「堅香子」~春の妖精~

大和撫子

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第十九話

波乱の幕開け・壱

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(こういう場合って、漫画とかだと人気のないところに連れていかれてリンチとかカツアゲとかされるんだよね……。人気のないところには行かない方が得策だよね)
 
 必死で頭の中を整理した。何事かと降り返って見ていく女子数人のグループ。二人組の男子、個人で通り過ぎる生徒たち。明らかに、美少女優等生グループが地味子を虐める構図の出来上がりだ。真凛に同情的な視線を投げ、でも関わりたくないから見なかった事にしよう、通り過ぎる人は決まったようにそんな心の声を残していく。真凛は思う。

(別に助けてくれとは言わないけど、無関心を決めこむなら最初から見ないで欲しい。……まぁ、気もちは分かるけど)
 
 
「ちょっと来て欲しいんだけど」

 腕組みをしたまま、顎で入り口を指すエキゾチックば美少女。長身スリム、小麦色の肌……。

(えーと、確かD組の仁田原朝霞にたばるあさかさんだ。子供雑誌のモデルしたりしていて、10年ほどの経験者)

 自宅に帰って書き記したメモの記憶を探る。

「ちょっと、ここ出入り口でこんなところに居たら邪魔になるでしょ! 早く来てよ」

 焦れたように言う少女は中肉中背だがやたら胸だけが発達している。サラサラの黒髪ストレートで肩の辺りで切り揃えている。色白で餅肌、目元パッチリの美少女だ。

(左の口元にある黒子が色気ムンムンなんだけど、童顔だからえーと……そうだ、ロリータ系、ていうんだ。同じくD組、斉藤舞さん……芸歴5年だったな)
「あ、あー、はいはい……」

 気の無さそうな返事をしつつ、ローファーに履き替えて室内履きを靴箱にしまい、鍵を掛ける。ふと、演劇部の部室もここの靴箱も鍵が掛けられる理由が分かった気がした。虐めで靴や物を隠されたり、汚されたり、異物を入れられる事を避ける為ではないかと推測した。

 先頭に朝霞、次に舞、その後に真凛が続き、二人の少女が後に続く。ぞろぞろと後に続きながらも、今一つ現実感が湧かない。

(何だろう? 普通なら絶体絶命のピンチで、もっと怖がってパニックになっても良さそうなのに、何だか他人事みたいに感じるというか、夢の中の出来事みたいに実感が湧かないんだよなぁ。漫画でよく見る展開だけど、実際に自分の身に起こるなんて……)

 どこへ行くつもりなのだろう? さすがに人気のないところは拙い気がした。

(お金もないし、もしあっても一度許したら家族にまで迷惑かかるし。ここは踏ん張らないと)

 歩きながら、校庭の端にタンポポを見つける。

(うん、タンポポみたいに置かれた場所で強かに元気いっぱい咲けるように。踏ん張ってみよう)

「あ、あの!」
(よし! 声が出た!)

 声をあげてみる。

「何?」

 煩そうに振り返る朝霞と舞。恐らく後ろの二人も同じだろう。

「えっと、お、お話なら……」
「ウザいんだよ。言いたい事あるならハッキリ言いなよ!」

 真後ろの少女が強い口調で遮った。仲間である筈の朝霞を舞まで驚いて止まり、声の主を凝視する程だ。真凛はもう少しで舞にぶつかりそうになりながらも止まる。そして後ろを振り返った。

「何が言いたいのかはっきり言いなよ。ムカつくんだよ」

 怒りを露わにしたのは、くるくるとした茶色の髪をショートカットにした、この少女もまた背の高いモデル体型である。ツンと高い鼻、冷たく端正な顔立ち。キュッと目尻のあがったキリッとした美少女だ。

(えーと、A組の宮野沙織さんだ。芸歴7年だったな)
「あ、はい。すみません」

 慣れている謝罪はすぐに言葉となる。そしてそれに続く言い訳も。

「お話ならこういう、明るくて大勢人がいる場所が良いです」

 と、こんな具合に。

「何それ? うちらが何かヤバい事しそうだと疑ってる訳?」

 真凛に一歩近づいていて圧力をかけた美少女は、真凛と同じくらい小柄で。華奢なアイドル顔の美少女だ。色白で明るい栗色の髪をハーフアップにし、くりくりした大きな茶色瞳がキラキラとしている。

(同じくA組、アイドル志望で芸歴12年。東原永久子ひがしはらとわこさんだ)

「え? 違うんですか?」

 思わず正直に反応してすぐに「シマッタ!」と両手で口元を抑える。だが、言ってしまった言葉は取り消せない。

「はぁ?」
「何? 超生意気なんだけど」
「だから何が言いたいんだよ?」
「はっきり言いなさいよ」

(そっちが勝手に呼び出しておいてよってたかって言えだ生意気だと自分勝手だなぁ。小さい時から可愛いからと周りにちやほやされて来た結果だな。何でも自分の思い通りになると思ってる。人生チョロッとか思ってるんだろうなぁ)

 微かに苛立ちを覚えながらも正直に答えた。

「ていうか、そちらが一方的に呼び出した訳で、言いたい事も何も、何を言えば良いのか……」

 どこかで怒りを含んでいたのだろう。四人の美少女は真凛を取り囲み口々に金切り声を上げ始めた。

「はぁーーーーー? うちらが悪いっていうのかよ?」
「地味子の癖にーーーーー!」
「ムカつくーーーーー!」
「死ねよ不細工!」

(うわっ、ど、どうしよう? 火に油だったかな。だけど本当の事だしな。取りあえず彼女たちの感情が落ち着くのを待とう)

 俯いて彼女たちの感情の波が落ち着くのを待つ。徐々に罵詈雑言となり、誰が何を言っているのかも聞き取れなくなった。ひたすら耐え、嵐が過ぎるのを待つ。

(こういうところ、会話が苦手だから上手く切り抜ける言い方が思い付かないんだよなぁ)

 ほんの少し自己嫌悪に陥りながら。やがて彼女たちも怒り狂うのに疲れたようだ。少しずつ落ち着いてきて口数が少なくなった。漸く、周りが自分達に注目しているのを悟ったようだ。そう、実際にどうみても地味子に美少女四人組がよってたかって金切り声で罵詈雑言を浴びせているのだ。嫌でも目立つ。それは注目の的になるだろう。

 帰宅しようと校門を目指す者は何度も降り返って見ていくし、野球部にサッカー部、陸上部。皆がチラチラと見ていた。美少女たは冷静になったようだ。注目を浴びた事を拙いと感じるほどには。

「どうかしたのか?」

 そう声をかけてきたのは、今時熱血で有名な体育教師の一人、佐竹実、サッカー部の顧問でもある。その時、ほんの一瞬だけ気拙そうな表情をするものの、すぐに笑顔で対応する美少女たち。その変わり身の早さに真凛は呆気に取られた。

「いいえ。お騒がせしました」

 にっこりと答える舞。

「私達、演劇部で。ホットシートと言いまして。わざと中心にいる人にありとあらゆる悪口をぶつけてメンタルを鍛える練習をしていたんです」

 すらすらと滑らかに説明する沙織。

「そうなんです、つい興奮してすみません」

 と頭を下げる朝霞。

「ね、真凛」
 
 と如何にも親し気に話しかける永久子。だが、真凛を見る眼差しには『余計な事言ったら許さない!』という怒気を含んでいる。真凛はただただ圧倒されていた。その変わり身の早さに感動すら覚えていた。

(凄い! これがアドリブ力!)
「はい、アドリブの練習も兼ねてました」

 とこたえてみる。

「ふーん、そうか。あんまり紛らわしい事する時は、舞台でやるようにな」

 佐竹は特に疑う事もなく、去っていった。

(ほーら、先生って真実を見抜けないんだよね。特に男は美少女に弱い)

 真凛は内心で毒づきながらも演劇を学べばアドリブ力つくのかな、と期待が高まった。場に気まずさが走る。

「とにかく、部長に気に入られてるなんて調子こかないでよね!」
「同情されてるだけなんだから」

 永久子と沙織が口々に言った。他の二人も大きく頷く。

(なんだ、そんな事か。言われなくても誰よりも自分がよく分かってるよーだ)
「はい、それはもちろん」

 真凛はそう答えた。美少女たちは真凛を睨みつけると校門に向かって去って行く。後ろ姿を見送りながら明日からの部活が、荒れる事を予測した。

(強くならなきゃ。野草みたいに)

 真凛は決意を新たにするのだった。

 
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