て、あれ? 時計も止まってるし、携帯も……圏外」
「本の世界だから、時間経過はそれに準じてはいるんだ。だけど異空間だから、あっちの世界の時間経過は無効なんだ」
「そうなんですね! そういえば異世界って、小説の中に入り込んでいる感じですか?」
「まぁ、そういう事だね。『メビウスの輪』を想像して貰うと分かり易いかな」
「『メビウスの輪』?」
「うん。同時に存在している無数の世界。互いに限りなく近く存在しているけれど、交わりそうで交わらない。けれども、時空を超えて自由に行き来出来る魔術を駆使して、私たちは今ここにいるんだ」
「へぇ? 何かの本でそんな感じの話を読んだ気がします」
「質問があればその都度説明するよ」
「わぁ! 有難うございます」
二人は微笑みあった。
「さて、ランチだけどここでしようと思うんだ。物語に出て来るような食べ物でどうだろう?」
「素敵! 大歓迎です」
薔子はすっかり寛ぎ、志門に打ち解けている。
「苦手な食べ物や飲み物はあるかい?」
「特に無いんですけど、強いて言えばレバーとかあん肝、フォアグラとかの肝関係が苦手です」
「了解!」
志門は微笑みながら頷き、軽く右手をあげた。
(もしかしてもしかしたら! 魔法がこの目で見れちゃうかしら)
薔子はワクワクしながら彼を見つめた。
彼は右手を軽くあげたまま、親指と中指をパチンと鳴らした。すると……
「わっ!」
パチンと音がなり、一度瞬きをしたらテーブルに沢山のご馳走が所狭しと並んでいたのだ。
「え、なになに? 光とか音も無く瞬きしたら、油比を鳴らしたらお料理? すごーい! ちょっと拍子抜けするくらいに普通に出て来た!」
薔子は立ち上がって身を乗り出し、料理を眺めている。器は全て純白だ。ナプキンにナイフとフォーク、白い小皿が用意されている。見事にフックラ艶々の丸ごとローストチキン、玉葱のクリムスープ、パイ、たっぷり盛られた生野菜サラダ、杏と梨の砂糖漬け、バターつきパン……
「うわぁ、美味しそうな匂い……」
目を閉じて胸いっぱい香りを吸い込む。
「あの、これって……」
「そ、全部アニーのお話に出て来るものだよ」
志門は、薔子の素直な反応に目を細めて微笑みながら答える。『拍子抜けするくらいに』には苦笑したが。
「じゃあ、パイの中身はブラックチェリーですね。白い飲み物はミルクだ。琥珀色の液体はジンジャーエールですね!」
頬を薔薇色に染め、眼鏡の奥の瞳がキラキラと輝いている。
「その通り! さ、温かいうちに食べようか」
「はい!」
志門は彼女の背後に立ち、レディにするように両手で椅子を後ろに引いた。薔子が照れたように腰をおろした。彼が左隣に座るのを待つと、
「頂きまーす!」
と、フォークを取った。
まずは野菜サラダを食す。
「あ、甘い! みずみずしい! レタスがシャキシャキ、ベビーリーフも甘ーいっ」
歓声を上げる。次にローストチキンを食べようとすると、
「あ、すみません」
と頬を茜色に染める。志門がナイフとフォークでローストチキンを切り分けて居たのだ。
「さぁ、沢山食べてな」
輝くような笑顔で、彼は小皿に取り分けたローストチキンを差し出す。
「有難うございます」
素直に両手で受け取り、フォークを取る。豪快に一口頬張る。柔らかく、肉汁が口いっぱい広がる。だが、味が薄い。噛み締めて行く内に、素材そのものの旨味がじわじわと効いて来る。
「素朴だけど奥深い味……美味しい……」
そんな彼女を、志門は目を細めて見つめる。そしてブラックチェリーパイを切り分けはじめた。
「わ、有難うございます」
初デートの際の食事は、さり気なく小皿に取り分けてあげるのが基本、と殆どのハウツー本には書かれている。しかし、薔子はそんな知識はスッカリ忘れ去り、ただただ食事を堪能し、志門との居心地良い空間に完全に安心して楽しんでいた。
「玉葱のクリームスープも、優しい味……」
うっとりと空を見つめる。嬉しそうに彼女を眺める彼。小鳥のさえずりと、爽やかな風がサラサラと木の葉を揺らした。
薔子はしみじみと言った。
「楽しんで貰えて良かったよ」
志門は相好を崩す。二人は今、白樺の森の中に設けられた木製の白い丸テーブルを挟み、向かい合って座っている。椅子は当然白い木製のものだ。陽射しを心地良く遮る木立、鳥のさえずりが平和で長閑さを醸し出す。
「そろそろお昼を回ったし、ランチにしようかと思うんだが、どうかな?」
「あ、もうお昼過ぎ! ……て、あれ? 時計も止まってるし、携帯も……圏外」
「本の世界だから、時間経過はそれに準じてはいるんだ。だけど異空間だから、あっちの世界の時間経過は無効なんだ」
「そうなんですね! そういえば異世界って、小説の中に入り込んでいる感じですか?」
「まぁ、そういう事だね。『メビウスの輪』を想像して貰うと分かり易いかな」
「『メビウスの輪』?」
「うん。同時に存在している無数の世界。互いに限りなく近く存在しているけれど、交わりそうで交わらない。けれども、時空を超えて自由に行き来出来る魔術を駆使して、私たちは今ここにいるんだ」
「へぇ? 何かの本でそんな感じの話を読んだ気がします」
「質問があればその都度説明するよ」
「わぁ! 有難うございます」
二人は微笑みあった。
「さて、ランチだけどここでしようと思うんだ。物語に出て来るような食べ物でどうだろう?」
「素敵! 大歓迎です」
薔子はすっかり寛ぎ、志門に打ち解けている。
「苦手な食べ物や飲み物はあるかい?」
「特に無いんですけど、強いて言えばレバーとかあん肝、フォアグラとかの肝関係が苦手です」
「了解!」
志門は微笑みながら頷き、軽く右手をあげた。
(もしかしてもしかしたら! 魔法がこの目で見れちゃうかしら)
薔子はワクワクしながら彼を見つめた。
彼は右手を軽くあげたまま、親指と中指をパチンと鳴らした。すると……
「わっ!」
パチンと音がなり、一度瞬きをしたらテーブルに沢山のご馳走が所狭しと並んでいたのだ。
「え、なになに? 光とか音も無く瞬きしたら、油比を鳴らしたらお料理? すごーい! ちょっと拍子抜けするくらいに普通に出て来た!」
薔子は立ち上がって身を乗り出し、料理を眺めている。器は全て純白だ。ナプキンにナイフとフォーク、白い小皿が用意されている。見事にフックラ艶々の丸ごとローストチキン、玉葱のクリムスープ、パイ、たっぷり盛られた生野菜サラダ、杏と梨の砂糖漬け、バターつきパン……
「うわぁ、美味しそうな匂い……」
目を閉じて胸いっぱい香りを吸い込む。
「あの、これって……」
「そ、全部アニーのお話に出て来るものだよ」
志門は、薔子の素直な反応に目を細めて微笑みながら答える。『拍子抜けするくらいに』には苦笑したが。
「じゃあ、パイの中身はブラックチェリーですね。白い飲み物はミルクだ。琥珀色の液体はジンジャーエールですね!」
頬を薔薇色に染め、眼鏡の奥の瞳がキラキラと輝いている。
「その通り! さ、温かいうちに食べようか」
「はい!」
志門は彼女の背後に立ち、レディにするように両手で椅子を後ろに引いた。薔子が照れたように腰をおろした。彼が左隣に座るのを待つと、
「頂きまーす!」
と、フォークを取った。
まずは野菜サラダを食す。
「あ、甘い! みずみずしい! レタスがシャキシャキ、ベビーリーフも甘ーいっ」
歓声を上げる。次にローストチキンを食べようとすると、
「あ、すみません」
と頬を茜色に染める。志門がナイフとフォークでローストチキンを切り分けて居たのだ。
「さぁ、沢山食べてな」
輝くような笑顔で、彼は小皿に取り分けたローストチキンを差し出す。
「有難うございます」
素直に両手で受け取り、フォークを取る。豪快に一口頬張る。柔らかく、肉汁が口いっぱい広がる。だが、味が薄い。噛み締めて行く内に、素材そのものの旨味がじわじわと効いて来る。
「素朴だけど奥深い味……美味しい……」
そんな彼女を、志門は目を細めて見つめる。そしてブラックチェリーパイを切り分けはじめた。
「わ、有難うございます」
初デートの際の食事は、さり気なく小皿に取り分けてあげるのが基本、と殆どのハウツー本には書かれている。しかし、薔子はそんな知識はスッカリ忘れ去り、ただただ食事を堪能し、志門との居心地良い空間に完全に安心して楽しんでいた。
「玉葱のクリームスープも、優しい味……」
うっとりと空を見つめる。嬉しそうに彼女を眺める彼。小鳥のさえずりと、爽やかな風がサラサラと木の葉を揺らした。
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