「堅香子」~春の妖精~

大和撫子

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第十五話

現実はやっぱり厳しかった・序章

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「そうなんだよ。ソイツが転校して来てさ。陸上部に入ってくるのは分かるけどまさか同じクラスになるとは思わないからさ、びっくりしたよ」

 大地は頬を紅潮させて話している。いくらか興奮気味だ。姉の一華も父も興味深そうに頷きながら耳を傾けている。

「へぇ? 宿命のライバルと同じクラスかぁ」

 母親が家族分の緑茶をトレイに入れて運びながら会話に加わった。一人一人目の前に湯飲みを置き、腰をおろす。

「宿命のライバルっていっても、俺の方が大会記録あるしなぁ」

 へへん、と得意そうに笑う大地。真凛は思う。

(うーん、我が弟ながらイケメンだよなぁ。得意そうな顔をしたって憎たらしい感じしないもんな)

 そして放課後、小馬鹿にしたような表情で自分を見る太陽が頭に浮かぶ。

(うん、でもあの人は顔が整い過ぎていてゾッとする感じだ。人間離れした何かを感じる……あれだ! 妖魔とか堕天使だ。乙女ゲームに出て来るやたら端正な顔立ちの……)

 ぼんやりとそんな事を思いながら弟を見つめる真凛の目には、

「大会記録っていっても、まだ二回くらいだし。彼に勝ったのだって二回目じゃないの。あんまりいい気になったら足元をすくわれるわよ」

 とたしなめる母親が映し出される。言葉では戒めつつも、口角は弛みっ放しだ。可愛くて仕方無いという愛情がほとばしっている。

「分かってるよぉ、ちぇっ」

 拗ねたように頬を膨らませて見せる大地もまた、言動とは裏腹に目が笑っている。

(今日こそ、夕飯時に演劇部に入った! と報告しようと思ったのに……あーぁ、これじゃいつ切り出せるか分からないや……)

 真凛はそっと溜息をついた。本人によると元々声が小さいのと、存在自体が薄い為に普通に溜息をついても家族にすら気づかれないらしい。

(変われるかもしれない。本当にモブキャラから名前が貰えて台詞が二言くらいある役柄に!)

 そんな風に希望に満ち溢れて帰路に着いた。

 久川家の夕飯時の食卓。今日は全員が揃っている。今夜こそ演劇部に入ったと家族に報告しよう! そう意気込んで帰宅した筈だった。部活後……初めて個人として尊重して貰えた体験をして気持ちが大きくなっていただけだった事に気付く。夕飯時、全員が席について一斉に「いただきます」と言ってそれぞれが食事に手をつけようとしたその瞬間を見計らって声を張る。帰宅途中、電車の中で吊革につかまりながら何度も何度も脳内でシュミレーションをしたように。

「あのね、部活……」
「今日さぁ、転校生がクラスに来たんだよ」

 弟が勢い込んで口を開くのと同時だった。

(決まったよ。演劇部に入部した)

 何度も繰り返しイメージトレーニングをした台詞の続きを心の中で述べる。目の前では、弟の話に身を乗り出している姉と両親の姿が映し出される。同じ空間にいるのに、何故か自分だけ異空間にいるような、そんな気もちに囚われる瞬間だ。これまでに何度も味わって来た事だった。

(……やっぱり、何も変われないかもしれない……)

 そう思った。そのまま無言で弟の話を聞いた。

(いつもそうなんだな。何か話そうとすると、大地かお姉ちゃんがまるで狙ったみたいに同時にお話を切り出すんだ。別に意地悪して故意にやってる訳じゃないけど、タイミングが悪すぎるんだよなぁ。部活の事は、たまたま困っている人を放っておけない思いやりと正義感に満ちた同級生男子と、親切で面倒見の良い部長に巡り会えたからたまたま上手くいったように見えるだけで、本質は何も変わってないんだよな、私……)

 それならもう少し自己主張しても良さそうだと誰しも思う事だろう。だが、真凛によると……

(何度もさ、『あのさ、実は私も話が……』てさ。会話が一区切りついた時に切り出してみたんだけどさ。ことごとくスルーされるんだなぁ、これが。私の声が小さ過ぎなのと、お父さんもお母さんも、大地もお姉ちゃんも、会話に夢中になって気づかないのと、こういうのが重なって。私は益々空気となる。授業参観とか家庭訪問とか三者面談とか、そういうのみたいにプリントが渡されたら楽なんだけどな。お母さんに渡すだけだもん)

 という事らしい。

(……て、小学生みたいな事言ってる場合じゃないよね。よし、会話が途切れた時に言うぞ!)

 気を取り直してタイミングを見計らう。

(言うぞ、部活が決まった、て話すだけなんだから)

「……うん、走り込みとか色々さ」
「へぇ? 練習も色々あるもんねぇ」

(よし! 今だ!)
「私もね、部……」
「そういえば、一華はミュージカル部、初よね? 部活、どう? まだ始まったばかりだけど」
「うん、楽しいよ。そうそう、顧問がさ、巻町蘭瀬まきまちらんぜなんだよ」
「誰それ?」
「何だ? 大地は知らないのか。まぁ一昔前になるから仕方無いか。宝塚娘役の元トップスターさ」
「うわ、すげ!」
「それは凄いわね。本名は?」

 がくりと肩を落とす真凛。切り出すと同時に母親が一華に話しかけてしまった。しかも華やかな話題なだけに、当分終わりそうにない。諦めたように首を横にふりと、努めて口角をあげ、家族の会話を聞き続けた。寂しそうな笑みだが、家族の誰もそれに気付かない。

(次の機会に、話そう。どうしても話せなかったら、お母さんが一人になった時に話せばいいや。早く話さないと、部費の事と部活指定ジャージのお金の事も話さないといけないし)

 二度めの溜息をついた。家族の笑い声でその溜息は掻き消えていく。

(やっぱり、現実は厳しいや……)

 ほんの少しだけ、泣きたくなった。
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