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第十五話
現実はやっぱり厳しかった・壱
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授業終了のチャイムが鳴ると同時に、数学教師は「はい、終わります」と言った。日直が「起立」と号令をかける。ガタガタと生徒たちの椅子が鳴った。続いて日直の「礼」の合図で皆一斉にペコリと頭を下げる。「解散、あ、くれぐれも廊下、渡り廊下を走らないようにな」とボソリと念を押し教師は教室から出ていった。同時に生徒たちはガヤガヤと隣同士、或いは前後で会話を交わす。帰りの身支度を整えながら。これか皆、日直の二人以外は部活に、或いは帰路につくのだ。
真凛は誰にも話しかけられる事もなく、一人で準備をしている。彼女なりに急いでいるようだ。
「お疲れ!」
「行こう!」
そこへ沙耶と千賀子がやって来た。
「う、うん」
三人連れ立って足早に教室を出る。今日で部活は三日目。沙耶は仮入部中とはいえ先輩が来る前に楽器やら机や椅子やらを整えておかないといけないらしい。千賀子は言わずと知れた先輩が来る前にコートの掃除やボールの整備、折り畳み式ゴールの準備だ。真凛は昨日自己紹介を終えたばかり。今日が実質の演劇部初日と言って良いだろう。
「じゃ、また明日ね!」
沙耶は途中で別れ音楽室へと急ぐ。
「うん、またね」
「が、頑張ってね」
千賀子と真凛は手を振って更に体育館へと足を速めた。
(今から緊張してどもるようじゃ、先が思いやられるなぁ。……ダメだ、千賀子についていけない。バテた)
真凛はそんな自分を情けなく思いながらも、先を歩く千賀子に声をかける。
「ゴメン、私遅いから。気にしないで先行って」
「あ、御免ね、真凛」
「ううん、いいから。また明日ね!」
「悪い、じゃ、明日!」
千賀子は申し訳なさそうに眉尻を下げると、軽く手を振って更に足早に先を行った。今朝のほーむるで、担任から『廊下や渡り廊下は絶対に走らないように』と念を押された。何年か前、部活に急ぐあまり生徒同士が衝突して骨折をしてしまう事故が起こったらしい。『一年に準備をさせるのを急かせないように二年三年には全員言い聞かせてあるから焦らないで』との事だった。
(千賀子、ギリギリまで私に合わせてくれてたのか。申し訳なかったな。明日、予め気にしないで先に行け、て言おう。そうだよな、こうして沙耶と千賀子、二人も友達が出来たのだって私にしてみたら奇跡なんだよね。気を付けよう。知らないうちに欲張りになってた……)
昨夜は結局、一華の話が一段落ついた時に、
「部活って言えばさ、真凛姉ちゃんは何処にするん?」
思い出したように問いかける弟の一声にを切っ掛けを貰った形となった。弟が同時に切り出した事で削がれた切っ掛けを、弟自身が救い上げてくれた、そんな皮肉に苦笑しつつ切り出す。
「うん、演劇部にした。裏方じゃなくて役者志望で。入部届出して実は今日で二日目なんだ」
父も母も姉も、水を向けた弟自身も唖然として真凛を見つめる。自分が演劇部と言えばこの場にいる家族は全員裏方志望だと思う事を見越して一気に話したのだが。どうやら驚いたようだ。だが、真凛の予想通りだったらしい。再び苦笑いを浮かべる。
「ど、どういう心境に? 演劇部……しかも役者志望って、いやいや、別にそれは良いと思うのよ。人前に出ることが嫌いなあなたが、いきなりどうしちゃったのかな、て」
母親は言葉の選択に非常に気を遣いながら問いかける。家族全員、同じ思いだったようでウンウンと大きく頷きながら真凛を見つめる。
(人前に出る事が嫌いなんじゃなくて苦手なだけなんだけどね。家族とは有り難いものだ。好意的に解釈して自ら選択して大人しくしていると。……知って居ても身内びいきでそういう事にしているだけかもだけど、というか、きっと、そうなんだよ)
苦笑するのはこれで何回目だろうかと思いながら、答えた。
「うん。せっかく頑張って高校入ったんだし、少し変われたらな、て。たまたまオリエンテーションの時に見学してたら、演劇部が素敵だったから」
何度も自室で小声で練習したせいか、スラスラと言葉が流れてくれる。相変わらず声に張りと覇気が無くてげんなりしながら。家族は再び、驚いたように目を丸くして真凛を見ている。
「そうかそうか、それは良い事だ! 頑張れ、真凛、無理しない程度にな」
父親が真っ先に沈黙を破る。瞳を潤ませ、嬉しそうに言った。
「うんうん、真凛のやれる範囲で楽しんで!」
続いて母親が言葉を繋いだ。やはり嬉しそうに瞳を潤ませている。
「いいじゃんいいじゃん、女優、素敵だよ、うんうん」
姉まで嬉し泣きしている。
「女優、いいじゃん、舞台女優! 真凛姉ちゃん、いっちょうかましたれっ!」
大地は涙こそ流さないが嬉しそうだ。
「あ、う、うん。ぼちぼちやってみるよ。有難う」
(そんな、泣かなくても……そうか、そんなに心配されてたのか。ただ入部した、ていうだけでそんなに喜ぶなんて……。なんだかんだ、久川家の一員なんだよな。ただ、弟と姉が華やか過ぎるだけで。期待に応えられないかもしれないけど、何とか頑張ってみよう。少なくとも、部長に『出ていけ!』て本気で言われない限りは居座ってやる。……そう、踏まれれば踏まれるほど力強く生きるオオバコみたいに!)
真凛は覚悟を決めた。というのも、恐らくは入部したら風当たりが強くなるだろう事を予感していたからである。
舞台の入り口から入って外に出る。何だか抜け道のようだ。そこから左に体育館沿いに歩くと、演劇部の男子部室と女子部室がひっそりと立ち並んでいる。部室は十二畳ほどの淡いパステルグリーンのプレハブ小屋だ。
(さぁ、いっちょうかましますか! 雑草真凛さん行きます! そしていつか堅香子みたいに花開けますように……)
気合いを入れ直すと、勇気を出して右手をあげ、コンコンコン、と女子部室のドアを三回ノックする。
「おはようございます」
(いざ! 勝負!!)
勇気を出して女子部室を開けた。
(やっぱりな。これは、予想以上に厳しいかも)
真凛一目見て醸し出す空気を痛い程感じ取った。例の一年女子四人組が、ジロリと真凛を一瞥し、プイッと顔を横に背けた。四人が四人とも、真凛を歓迎していない事、『何で来たんだよ? 出て行け!』という気もちでいる事を態度で示してみせたのだった。
真凛は誰にも話しかけられる事もなく、一人で準備をしている。彼女なりに急いでいるようだ。
「お疲れ!」
「行こう!」
そこへ沙耶と千賀子がやって来た。
「う、うん」
三人連れ立って足早に教室を出る。今日で部活は三日目。沙耶は仮入部中とはいえ先輩が来る前に楽器やら机や椅子やらを整えておかないといけないらしい。千賀子は言わずと知れた先輩が来る前にコートの掃除やボールの整備、折り畳み式ゴールの準備だ。真凛は昨日自己紹介を終えたばかり。今日が実質の演劇部初日と言って良いだろう。
「じゃ、また明日ね!」
沙耶は途中で別れ音楽室へと急ぐ。
「うん、またね」
「が、頑張ってね」
千賀子と真凛は手を振って更に体育館へと足を速めた。
(今から緊張してどもるようじゃ、先が思いやられるなぁ。……ダメだ、千賀子についていけない。バテた)
真凛はそんな自分を情けなく思いながらも、先を歩く千賀子に声をかける。
「ゴメン、私遅いから。気にしないで先行って」
「あ、御免ね、真凛」
「ううん、いいから。また明日ね!」
「悪い、じゃ、明日!」
千賀子は申し訳なさそうに眉尻を下げると、軽く手を振って更に足早に先を行った。今朝のほーむるで、担任から『廊下や渡り廊下は絶対に走らないように』と念を押された。何年か前、部活に急ぐあまり生徒同士が衝突して骨折をしてしまう事故が起こったらしい。『一年に準備をさせるのを急かせないように二年三年には全員言い聞かせてあるから焦らないで』との事だった。
(千賀子、ギリギリまで私に合わせてくれてたのか。申し訳なかったな。明日、予め気にしないで先に行け、て言おう。そうだよな、こうして沙耶と千賀子、二人も友達が出来たのだって私にしてみたら奇跡なんだよね。気を付けよう。知らないうちに欲張りになってた……)
昨夜は結局、一華の話が一段落ついた時に、
「部活って言えばさ、真凛姉ちゃんは何処にするん?」
思い出したように問いかける弟の一声にを切っ掛けを貰った形となった。弟が同時に切り出した事で削がれた切っ掛けを、弟自身が救い上げてくれた、そんな皮肉に苦笑しつつ切り出す。
「うん、演劇部にした。裏方じゃなくて役者志望で。入部届出して実は今日で二日目なんだ」
父も母も姉も、水を向けた弟自身も唖然として真凛を見つめる。自分が演劇部と言えばこの場にいる家族は全員裏方志望だと思う事を見越して一気に話したのだが。どうやら驚いたようだ。だが、真凛の予想通りだったらしい。再び苦笑いを浮かべる。
「ど、どういう心境に? 演劇部……しかも役者志望って、いやいや、別にそれは良いと思うのよ。人前に出ることが嫌いなあなたが、いきなりどうしちゃったのかな、て」
母親は言葉の選択に非常に気を遣いながら問いかける。家族全員、同じ思いだったようでウンウンと大きく頷きながら真凛を見つめる。
(人前に出る事が嫌いなんじゃなくて苦手なだけなんだけどね。家族とは有り難いものだ。好意的に解釈して自ら選択して大人しくしていると。……知って居ても身内びいきでそういう事にしているだけかもだけど、というか、きっと、そうなんだよ)
苦笑するのはこれで何回目だろうかと思いながら、答えた。
「うん。せっかく頑張って高校入ったんだし、少し変われたらな、て。たまたまオリエンテーションの時に見学してたら、演劇部が素敵だったから」
何度も自室で小声で練習したせいか、スラスラと言葉が流れてくれる。相変わらず声に張りと覇気が無くてげんなりしながら。家族は再び、驚いたように目を丸くして真凛を見ている。
「そうかそうか、それは良い事だ! 頑張れ、真凛、無理しない程度にな」
父親が真っ先に沈黙を破る。瞳を潤ませ、嬉しそうに言った。
「うんうん、真凛のやれる範囲で楽しんで!」
続いて母親が言葉を繋いだ。やはり嬉しそうに瞳を潤ませている。
「いいじゃんいいじゃん、女優、素敵だよ、うんうん」
姉まで嬉し泣きしている。
「女優、いいじゃん、舞台女優! 真凛姉ちゃん、いっちょうかましたれっ!」
大地は涙こそ流さないが嬉しそうだ。
「あ、う、うん。ぼちぼちやってみるよ。有難う」
(そんな、泣かなくても……そうか、そんなに心配されてたのか。ただ入部した、ていうだけでそんなに喜ぶなんて……。なんだかんだ、久川家の一員なんだよな。ただ、弟と姉が華やか過ぎるだけで。期待に応えられないかもしれないけど、何とか頑張ってみよう。少なくとも、部長に『出ていけ!』て本気で言われない限りは居座ってやる。……そう、踏まれれば踏まれるほど力強く生きるオオバコみたいに!)
真凛は覚悟を決めた。というのも、恐らくは入部したら風当たりが強くなるだろう事を予感していたからである。
舞台の入り口から入って外に出る。何だか抜け道のようだ。そこから左に体育館沿いに歩くと、演劇部の男子部室と女子部室がひっそりと立ち並んでいる。部室は十二畳ほどの淡いパステルグリーンのプレハブ小屋だ。
(さぁ、いっちょうかましますか! 雑草真凛さん行きます! そしていつか堅香子みたいに花開けますように……)
気合いを入れ直すと、勇気を出して右手をあげ、コンコンコン、と女子部室のドアを三回ノックする。
「おはようございます」
(いざ! 勝負!!)
勇気を出して女子部室を開けた。
(やっぱりな。これは、予想以上に厳しいかも)
真凛一目見て醸し出す空気を痛い程感じ取った。例の一年女子四人組が、ジロリと真凛を一瞥し、プイッと顔を横に背けた。四人が四人とも、真凛を歓迎していない事、『何で来たんだよ? 出て行け!』という気もちでいる事を態度で示してみせたのだった。
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