「堅香子」~春の妖精~

大和撫子

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第二十二話

妄想は甘く、現実はシビアで……・その二

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(どうして心がぽっかり空いたような気がするんだろう? ほかほかと温かいものが詰まっていた筈の胸の中が、なんだかスースーと隙間風が吹いてるいるような感じというか……)

 放課後、いつものように壮吾と舞台の上でモップをかけながら思う。

(そうなった切っ掛けは、千賀子から部長の彼女がロシアから帰国した、て話を聞いてからだ。……まさか、まさか私、密かに部長に恋してたんじゃ……。いやいや、最初から彼女いるだろうと思っていたし、第一に私みたいな地味子でモブキャラ、端から相手にさえる筈ない、て分かりきってた筈なのに。だから、自分を美化して妄想を楽しむ事もしなかったのに、なんで……)

「……さん、久川さん!」
「あ、はい!」

 壮吾の呼び声で我に返る。

「モップ掛け、二往復してますよ」
「あ……」

 漸く状況を把握する。

「ごめんなさい、ぼんやりしてた」

 照れ笑いで誤魔化す。

「何か悩み事とかあるなら、自分で良ければ聞きますんで」

 真摯に声をかける壮吾。すっかり保護者役だ。

「いつも気にかけてくれて有難う。うん、ホントに何でもないんだ」
「なら、いいですけどね」

 二人は微笑み合うと、用具を片付けに降りていく。いつものように壮吾が倉庫を開け、真凛の持つモップを片付ける。そして先輩たちを迎えようと入り口に連れ立って向かうと、一年女子カルテットと太陽がやってきた。揃いも揃ってニヤニヤと下品な笑いを浮かべて。長年の経験の勘が、真凛を警戒させた。

「あらあら、お二人とも仲が宜しいようで」

 朝霞があからさまに意地悪そうな笑みを浮かべて冷やかした。

(やっぱり、予感的中……。なまじ容姿も能力も抜きんでてるもんだから、この世は我の為にある! みたいな感じなんだろうなぁ。壮吾君に申し訳ないや)

 真凛はげんなりした。

「お熱いねぇ。壮吾君の趣味って、特殊なんだね、ゲテモノ趣味なんだ」

 太陽は嫌味のように言いながら壮吾に近づき、

「壮吾君はさ、その気になれば結構モテると思うのに、勿体無いなぁ」

 と続けた。

(ほら、壮吾君は親切心で私に優しくしてくれてるだけなのに)

 もし自分以外の第三者が絡まなかったら、真凛は言われるままにしていたろう。無反応にしていると、人の噂も75日……というように、最初は陰口で盛り上がっていてもその内飽きてくるらしい。そして通常通り真凛は空気と化していくのだ。

(けど、今回は壮吾君が絡んでるし。いつも助けて貰ってる大恩がある、ここで黙っているほど、私は人として腐っちゃいないんだ! 堅香子みたいにまだ花は咲いてないし、咲くかどうかも分から無いけど……)

「あの!」
「くだらないッスね」

 真凛と壮吾はほぼ同時に声をあげた。太陽も、一年女子カルテットも、そして壮吾も驚いて真凛に注目する。お思いの外真凛の声が大きくよく響いたのと、何よりも真凛が抗議の声をあげるとは思わなかったからだ。

「そういう根拠のない下世話な話、辞めて貰えませんか? 私だけならともかく、壮吾君に迷惑なんで」

 一同は驚いたように目を見開き、真凛を見つめる。太陽などは口をあんぐり開けていた。余程驚いたのだろう。壮吾が一番早く我に返った。

(言えた! やれば出来る子じゃん!)

 真凛は生まれて初めて虐めっこに反論出来たという爽快感を味わった。

「まず、すぐに男と女に結びつけて考えのが低俗過ぎですよ。幼稚園児じゃないんだから。発想が幼稚過ぎて呆れますわ。それに、掃除もサボって俺たち任せのあんたたちがデカい顔できるんですか? 先輩たちに証拠つきつけてチクってもいいんですよ?」

 壮吾は心底呆れ返ったように言った。聞きながら赤くなったり青くなったりして怒りと動揺を露わにする太陽と一年女子カルテット。太陽が反撃を試みようと口を開いた時、

「はい、そこまで!」

 笑顔で登場した部長がいた。部員たちを引き連れて。凍り付いたように場が静まり返った。
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