「堅香子」~春の妖精~

大和撫子

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第十話

自己紹介はセルフプロデュース・壱

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(この人も、美人だなぁ……。お人形さんみたい)

 二番目に呼ばれた女子は、まるでグラビアアイドルを思わせるような可愛らしい子で、小・中と演劇部だったらしい。女優を目指したいそうだ。そして今、三番目に呼ばれた女子を見ている。

(身長、小柄で私とほぼ同じくらいだけどスタイルいいなぁ。やっぱり存在感というか、纏っているオーラが違うんだろうな。字はどう書くか分からないけど、アリスちゃんか。名前も可愛くてぴったり合ってる。……私とは大違いだ。姉さんも大地も、纏っているオーラがやっぱり華やかだもんなぁ)

 そしてふと甦る過去の記憶。当時、近所の空き地にたむろす複数の主婦たち。小声で話しているつもりらしいが、風に乗って結構遠くまで筒抜けとなるのだ。

『……そうなのよ。久川さんとこは美男美女のご夫婦じゃない』
『ええ、娘さんも息子さんも優秀で美形なんでしょ? いいわねぇ』
『それが、真ん中に娘さんいらっしゃるのご存じ?』
『え? 娘さんと息子さんのお二人ではなく?』
『それが真ん中に一人娘さんがいるのよ。家の子と同じクラスなんだけどね。全然似てない上に存在感が全くないんですって。特に何の取り柄もないらしいわ』
『あら可哀想。暗い、……いえいえい大人しい子なのかしら?』
『暗いというか、空気みたいに影が薄いんですって。でも、名前だけは真凛とかで可愛らしいから、余計に浮いてるんだとか』
『あらあらぁ、それは可哀想にねぇ。お姉さんと弟の出来が良すぎるから余計に……』

 その一部始終を、たまたま通りかかった真凛はしっかりと聞いてしまった。ランドセルを主婦たちに投げつけ、「悪かったですね、空気で! 声筒抜けなんだよ! 大人がそうやって悪口言ったり、差別して弱い者虐めするから、子供も真似して差別や虐めは無くならないんだよっ!」と怒鳴りつけてやりたかった。けれども実際は、俯いて静かに、その場を通り過ぎた。(もしかして自分は、透明人間になっているのかもしれない。だからあの人たちが言ってるの、本当かも)ぼんやりとそんな事を思いながら。噂話に夢中な主婦たちには全く気付かれる事なく通り過ぎた……。

「……はい。中学の時演劇部でした。そこで魅力に嵌まり、将来は舞台女優を目指したく、こちらの高校を選びました!」
「そう、それは嬉しいしこちらも遣り甲斐あるね」

 部長は嬉しそうに答えている。そのやり取りで、現実に立ち返る。

(凄いなぁ、しっかり自分を持って。あれ? でも一番目の人も二番目の人も、星合高校の演劇部に入りたくて受験した、て……。もしかして、この学校の演劇部って有名なのかな? そこまで気が回らなくて調べてなかった。どうしよう? もしかして私、物凄く身の程知らずな事してるんじゃ……)

 そう感じた途端、鳩尾の奥から不安が込み上げ、足や肩は鉛のように重くなる。

「では、次。四番の方!」
「はい!」

 気づけば後一人で真凛の番。そしてよく通る声で凛然と返事をしたのは、森村太陽、その人だった。前に進む前に、小馬鹿にしたように真凛をチラリと見て、スタスタと歩いていく。

(な、何なの? 一体。それとも私が自意識過剰なだけ……?)

 何とも言い難い思いで、彼と部長の会話の成り行きを見つめた。

「宜しくお願いします」

 彼は位置についたと同時に、部長と副部長が座っているところに一礼した。少しも動じる事なく、落ち着いた振る舞い。姿勢もまるで定規を背中に当てているかのように真っすぐに伸ばされている。

「はい、宜しく。では名前をフルネームで」
「はい! 森村太陽と申します!」
「森村君、では一言で答えて貰おうかな。では早速。好きなものは?」
「美しいもの全てです」
「全てとはジャンルを問わずかい?」
「はい」
「では嫌いなものは?」
「醜いもの全てです」
「へぇ? 徹底してるんだね。昔からそう?」
「はい。幼い時からそうでした」
「でも、美醜の感覚って主観的なもので、人それぞれだと思うんだけど。そのあたり、どう?」
「ええ、そうですね。あくまで自分基準になります。ですから、他の人がどう感じようがそれは個人の自由だと思っています」
「なるほどねぇ。じゃぁ例えば同じ空間を共有しないといけない場所に、森村君流に言って美しくない対象がいたとしたら、どう反応する?」

 さながらテニスのラリーのように、間髪入れずに質疑応答を交わす二人。部長の疑問に思う点はまさに真凛が感じている事そのままだった。

(なるほど、彼目線で私はブスだから、素直の反応したって訳か。正直というか、傲慢というか……でも、世間一般では、彼ほど美形ならある程度なら何をやっても許される風潮があるからなぁ、頭も良かったみたいだし……)

 モヤモヤと複雑な思いを抱えながら、彼に注目する。おや? 誰もが彼に注目している中、一人だけ真凛を気遣わし気に見つめる者がいた。右隣に並んでいる丸刈りの彼である。この彼の心の中を少し覗いてみよう。

(さっき、アイツ……俺の隣のこの小さい子になんか言ってた。前に出ていく時も、一瞬この子をチラッと見たみたいだし。今の受けごたえ聞いていても、あの男傲慢極まりない野郎じゃねーかな。昔、この子を虐めてたとか、そういった因縁がありそうだ。だってこの子、あれからずっと震えてるし顔色も良くないもん)

 どうやら彼は、正義感が強く困った人を放っておけない性質たちらしい。

「そうですね……」

 太陽は少しだけ間を開け、チラっと後方の真凛を見ると、真っ直ぐにに部長を見つめた。迷いのない澄んだ眼差しで。部長もその眼差しを真っすぐに受け止める。

「ケースによりますが、出来るだけ自分の視界に入らないよう本人に伝えます」

 このこたえにはさすがに、これまで静かに見守っていた先輩部員、新入部員、仮入部の女子たち全てがざわついた。

(え……じゃぁ、私に耳打ちしたりチラ見したりしたのって……)

 自意識過剰から来る思い込みではなく「醜いから去れ」と言いたかったのだ、と悟った。脳天に巨大な岩を落とされたような衝撃を受け、頭が真っ白になった。
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