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第十八話
続・束の間の休息
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真凛はぽっかりと目を開けた。見慣れた自室の天井が目に入る。薄明りがともされる部屋。どうやら夜になっているようだ。ゆっくりと起きあがって、ベッドからおりてみる。体の怠さや喉の痛みは大分軽減されていた。そう言えば、帰宅してまずは我が家特製バナナジュースを飲まされた後、たっぷりの水と共に薬を飲んだ事を思い出す。そのまま閉められているカーテンをあけた。もうすっかり夜の闇に包み込まれていた。二階から見下ろす庭は、家から漏れる明りでほんの少しだけ椿の葉が照らされて柔らかな深緑色が浮かび上がる。ゆっくりとカーテンを閉めると、部屋の明りをつけた。机の上に眼鏡を見つけ、そのままかける。
(今何時頃だろう?)
ベッドの脇にある棚の上の目覚まし時計を見る。午後七時になるところだ。
(お母さん、夕飯作ってるところかな。お姉ちゃんとお父さんはまだ帰ってまいだろうし、大地は帰ってきてお風呂かな……。今下におりていったら、迷惑かな……)
迷いながら、音を立てないように注意してドアを開けてみる。
「……で、真凛姉ちゃんは大丈夫なん?」
ちょうど自分の話題で、驚いてビクッとする。普段話題にあがる事はなく、たまに話題にあがる時は
『久川さんて本当に目立たないよね。空気みたい。いるの忘れちゃう』
『透明人間みたいじゃない?』
『やだ、幽霊みたい』
『幽霊はインパクトあるでしょ!』
『陰キャラでしょ』
『それだ!』
と、こんな具合に似たり寄ったりの陰口らしい。
(……で、透明人間だから本人が傍にいても気付かれずに陰口言いたい放題、ていう……)
苦笑いしながら、弟の言い出す事に意識を向けた。
「緊張の連続で体が疲れ様ちゃった、て感じだと思うから。取りあえず特製栄養ドリンク飲ませた後に薬飲ませて寝かせてる」
「あぁ、バナナと林檎とレモンと豆乳混ぜたやつだっけ?」
「うん、あとアボカドとメープルシロップね」
「あれ、風邪でダウンした時の我が家の定番だよな。じゃぁ、今グッスリ寝てる感じか」
「うん。目が覚めたら消化がよくて栄養たっぷりのもの食べさせて、また薬飲ませて寝かせるわ」
「うん、それがいいや。真凛姉ちゃん、自分で自分の体の事よく分かってないで頑張っちゃうもんな。高校受験の時も、熱があったのに本人気付かなくてそのまんま頑張って。倒れて肺炎で入院とかさ」
「そうねぇ。こっちも気をつけてやらないとなんけど。今回はうかつだったわ」
「慣れない部活入って気を遣い過ぎたとかもあるんじゃん? 俺みたいにもっと自己中になれれば、楽になれんのに。損な性格してるよな」
「奥床しい、ていうのよ。古き良き時代の大和撫子なのよ、あの子は。あんたはちょっと我儘過ぎなのよ」
「えー? そうかなー」
母親と弟の笑い声が響いた。涙ぐむ真凛の姿。
(何だかんだ、しっかり気にかけて貰えてるんだ。私、落ち零れの底辺の陰キャラだけど、身内贔屓で奥床しい大和撫子だって……)
右の手の甲で涙を拭い、静かにドアを閉めた。眼鏡を外して机の上に置く。そして再びベッドへと潜り込んだ。
(私、ちゃんと久川家の一員なんだ。大和撫子は、可憐に見えるけど驚くほど強くて繁殖力も半端ない強かさもあるんだ。やっぱり、堅香子かな、私は。見た目はあんなに可愛くないけど、いつか花開く日を夢見て。……咲けるかどうかも、咲けたとしてもどんな花になるのかも分からないけど)
少しずつ、眠りの世界から誘いが来る。
(美形な部長にもお姫様抱っこされて。覚えてないけど……。それに、ヒロインに抜擢なんて! まぁ、これから先どうなるか分から無いけど、十分奇跡な毎日だったな。このところ、ちょっと欲張りになり過ぎてたかも。『足るを知る』。大事な事だよね……)
そのまま眠りの国へと足を踏み入れていった。
(今何時頃だろう?)
ベッドの脇にある棚の上の目覚まし時計を見る。午後七時になるところだ。
(お母さん、夕飯作ってるところかな。お姉ちゃんとお父さんはまだ帰ってまいだろうし、大地は帰ってきてお風呂かな……。今下におりていったら、迷惑かな……)
迷いながら、音を立てないように注意してドアを開けてみる。
「……で、真凛姉ちゃんは大丈夫なん?」
ちょうど自分の話題で、驚いてビクッとする。普段話題にあがる事はなく、たまに話題にあがる時は
『久川さんて本当に目立たないよね。空気みたい。いるの忘れちゃう』
『透明人間みたいじゃない?』
『やだ、幽霊みたい』
『幽霊はインパクトあるでしょ!』
『陰キャラでしょ』
『それだ!』
と、こんな具合に似たり寄ったりの陰口らしい。
(……で、透明人間だから本人が傍にいても気付かれずに陰口言いたい放題、ていう……)
苦笑いしながら、弟の言い出す事に意識を向けた。
「緊張の連続で体が疲れ様ちゃった、て感じだと思うから。取りあえず特製栄養ドリンク飲ませた後に薬飲ませて寝かせてる」
「あぁ、バナナと林檎とレモンと豆乳混ぜたやつだっけ?」
「うん、あとアボカドとメープルシロップね」
「あれ、風邪でダウンした時の我が家の定番だよな。じゃぁ、今グッスリ寝てる感じか」
「うん。目が覚めたら消化がよくて栄養たっぷりのもの食べさせて、また薬飲ませて寝かせるわ」
「うん、それがいいや。真凛姉ちゃん、自分で自分の体の事よく分かってないで頑張っちゃうもんな。高校受験の時も、熱があったのに本人気付かなくてそのまんま頑張って。倒れて肺炎で入院とかさ」
「そうねぇ。こっちも気をつけてやらないとなんけど。今回はうかつだったわ」
「慣れない部活入って気を遣い過ぎたとかもあるんじゃん? 俺みたいにもっと自己中になれれば、楽になれんのに。損な性格してるよな」
「奥床しい、ていうのよ。古き良き時代の大和撫子なのよ、あの子は。あんたはちょっと我儘過ぎなのよ」
「えー? そうかなー」
母親と弟の笑い声が響いた。涙ぐむ真凛の姿。
(何だかんだ、しっかり気にかけて貰えてるんだ。私、落ち零れの底辺の陰キャラだけど、身内贔屓で奥床しい大和撫子だって……)
右の手の甲で涙を拭い、静かにドアを閉めた。眼鏡を外して机の上に置く。そして再びベッドへと潜り込んだ。
(私、ちゃんと久川家の一員なんだ。大和撫子は、可憐に見えるけど驚くほど強くて繁殖力も半端ない強かさもあるんだ。やっぱり、堅香子かな、私は。見た目はあんなに可愛くないけど、いつか花開く日を夢見て。……咲けるかどうかも、咲けたとしてもどんな花になるのかも分からないけど)
少しずつ、眠りの世界から誘いが来る。
(美形な部長にもお姫様抱っこされて。覚えてないけど……。それに、ヒロインに抜擢なんて! まぁ、これから先どうなるか分から無いけど、十分奇跡な毎日だったな。このところ、ちょっと欲張りになり過ぎてたかも。『足るを知る』。大事な事だよね……)
そのまま眠りの国へと足を踏み入れていった。
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