「堅香子」~春の妖精~

大和撫子

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第四話

可もなく不可もなく……

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 午前五時過ぎ……差し始めた朝日を浴びながら、真凛は自宅の庭にいた。庭を取り囲むようにして植えられている躑躅つつじの葉を、見栄えよく咲かせる為に剪定をしているのだ。持ち手が鮮やかな山吹色の剪定鋏は、彼女のお気入りの一つらしい。臙脂色のジャージの上下に身を包み、両手には軍手、足には黒い長靴、白いタオルを頭に巻いて無心で剪定している。躑躅を撫でるようにしてテキパキと鋏を入れていく様は、普段は猫背で俯き加減の彼女からは想像もつかない。

(そっか、ここを切って欲しいのね)

 花木や植物に向き合うと、どこと切って欲しいのか、害虫がいるところはどこなのか、病気になりそうな部分はどこか? それらが自然と伝わってくる気がしてた。剪定が終わる頃には、朝日は庭全体を照らしオレンジ色がかった金色に染まっていた。

(これで、思い切り咲き誇れるぞ、躑躅さんたち)

 満足げににやりと笑った。眼鏡の左縁の金具部分に、朝日が当たってキラリと光る。庭の土の具合を見る。

(湿り具合もまぁまぁかな。この間大きなミミズも数匹元気に散歩していたし。雑草も、ある程度はあった方が芝生代わりみたいになって庭が上質に見えるし。こんなもんかな)

 そろそろ家に戻ろうと歩き始める。今日は土曜日。明後日の月曜日から、本格的に新学期が始まる。即ち、初の部活も。なるべく音を立てぬよう、静かに玄関のドアを開ける。土日祝日は、場合によっては家族全員お昼頃を目途にゆっくりと起きて来る事もあるからだ。

「あ、おはよう。今日も早いね」

 室内に入ると、ちょうど洗顔と歯磨きを済ませた姉と出くわした。パステル調の藤色のパジャマが、彼女の細くて長い手足、細い腰、豊かで張りのある胸を女性らしく演出している。絹糸みたいな栗色の髪は艶々と姉の小さな卵型の顔を縁取る。まるで小さな滝みたいに、腰のあたりまで見事なストレートだ。

(顔の形だけしか、似て無いんだよなぁ……)
「おはよう。お姉ちゃんも今日は早いね」

 姉の美貌にぼんやりと見惚れながら、挨拶を返す。

「うん、今日は部活の打ち合わせがあるからね」
「そっか」

 姉はミュージカル部とやらに所属したらしい。上品な弧を描く二重瞼にアーモンド型の瞳は、神秘的なセピア色に艶めいている。鳶色の長い睫毛はクルリとカールをし、瞳を縁取っている。高くて形の良い鼻、深紅の薔薇の蕾を思わせる唇。肌理細きめこまやか肌の色はまさに桜色だ。

(きっと、あっと言う間に主役になっちゃうんだろうなぁ。一年に出し抜かれたら先輩たちの嫉妬とか大変そうだ。私には無縁の話だけど)

 しみじみと思う。小学校の時あたりから、モデルやら歌手やらと芸能事務所からスカウトが来る事も頷ける。

(お姉ちゃんは美人なだけじゃなくて華があるもんな。人を惹き付けるオーラというか……)

「真凛は部活、どうするの?」

 姉の質問にハッと現実に返る。演劇部、と咄嗟に言い出せず、口から出た言葉は

「あ、うーんと。まだ考え中……かな、アハハ」

 という誤魔化しだった。裏返った声、乾いた笑いが虚しい。

「そう。……園芸部とかガーデニング部とか無いの?」
「園芸部?」

 予想外の姉の質問に面食らう。記憶を辿り、部活動・同好会一覧を思い浮かべる。

「無いみたいだけど……?」

 姉の真意をはかり兼ね小首をかしげる。

「無いのか。あればいいのにね、てお母さんと話してたのよね」
「お母さんと?」
「そう。だって真凛、小さい時からガーデニング得意じゃない。将来、庭師ガーデナーの道に進むのもありだね、て話してたの」
「あ、あぁ、そういう事か。庭弄りは好きだけど、ガーデニングなんて本格的なもんじゃないし。本で読んだりネットで調べた範囲内で趣味で感覚的にしてるだけだからさ」

 母親と姉の心情が判明し、激しく落ち込みながらも明るく笑顔で応じた。

「でもさぁ、好きなら向いていると思うし……」
「うん、有難う。園芸とか学校だと限られた花壇しかないし、なかなか難しいんじゃないかな。有難う。部活、どこに入るか来週中には決めるよ」

 喉の奥がツーンと痛くなり、その痛みが鼻の奥へ移動し、じわっと瞳に透明の膜がりそうになった。慌てて会話を切り上げると、「じゃ、またね!」と声をかけて洗面所へと逃げ込む。ガラリと目の前の引き戸が閉められ、一華は何か言いいたそうに口を開きかけた。だが、諦めたように首をゆっくりと横に振ると、自室に向かって歩みを進めた。

 洗面所に籠ると、真凛は蛇口を強めに開いた。ジャ―――という水の流れる音で、万が一嗚咽が込み上げた際の予防線を張る。眼鏡を取ると棚の上に置き、両手で水を掬ってバシャバシャと顔を洗い始めた。

(いつもそうだ。私に何も褒めるところがないから、無理矢理褒めるところを見つけて大げさに褒める。お父さんもお母さんはそうだから、お姉ちゃんも、弟まで空気読んでさ。兄弟姉妹で分け隔てはいけない、て事で……)

 例えば真凛が小さい学校三年の時、姉が作文で文部大臣賞を受賞。少し後に、弟が幼稚園の縄跳び大会で優勝。真凛には何も無く。父も母も、一華を褒める時は必ず真凛と大地も、大地を褒める時は真凛と一華を褒めるようにしてきた。年齢が上がる毎に、大地も一華も学校の成績だけでなく絵画や文芸、部活などで益々抜きんでるようになっていく。そうした中、何をやっても可もなく不可もない真凛を盛り上げようと、

「真凛は箸の持ち方に気品があるな。なかなか出来る事じゃない。大したもんだ」
「そうね、これは持って生まれた才能だわ」
「運動会のフォークダンス、真凛の足さばきは誰よりも綺麗だったな」
「そうね、一番輝いていたわ」

 このように、父と母が毎度苦心して真凛の良い部分を探し出すのだ。大地も一華も、しっかりと両親の涙ぐまし努力を理解し、真凛を褒めあげる。今回の母と姉が園芸部を勧めたのも、そういう経緯が透けて見えた。

(無理矢理褒めるところをこじつけて称賛して貰っても嬉しくないどころか非常に苦痛なんだよ!)

 そう叫びたかった。いっそ「辞めて!」と言えたら……。けれども、家が自分の為に必死で心を砕いている事も分かる為、何も言えず気付かないふりをし続けていた。
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