上 下
23 / 49
第六話

え? 初デートは異世界で?・その六

しおりを挟む
(おぉ、眩しさにクラクラするー……)

 一歩足を踏み入れた途端に明るい店内、ふわふわポップでキュートな服。瞳をキラキラさせて服を見ているお客達。それらが眩《まばゆ》い光となって薔子に挑んで来た。

(駄目だ……眩し過ぎて溶けちゃいそう……)

 額を右手でおさえながら、フラフラと店内に設けられているソファーに腰をおろした。

(駄目だなぁ。店内に一歩入った途端にこれじゃあ、志門先生が隣にいただけで卒倒しそう……)

 両手で頭を抱えて、何とか気分を落ち着かせようと試みる。

「失礼致しますお客様、どうなさいました?」

 その時、左斜め前から可愛らしい声が聞こえた。

(ゲッ、スタッフさんだ)

 すぐに気付き、顔をあげる。

(あら、可愛い。細っ、スタイルいいなぁ)

 ショートボブがよく似合う、小柄で華奢なスタッフが膝をついて心配そうに薔子を見つめていた。パステルイエローのカラーパンツに、ベビーピンクのSラインのニットワンピースを着ている。腰にピンクのリボンがついており、ゴールドのサンダルを履いていた。

(なるほど、これがお薦めのスタイルなのか……)
「あ、大丈夫です。すみません」

 すぐに答え、外面用のスマイルを浮かべた。

「そうですか? もしご気分が優れないようでしたら、遠慮無くお声をお掛けくださいませ。私、江川と申します」

 彼女はそう行って頭を下げると

「失礼致します。ごゆっくりどうぞ」

 親しみ易い笑顔で声をかけ、売り場に戻っていった。

(フェー、素敵な笑顔だなぁ。対処もさり気なくて心地良いし。よし、このお店で探してみよう)

 薔子は気を取り直して立ち上がった。

  ¥マネキンはオレンジのカラーパンツにパステルグリーンのAラインのニットワンピースというスタイルだ。

(へぇ? 首元に細い白いリボンも可愛いな。『喪女の恋』に出て来る亜由ちゃんみたい)

 亜由とは、その漫画に出て来るヒロインの妹の名である。

(ふりふりふわわなパステルカラー、て感じなお店みたいね)

 薔子なりに分析をしつつ、掛かっている服を見てみる。

(カラーパンツは、家に紺色のがあるし。あれなら色んな色に合わせ易いし……)

 考えながら服を見ていく。

(あ、可愛い。ベビーピンクノ地にピンク色の千鳥格子か)

 目に留まった服をハンガーごと取り出す。それは近くでマネキンが着ていたものと同じだった。Aラインでたっぷりフリルがついたクラシカルな形のニットワンピースだ。マネキンを見るなり、すぐに服を元に戻す。

(マネキンが着たら超可愛いが、私が来たらギャグ仮装大会だ……)

 がくっと頭を垂れる。

(そういえば、志門先生は何色がお好みかしら……)

 そこまで考えて、すぐに我に返る。

(いやいや、まだ明日が初デートだし。幻滅されて終わりかも知れないし。気が早い早い。あんまり夢見過ぎは後々ガックリきちゃうから、と。……あ! これ、ちょっと可愛いかも)

 目に留まった服をハンガーごと手に取る。

(これなら、それほど抵抗無く着られそう。初デートと言えば暖色系。特にピンク系が推し、みたいに雑誌とかには書かれてるけど、ピンクはちと抵抗あるし、黄色は個性的過ぎるし私が着たら服だけ浮きそう。だけど、これなら……)

 それは柔らかなパステルオレンジの膝丈Aラインのワンピースだった。飾りは特にない。


(顔の造作云々はこの際みないようにして、と)

 等身大の鏡に向かって、服を体に当ててみる。

(うん、肌の色に合ってるし。値段も2980円と手頃だし。買っちゃおうかなぁ……)

「宜しければ、ご試着なさいますか?」

 先ほどのスタッフがにこやかに声をかけてきた。

(アゥアゥ……服なんか滅多に買わないし、試着した事あんまりないや……)
「あ、はい。大丈夫です。これ、買います」

 内心で焦りながら、表面上は落ち着いた様子で応じる。

(試着したら色々と自分に突っ込んで買わないで帰りそうだ。サイズは大丈夫そうだし。勢いで買ってしまおう)

「はい、有難う御座います。他に何かお買い物はなさいますか?」
「今日はもう大丈夫です」
「では、ご案内します」

 かくして、デートの服を生まれて初めて購入したのである。

(む、ふふっ。買っちゃった。靴やバッグは、家にある無難なやつで合わせよう、と)

 薔子は上機嫌でショップを後にした。

(さぁて、一時間かからなかったし。どこ寄ろうかなぁ)

 ブックストア、ホームセンター、園芸屋、鉱物屋……頭の中に、馴染みの店の選択肢が浮かぶ。

(うん? あ……)

 その時ふと、右斜め先のドラッグストアが目に入る。

(シートマスクとやらでも、買ってみようかなぁ)

 にわかに美容に興味が出て来た自分に驚きつつ、吸い込まれるようにしてドラッグストアに入っていった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

消極的な会社の辞め方

白水緑
ライト文芸
秋山さんはふと思いついた。仕事を辞めたい! けれども辞表を提出するほど辞めたい何かがあるわけではない……。 そうだ! クビにしてもらえばいいんだ! 相談相手に選ばれた私こと本谷と一緒に、クビにされるため頑張ります!

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

空白

KO
ライト文芸
身勝手なしがらみから悩みながらも成長して行く、少年の挫折を描く。 不条理な人生に戦って行く。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...