上 下
31 / 49
第九話 

ワクワクの異世界デート・その二

しおりを挟む
「あー楽しかったー」

 薔子はしみじみと言った。

「楽しんで貰えて良かったよ」

 志門は相好を崩す。二人は今、白樺の森の中に設けられた木製の白い丸テーブルを挟み、向かい合って座っている。椅子は当然白い木製のものだ。陽射しを心地良く遮る木立、鳥のさえずりが平和で長閑さを醸し出す。

「そろそろお昼を回ったし、ランチにしようかと思うんだが、どうかな?」

「あ、もうお昼過ぎ! ……て、あれ? 時計も止まってるし、携帯も……圏外」

「本の世界だから、時間経過はそれに準じてはいるんだ。だけど異空間だから、あっちの世界の時間経過は無効なんだ」

「そうなんですね! そういえば異世界って、小説の中に入り込んでいる感じですか?」

「まぁ、そういう事だね。『メビウスの輪』を想像して貰うと分かり易いかな」

「『メビウスの輪』?」

「うん。同時に存在している無数の世界。互いに限りなく近く存在しているけれど、交わりそうで交わらない。けれども、時空を超えて自由に行き来出来る魔術を駆使して、私たちは今ここにいるんだ」

「へぇ? 何かの本でそんな感じの話を読んだ気がします」
「質問があればその都度説明するよ」
「わぁ! 有難うございます」

 二人は微笑みあった。

「さて、ランチだけどここでしようと思うんだ。物語に出て来るような食べ物でどうだろう?」
「素敵! 大歓迎です」

 薔子はすっかり寛ぎ、志門に打ち解けている。

「苦手な食べ物や飲み物はあるかい?」
「特に無いんですけど、強いて言えばレバーとかあん肝、フォアグラとかの肝関係が苦手です」
「了解!」

 志門は微笑みながら頷き、軽く右手をあげた。

(もしかしてもしかしたら! 魔法がこの目で見れちゃうかしら)

 薔子はワクワクしながら彼を見つめた。

 彼は右手を軽くあげたまま、親指と中指をパチンと鳴らした。すると……

「わっ!」

 パチンと音がなり、一度瞬きをしたらテーブルに沢山のご馳走が所狭しと並んでいたのだ。

「え、なになに? 光とか音も無く瞬きしたら、油比を鳴らしたらお料理? すごーい! ちょっと拍子抜けするくらいに普通に出て来た!」

 薔子は立ち上がって身を乗り出し、料理を眺めている。器は全て純白だ。ナプキンにナイフとフォーク、白い小皿が用意されている。見事にフックラ艶々の丸ごとローストチキン、玉葱のクリムスープ、パイ、たっぷり盛られた生野菜サラダ、杏と梨の砂糖漬け、バターつきパン……

「うわぁ、美味しそうな匂い……」

 目を閉じて胸いっぱい香りを吸い込む。

「あの、これって……」
「そ、全部アニーのお話に出て来るものだよ」

 志門は、薔子の素直な反応に目を細めて微笑みながら答える。『拍子抜けするくらいに』には苦笑したが。

「じゃあ、パイの中身はブラックチェリーですね。白い飲み物はミルクだ。琥珀色の液体はジンジャーエールですね!」

 頬を薔薇色に染め、眼鏡の奥の瞳がキラキラと輝いている。

「その通り! さ、温かいうちに食べようか」
「はい!」

 志門は彼女の背後に立ち、レディにするように両手で椅子を後ろに引いた。薔子が照れたように腰をおろした。彼が左隣に座るのを待つと、

「頂きまーす!」

 と、フォークを取った。

 まずは野菜サラダを食す。  

「あ、甘い! みずみずしい! レタスがシャキシャキ、ベビーリーフも甘ーいっ」

 歓声を上げる。次にローストチキンを食べようとすると、

「あ、すみません」

 と頬を茜色に染める。志門がナイフとフォークでローストチキンを切り分けて居たのだ。

「さぁ、沢山食べてな」

 輝くような笑顔で、彼は小皿に取り分けたローストチキンを差し出す。

「有難うございます」

 素直に両手で受け取り、フォークを取る。豪快に一口頬張る。柔らかく、肉汁が口いっぱい広がる。だが、味が薄い。噛み締めて行く内に、素材そのものの旨味がじわじわと効いて来る。

「素朴だけど奥深い味……美味しい……」

 そんな彼女を、志門は目を細めて見つめる。そしてブラックチェリーパイを切り分けはじめた。

「わ、有難うございます」

 初デートの際の食事は、さり気なく小皿に取り分けてあげるのが基本、と殆どのハウツー本には書かれている。しかし、薔子はそんな知識はスッカリ忘れ去り、ただただ食事を堪能し、志門との居心地良い空間に完全に安心して楽しんでいた。

「玉葱のクリームスープも、優しい味……」

 うっとりと空を見つめる。嬉しそうに彼女を眺める彼。小鳥のさえずりと、爽やかな風がサラサラと木の葉を揺らした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

消極的な会社の辞め方

白水緑
ライト文芸
秋山さんはふと思いついた。仕事を辞めたい! けれども辞表を提出するほど辞めたい何かがあるわけではない……。 そうだ! クビにしてもらえばいいんだ! 相談相手に選ばれた私こと本谷と一緒に、クビにされるため頑張ります!

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...