八回目のワンスモア

大和撫子

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第七話

バタフライエフェクト

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 ……やっぱりこの感じが一番落ち着くなぁ。もう八回目となれば仕方ないか……

エルフリーデはフードを殊更目深に被り、密かに苦笑した。いつもの黒のフード付きローブの下には、あの『不思議の国のアリス』のヒロインが来ているような衣装を身に着けている。

 あれから変装魔術を施したリュディガーと、王宮騎士団の制服に身を包んだニコラス第三王子と共に町を周った。新鮮な果物を買って広場の泉で洗って丸かじりしたり。魔法石を使用した手作りアクセサリーのお店や、ジェラード専門店、揚げ物のお店など商店街を見てまわった。

 三人は、リュディガーとエルフリーデが男爵家同士の婚約者でニコラスが彼等の護衛騎士、という設定だ。変装魔術をかけていない第三王子が、男爵家の護衛騎士の役割なんてとんでもない! と焦るエルフリーデに、可笑しそうに笑うリュディガー。当のニコラスは、

 「あー、そんな事気にする必要ないよ。僕はパーティーとか殆ど欠席しているのは知ってるよね? 公務とか目立つ事は第二王子のラインハルト兄がやるしね。だから貴族間でも国民の間でも、僕の顔を知らない人が大半だから。それでも念の為、認識されないように『印象操作魔術』をかけているから大丈夫だよ」

 とあっけらかんと笑っていた。


 町を巡るのは文字通り生まれて初めての経験で、非常にワクワクした。

 ……うふふ、ワクワクするってこんな感覚なのね。胸が弾む感覚、スキップしたくなるような感じ……

 それに、お世辞だとは分かっているけれども、立ち寄る店ごとに

『これは偉く別嬪さんだ、これ、もう一つおまけにあげよう!』
『あらあら、これは綺麗な娘さんね。良かったらこれ、おまけにあげるわね』
『彼も気が気じゃないわね、これだけ美人さんが彼女ならねぇ』

そのように声をかけて貰えて、気持ちがほくほくしてした。自邸の入り口で足を止める。いつものように、使用人の出迎えはない。誰もエルフリーデを気に懸けない、これが日常だ。

 ……勘違いして自惚れたら駄目よ。リュディガー様とは、ニコラス殿下も目的が達成出来るまで。良くして頂けるのはなのだから……

 己に喝を入れ、邸内に足を踏み入れた。このまま義妹に遭遇せずに自室へ行きたいところだ。会えば必ず何かしら嫌味や皮肉、自慢話をして来るからうんざりする。

 ……義妹が、光の魔術を悪用して私が醜悪に見えるよう幻術魔法をかけていたなんて。どうしてそんな事する必要があるのかしら? そんな事しなくても、誰の目から見ても義妹の方が可愛らしいし魅力的なのに。ちょっとばかり頭は良くないけど、男の人ってちょっとだけ抜けていてお馬鹿な子の方が魅力的だって恋愛ハウツー本に書いてあったし……

 「男が全員そういう女を好むとは限らないさ。義妹がお前に幻術魔法を施している理由はな……それを自分で見つけるのもお前に必要な過程かもな」

 と言っていた。期限は三日間、その間に『こたえ』を見つけないといけない。俯き、フードを殊更目深に被って歩く。まるで空気のように静かに、気配を消して素早く階段を上る。エレベーターなるものは使用しない、義妹が義母、実父に鉢合わせになる可能性があるからだ。実母は離れで軟禁状態で過ごしているから、会う心配は殆どない。

 ……確かに、は人それぞれよね。リュディガー様もニコラス殿下も、義妹の事は「好みでないし魅力的に感じない」と仰っていたし……

 ニコラス第三王子は、義妹との婚約が嫌なのだそうだ。出来れば婚約解消したい上に、存在そのものを無視する義妹とオースティン第二王子実兄に一泡吹かせる事が出来るなら協力を惜しまない、との事だった。

 ……オースティン殿下と義妹に施した『闇の鏡の魔術』は無事に発動して、二人の言動はリュディガー様に筒抜けになっているのよね。二人を観察した結果を、陛下に報告する手筈。どうかすんなりと上手く行きますように……

 視線が左手首に移動する。ローブの袖ですっぽりと隠れているが、12mほどのグレームーンストーンの丸玉が使用されたブレスレットをしている。

 「お前の瞳の色に似ているから」

と、リュディガーが魔法石アクセサリーショップで購入してくれたのだ。自然と笑みが零れてしまう。誰かからプレゼントを貰ったのは生まれて初めてだった。しかも、万が一エルフリーデに危険が迫ればリュディガーに伝わるような仕様と防御魔法をセットで施して渡してくれた。一生の宝物にして大切にしようと思った。

 穏やかな水面に投げた小石が波紋を呼ぶように少しずつ、自分を取り巻く環境が変わりつつある事を噛みしめた。

 「あら、お義姉様。今お帰りになったの?」

背後から、出来れば聞きたくなかった声にびくりと体を震わせた。楽しかった余韻が、一気に萎えてしまった。長年の経験で感じる。これは、機嫌が宜しくない時の声だ。
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