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第十三話
スプリング・エフェメラル
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「芝生みたいに雑草を上手く利用する、て言ってたけど。雑草とか抜いても抜いても生えてくるから結構大変なんじゃない?」
部長は気遣うように尋ねる。
「そこがまた可愛いといいますか。逞しくて尊敬するところでもあるんです。思い切り抜いてもまた生えて来ますからある種の安心感があると言いますか……」
真凛は実際に庭にいるような感覚に陥った。抜いても何日かしたらまた何事もなかったかのように生えてきているのを見て、生命力の強さに感心する。そして励まされているような気がするのだ。
「うん、続けて」
「雑草を見ていると勇気が貰えるんです」
「へぇ? 例えば、どんな感じ?」
「雑草は、人の手を必要としません。置かれた場所で最大限に生命力を発揮し、環境に柔軟に対応していきます。例えば、アスファルトの僅かなヒビの隙間から勢いよく伸びる西洋タンポポとか。見ていると励まされて『頑張ろう』という気になれたりします」
「あー、道路で結構見掛けるね。雑草、敬遠する人が多いイメージだけど聞いてみるとなるほどな、て思えるね」
「雑草、結構好きなんです。千切れれば千切れるほど元気に繁殖する雑草とか」
「へぇ?」
「ワルナスビやムラサキカタバミなんかがそうですね」
「詳しいねぇ」
聞かれるままに夢中で話す真凛。『雑草辞典』は真凛の愛読書の一つだ。部長の問いかけに微塵も小馬鹿にしたところが無いからであろう。眼鏡の奥のその瞳は輝き、口角が上がっている。後ろの方では、『何悲劇のヒロインぶってんだ? お前は雑草以下だ、て』とボソリと呟く太陽。それを聞いてクスクス笑い出す一年女子たち。怒りと軽蔑を含めて太陽を一睨みし、軽蔑を通り越して飽きれた視線で女子たちを見つめる壮吾。真凛はそれらの事は知る由もなく、自宅の庭先で部長と会話をしているような感覚になっていた。
「じゃぁ、花の中で一番気に入っているのは?」
「花ならほとんど全部好きなんですけど、とりわけカタクリの花が気に入っています」
「へぇ? カタクリの花か。どんな花なんだろう?」
「小さな百合みたいな感じで俯き加減に咲いている花です。淡い黄色、薄紫、紫がかったピンク色とあります」
「どんな経緯で気に入ったのかな?」
「幼稚園の花壇に咲いていたんです」
当時の光景が目の前に広がる。言わば過去にタイムスリップして幼い自分を背後から見守っている、そんな感じだ。色とりどりのチューリップが嬉しそうに風に揺れている。花壇の前に座り込み、無心に花を見つめている真凛。ふと、片隅に見た事もない愛らしい花がひっそりと群れるようにして咲いているんを見つける。他の子は砂場で砂遊びやボール遊びをしている様子だ。一人で花壇の前に座り込んでいる真凛が気になったと見えて、ふっくらした優しそうな年配女性がそっと真凛に近づく。園長である。
『何か気になるお花はあった?』
真凛の隣にそっとしゃがみこむ。真凛はにっこりと笑って片隅に咲く花を指さす。
『あの下を向いて咲いている小さくて薄い紫色の花かな?』
園長の問いかけに、真凛は大きく頷いた。
『あれはね、カタクリの花だよ。植えてから花を咲かせるまで七年もかかるんだよ』
ーーーーー
「……その時はよく分から無かったけれど、妙に印象に残っていて。ずっと気になっていました。それで、小学校になってから、子供向けに書かれている花の図鑑などで調べたりして、より身近に感じるようになりました。何となく、遅咲きの花というか。自分もいつか咲けるんじゃないか、て夢見れるような気がして。そしてカタクリの花の古い名前が『堅香子』という事。春の妖精と呼ばれる類の一つである事を知って、その響きの美しさからより一層好きになりました」
そこで話を止めた。そう、だから携帯の待ち受け画面は薄紫色の堅香子の花なのだ。落ち込む度に、画面を見て励まされるように願いを込めて。
真凛が恍惚とした表情で夢見るように空を見つめる姿に、部長と副部長は顔を見合わせて何やら囁き合う。そして頷き合うと、再び真凛を見つめた。
「有難う。よく分かったよ。これから宜しくね」
真凛は部長の声で我に返る。現実を把握した途端、赤面した。頭から湯気が出そうだ。
「あ、はい。長々とお見苦しい姿を! 失礼しました。有難うございます」
慌ててそう言うとペコリと頭を下げ、足早に元の位置へと急いだ。そんな真凛の後ろ姿を、微笑ましく見守る部長と副部長。だが二人ともすぐに真顔に切り変える。真凛が恥ずかしそうに両頬を両手で抑えながら元の位置に戻ると、部長は凛とした声を発した。
「はい、では次。ラスト7番の方、前へどうぞ!」
和やかだった舞台の雰囲気が、すぐにピンと緊張の糸がはられる。
「はい!」
堂々と返事をして前に歩いていくのは、真凛の左隣にいる女子だった。
シーンと静まり返った舞台に、運動部の掛け声とステップ、走り乱れる音がこだまする。部員は再び部長と女子に注目した。
部長は気遣うように尋ねる。
「そこがまた可愛いといいますか。逞しくて尊敬するところでもあるんです。思い切り抜いてもまた生えて来ますからある種の安心感があると言いますか……」
真凛は実際に庭にいるような感覚に陥った。抜いても何日かしたらまた何事もなかったかのように生えてきているのを見て、生命力の強さに感心する。そして励まされているような気がするのだ。
「うん、続けて」
「雑草を見ていると勇気が貰えるんです」
「へぇ? 例えば、どんな感じ?」
「雑草は、人の手を必要としません。置かれた場所で最大限に生命力を発揮し、環境に柔軟に対応していきます。例えば、アスファルトの僅かなヒビの隙間から勢いよく伸びる西洋タンポポとか。見ていると励まされて『頑張ろう』という気になれたりします」
「あー、道路で結構見掛けるね。雑草、敬遠する人が多いイメージだけど聞いてみるとなるほどな、て思えるね」
「雑草、結構好きなんです。千切れれば千切れるほど元気に繁殖する雑草とか」
「へぇ?」
「ワルナスビやムラサキカタバミなんかがそうですね」
「詳しいねぇ」
聞かれるままに夢中で話す真凛。『雑草辞典』は真凛の愛読書の一つだ。部長の問いかけに微塵も小馬鹿にしたところが無いからであろう。眼鏡の奥のその瞳は輝き、口角が上がっている。後ろの方では、『何悲劇のヒロインぶってんだ? お前は雑草以下だ、て』とボソリと呟く太陽。それを聞いてクスクス笑い出す一年女子たち。怒りと軽蔑を含めて太陽を一睨みし、軽蔑を通り越して飽きれた視線で女子たちを見つめる壮吾。真凛はそれらの事は知る由もなく、自宅の庭先で部長と会話をしているような感覚になっていた。
「じゃぁ、花の中で一番気に入っているのは?」
「花ならほとんど全部好きなんですけど、とりわけカタクリの花が気に入っています」
「へぇ? カタクリの花か。どんな花なんだろう?」
「小さな百合みたいな感じで俯き加減に咲いている花です。淡い黄色、薄紫、紫がかったピンク色とあります」
「どんな経緯で気に入ったのかな?」
「幼稚園の花壇に咲いていたんです」
当時の光景が目の前に広がる。言わば過去にタイムスリップして幼い自分を背後から見守っている、そんな感じだ。色とりどりのチューリップが嬉しそうに風に揺れている。花壇の前に座り込み、無心に花を見つめている真凛。ふと、片隅に見た事もない愛らしい花がひっそりと群れるようにして咲いているんを見つける。他の子は砂場で砂遊びやボール遊びをしている様子だ。一人で花壇の前に座り込んでいる真凛が気になったと見えて、ふっくらした優しそうな年配女性がそっと真凛に近づく。園長である。
『何か気になるお花はあった?』
真凛の隣にそっとしゃがみこむ。真凛はにっこりと笑って片隅に咲く花を指さす。
『あの下を向いて咲いている小さくて薄い紫色の花かな?』
園長の問いかけに、真凛は大きく頷いた。
『あれはね、カタクリの花だよ。植えてから花を咲かせるまで七年もかかるんだよ』
ーーーーー
「……その時はよく分から無かったけれど、妙に印象に残っていて。ずっと気になっていました。それで、小学校になってから、子供向けに書かれている花の図鑑などで調べたりして、より身近に感じるようになりました。何となく、遅咲きの花というか。自分もいつか咲けるんじゃないか、て夢見れるような気がして。そしてカタクリの花の古い名前が『堅香子』という事。春の妖精と呼ばれる類の一つである事を知って、その響きの美しさからより一層好きになりました」
そこで話を止めた。そう、だから携帯の待ち受け画面は薄紫色の堅香子の花なのだ。落ち込む度に、画面を見て励まされるように願いを込めて。
真凛が恍惚とした表情で夢見るように空を見つめる姿に、部長と副部長は顔を見合わせて何やら囁き合う。そして頷き合うと、再び真凛を見つめた。
「有難う。よく分かったよ。これから宜しくね」
真凛は部長の声で我に返る。現実を把握した途端、赤面した。頭から湯気が出そうだ。
「あ、はい。長々とお見苦しい姿を! 失礼しました。有難うございます」
慌ててそう言うとペコリと頭を下げ、足早に元の位置へと急いだ。そんな真凛の後ろ姿を、微笑ましく見守る部長と副部長。だが二人ともすぐに真顔に切り変える。真凛が恥ずかしそうに両頬を両手で抑えながら元の位置に戻ると、部長は凛とした声を発した。
「はい、では次。ラスト7番の方、前へどうぞ!」
和やかだった舞台の雰囲気が、すぐにピンと緊張の糸がはられる。
「はい!」
堂々と返事をして前に歩いていくのは、真凛の左隣にいる女子だった。
シーンと静まり返った舞台に、運動部の掛け声とステップ、走り乱れる音がこだまする。部員は再び部長と女子に注目した。
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