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第十一話
化かし合い
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エルフリーデは嬉しそうに左隣に並んで歩くラインハルトを見つめていた。いや、正確に言うなれば、出来るだけ嬉しそうに見えるように彼を見つめた、と表現を改めるべきか。
彼女は今、名目上の婚約者ラインハルトと共に例の魔鉱石異空間に向かっていた。彼によると、エルフリーデが闇魔法を魔鉱石に注ぎ込んでいる姿を見てみたくなったのだと言う。
今朝方の事だ、ラインハルトからのメールが届いた。リュディガー以外に殆ど届く事がないと断言出来る透明水晶玉を象った魔術受信機が、メール受信を知らせる青色の光が点滅した際は何事かと焦った。
『今日なんだけどさ、魔力を込めに「魔鉱石の間」に行く日だろう? 僕も一緒に行くよ』
てっきり、リュディガーからの緊急連絡かと身構えたが、思わぬ人物からのメールで驚きと同時に薄ら寒さを感じた。けれども、「リュディガー様のおっしゃる通りになりましたわ」と独り言ちた。つい昨日、
「どうやら頭の弱いピンク髪……名あれ? 前、何だっけか? まぁそのまんまピンク髪でいいや、そいつが野生の勘を働いたようだ。お前が『なんか以前と違うような気がする』てさ。義弟の方はのほほんとしているみたいだが。そんな訳で、近日中に屑カップルが探りを入れてきそうだ。例えば、人工魔鉱石に闇魔法を込めに行く際に同行を願い出るとか。だけど怖がる必要はないからな? 気づかれないように、前みたいにしおらしくしていれば大丈夫だから。奴らから誘われたりしたら出掛ける前に連絡しろよ? いや、すぐに連絡をよこせ! これは命令だ、いいな?」
と、リュディガーから連絡があったのだ。ラインハルトからのメールに対して返信を送る前に、リュディガーに連絡した。
「恐らく、ピンク髪も同行するとみて良いだろうな。大丈夫だ、ソレと悟られないように防御魔法をかけておいてやるし、万が一の時はすぐに助けてやるから」
と何とも心強い言葉を貰えて、自然に安心感とやる気が湧いた。彼が見守って貰えているという無条件の信頼が、自分でも不思議だった。恐らく、多くの人は保護者、或いは身近な大人たちにこうした愛情と承認、所属の欲求を経て愛し愛される事を学んで行くものなのだろう、とエルフリーデは思った。
そのような経緯を経て、ラインハルトの部屋の前で待ち合わせをして今現在に至る。
さて、一応は婚約者なのに部屋の前で落ち合う事、義妹が彼と仲睦まじい様子で寄り添っている事、義妹は当然のように『魔鉱石の間』までついて来る事、随分前から命じられてラインハルトの右隣から三歩下がって付き従うフォルティーネに、彼の左隣でエスコートを受けている義妹。あまりに馬鹿々々しくて色々と突っ込んで皮肉を言いたくなってしまうが、ここは忍耐の時だ。以前のフォルティーネなら、「ラインハルト殿下と一緒に歩かせて頂けるだけで身に余る程の幸せです」などと思っていたのだから、それらしく振舞わなければならない。
この状態を、陛下が何も言わないのは何故か? ループする中で確信した。寵姫との子供である第二王子を異常なほど溺愛しているからだ。その理由は、寵姫自身が第二王子を溺愛しているからだ。両陛下とも第三王子にはさほど関心がないようだった。人は、愛に溺れ過ぎると真に大切な事を見失いがちだ。
(監視の魔法で録画した映像を、陛下にお見せしたから近々反応がある筈って、リュディガー様がおっしゃってたわね…どう感じられたのか気になるところだけれど)
「どうした? 嬉しそうだな。そんなに僕と会えたのが嬉しいか?」
ラインハルトの取ってつけたような甘ったるさと傲慢さが滲み出る声色に、ゾクリと背筋が粟立った。その事が、彼には却って好意的に解釈してくれたようだ。出来るだけしおらしく、はにかんで俯き右手でフードを目深に被り直しながら応じる。
「はい、本来なら二週間先のお茶会まで殿下とお会い出来ないところをお会い出来たのです。とても嬉しくて」
「ハハハ、そうかそうか」
第二王子は満更でも無さそうに笑った。義妹は小馬鹿にしたようにフフフと笑った。
「あらあら、お義姉様ったらラインハルト殿下とは月二回も会えるではないですか。私の場合、婚約者のニコラス殿下とお会い出来るのは三か月に一度あるかないか、て感じですのよ?」
(ラインハルトとはほぼ毎日会っているのに?)
と聞いてみたい衝動に駆られるのを辛うじて抑え込む。
「第三王子殿下は、聖騎士を目指してらっしゃるから毎日とてもお忙しいですものね」
と応じた。義妹のご機嫌を取るような素振りを見せて。三人共、まるで狐と狸の化かし合い合戦のようだ、と思った。酷く滑稽だ。
ついに、魔鉱石の間に到着した。どことなく不穏で禍々しいオーラを放つ場に感じられるように予めリュディガーが遠隔魔法でそう見えるように演出している。いつもは澄み切った夜空のように深い闇色に染まる魔鉱石だが、今は灰にくすんだ消し炭色彼の魔鉱石の群れと化している。説明によると、幻惑魔術を得意とする義妹には普通の幻惑魔術では気付かれてしまうという。見破られないようにするには、義妹以上の魔力と技術を持つ必要があるらしい。エルフリーデは幻惑魔術については専ら練習中だ。
「緊張しないで大丈夫だからさ、いつもみたいにやって見せてよ」
ラインハルトの取り繕ったかのような優し気な声を合図に、エルフリーデは一歩前に進み、両手を胸の前に組んで魔鉱石全体に祈りを捧げるようにして闇魔法を放った。彼女の全身を包み込むようにして黒い靄が発生、それは次第に黒い炎となって魔鉱石に向かって流れて行く。
さも、愛するラインハルトの幸せの為だけに一心不乱に念じるように見せて。実際は、無の境地だ。いつものように「この魔鉱石に込めた力が解き放たれた際は、それを浴びた人々が深い安らぎを感じ穏やかでいられるように」という祈りは込めないようにして。
(どうして義妹がついて来るのか聞いてみたくなるなぁ)
等、ともすると雑念が湧いて来るから、頭を空っぽにするのは魔法の修行にもなる。何かあればきっとリュディガーが何とかしてくれる。その信頼が、エルフリーデに『ループ前の自分を演じる』という余裕を与えた。
彼女は今、名目上の婚約者ラインハルトと共に例の魔鉱石異空間に向かっていた。彼によると、エルフリーデが闇魔法を魔鉱石に注ぎ込んでいる姿を見てみたくなったのだと言う。
今朝方の事だ、ラインハルトからのメールが届いた。リュディガー以外に殆ど届く事がないと断言出来る透明水晶玉を象った魔術受信機が、メール受信を知らせる青色の光が点滅した際は何事かと焦った。
『今日なんだけどさ、魔力を込めに「魔鉱石の間」に行く日だろう? 僕も一緒に行くよ』
てっきり、リュディガーからの緊急連絡かと身構えたが、思わぬ人物からのメールで驚きと同時に薄ら寒さを感じた。けれども、「リュディガー様のおっしゃる通りになりましたわ」と独り言ちた。つい昨日、
「どうやら頭の弱いピンク髪……名あれ? 前、何だっけか? まぁそのまんまピンク髪でいいや、そいつが野生の勘を働いたようだ。お前が『なんか以前と違うような気がする』てさ。義弟の方はのほほんとしているみたいだが。そんな訳で、近日中に屑カップルが探りを入れてきそうだ。例えば、人工魔鉱石に闇魔法を込めに行く際に同行を願い出るとか。だけど怖がる必要はないからな? 気づかれないように、前みたいにしおらしくしていれば大丈夫だから。奴らから誘われたりしたら出掛ける前に連絡しろよ? いや、すぐに連絡をよこせ! これは命令だ、いいな?」
と、リュディガーから連絡があったのだ。ラインハルトからのメールに対して返信を送る前に、リュディガーに連絡した。
「恐らく、ピンク髪も同行するとみて良いだろうな。大丈夫だ、ソレと悟られないように防御魔法をかけておいてやるし、万が一の時はすぐに助けてやるから」
と何とも心強い言葉を貰えて、自然に安心感とやる気が湧いた。彼が見守って貰えているという無条件の信頼が、自分でも不思議だった。恐らく、多くの人は保護者、或いは身近な大人たちにこうした愛情と承認、所属の欲求を経て愛し愛される事を学んで行くものなのだろう、とエルフリーデは思った。
そのような経緯を経て、ラインハルトの部屋の前で待ち合わせをして今現在に至る。
さて、一応は婚約者なのに部屋の前で落ち合う事、義妹が彼と仲睦まじい様子で寄り添っている事、義妹は当然のように『魔鉱石の間』までついて来る事、随分前から命じられてラインハルトの右隣から三歩下がって付き従うフォルティーネに、彼の左隣でエスコートを受けている義妹。あまりに馬鹿々々しくて色々と突っ込んで皮肉を言いたくなってしまうが、ここは忍耐の時だ。以前のフォルティーネなら、「ラインハルト殿下と一緒に歩かせて頂けるだけで身に余る程の幸せです」などと思っていたのだから、それらしく振舞わなければならない。
この状態を、陛下が何も言わないのは何故か? ループする中で確信した。寵姫との子供である第二王子を異常なほど溺愛しているからだ。その理由は、寵姫自身が第二王子を溺愛しているからだ。両陛下とも第三王子にはさほど関心がないようだった。人は、愛に溺れ過ぎると真に大切な事を見失いがちだ。
(監視の魔法で録画した映像を、陛下にお見せしたから近々反応がある筈って、リュディガー様がおっしゃってたわね…どう感じられたのか気になるところだけれど)
「どうした? 嬉しそうだな。そんなに僕と会えたのが嬉しいか?」
ラインハルトの取ってつけたような甘ったるさと傲慢さが滲み出る声色に、ゾクリと背筋が粟立った。その事が、彼には却って好意的に解釈してくれたようだ。出来るだけしおらしく、はにかんで俯き右手でフードを目深に被り直しながら応じる。
「はい、本来なら二週間先のお茶会まで殿下とお会い出来ないところをお会い出来たのです。とても嬉しくて」
「ハハハ、そうかそうか」
第二王子は満更でも無さそうに笑った。義妹は小馬鹿にしたようにフフフと笑った。
「あらあら、お義姉様ったらラインハルト殿下とは月二回も会えるではないですか。私の場合、婚約者のニコラス殿下とお会い出来るのは三か月に一度あるかないか、て感じですのよ?」
(ラインハルトとはほぼ毎日会っているのに?)
と聞いてみたい衝動に駆られるのを辛うじて抑え込む。
「第三王子殿下は、聖騎士を目指してらっしゃるから毎日とてもお忙しいですものね」
と応じた。義妹のご機嫌を取るような素振りを見せて。三人共、まるで狐と狸の化かし合い合戦のようだ、と思った。酷く滑稽だ。
ついに、魔鉱石の間に到着した。どことなく不穏で禍々しいオーラを放つ場に感じられるように予めリュディガーが遠隔魔法でそう見えるように演出している。いつもは澄み切った夜空のように深い闇色に染まる魔鉱石だが、今は灰にくすんだ消し炭色彼の魔鉱石の群れと化している。説明によると、幻惑魔術を得意とする義妹には普通の幻惑魔術では気付かれてしまうという。見破られないようにするには、義妹以上の魔力と技術を持つ必要があるらしい。エルフリーデは幻惑魔術については専ら練習中だ。
「緊張しないで大丈夫だからさ、いつもみたいにやって見せてよ」
ラインハルトの取り繕ったかのような優し気な声を合図に、エルフリーデは一歩前に進み、両手を胸の前に組んで魔鉱石全体に祈りを捧げるようにして闇魔法を放った。彼女の全身を包み込むようにして黒い靄が発生、それは次第に黒い炎となって魔鉱石に向かって流れて行く。
さも、愛するラインハルトの幸せの為だけに一心不乱に念じるように見せて。実際は、無の境地だ。いつものように「この魔鉱石に込めた力が解き放たれた際は、それを浴びた人々が深い安らぎを感じ穏やかでいられるように」という祈りは込めないようにして。
(どうして義妹がついて来るのか聞いてみたくなるなぁ)
等、ともすると雑念が湧いて来るから、頭を空っぽにするのは魔法の修行にもなる。何かあればきっとリュディガーが何とかしてくれる。その信頼が、エルフリーデに『ループ前の自分を演じる』という余裕を与えた。
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