八回目のワンスモア

大和撫子

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第三話

「契約結婚」①~リュディガーside~

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 「エルフリーデ様は陰気で醜い上に、せっかく『夜と闇と混沌を司る上級精霊』の加護を受けたのに無能の出来損ないなんですって」
「勿体ないなぁ。第二王子殿下もお気の毒に。そんなブスと結婚だなんて」
「醜いから、常に黒のフードを目深に被って過ごしてるらしいわ。第二王子殿下って、淡い金髪に透き通るような淡い水色の瞳に、甘いマスク。典型的なおとぎ話の王子様って感じ素敵よね」
「ラインハルト第二王子殿下とソレイユ様って想い合ってらっしゃるのでしょう?」
「そうらしいな。『真実の愛』で結ばれてるって噂だしお似合いな二人だよな。エルフリーデ様がラインハルト様に横恋慕して、アファナーシー公爵家の長女という立場を利用して強引に第二王子殿下の婚約者になったって噂だぜ?」
「酷い話だわ……。エルフリーデ様は悪女ね」

 エルフリーデ・レイラ・アファナーシーに関してのはこんな感じで耳に入って来た。実際に目にしたのは、第二王子に寄り添って王宮に出入りしているところを何度か……程度だった。通り、いつも黒のフードつきローブを羽織っていた。顔はフードを目深に被っているもんだからよく分からない。分かるのは中背で華奢である事、義弟ラインハルトに痛々しいくらい夢中なのに、肝心のラインハルトはエルフリーデの義妹……えーと、名前はなんだっけかな? まぁいいや、桃色の下品な髪色に人工的に作り込まれたような顔立ちの娘と不貞の仲である事、自由奔放な桃色頭に対して哀れなくらいに自信無さげなエルフリーデを見るに、恐らく家族からも冷遇されていそうだと推測される、くらいしか知らない。

 だがこの噂には一つ明らかにな嘘がある。ラインハルトと桃色髪娘が愛し合っているだ真実の愛だと言う話だが、前提がそもそもおかしい。国王自らがラインハルトの婚約者にエルフリーデを是非とも! 願ったのだ。その上、桃色髪娘には第三王子という婚約者がいるではないか! 浮気、不貞行為を『純愛』だことの『真実の愛』だ、と美しく装う為に本来なら被害者である筈のエルフリーデを悪女に仕立て上げて噂を流しているのだろう。誰が噂を流しているのか? 勿論、腹黒で狡猾な不貞カップルに決まっている。それにしても第三王子末の義弟の影の薄さよ……

 『噂』ほどものは無いと断言する。特に、いくらでも情報を操作出来る地位と権力を持つ者が絡んでいる場合は。これは、二十一年間生きて来た俺の自論だ。

 俺は国王である父親と正妻の間に生まれた。通常なら王位継承権第一位、第一王子な訳だ。けれども、父には公妾がいた。いわゆる寵姫というやつだ。そいつとの間に男子が生まれたのは俺が二歳の時だった。父は「正当な跡継ぎだ!」と手放しで喜んで。王位継承権第一位にしてしまった。因みにそれから三年後に再び寵姫との間に男子が出来る。とニコラス・シルヴィオと名付けられ王位継承権第二位となる。

 母親は予想していたようでただ呆れただけだった。それに、欲望渦巻く王宮に王位が絡めば常に暗殺やらハニートラップやらサバイバルが必須で、要の国王が正妻を蔑ろにしている現状、息子が王位を目指せば命は風前の灯火となる。出来れば王位は第二王子に譲り、息子には好きな事をして自由に生きて欲しいと願っていた。そんな奇特な母親の血を受け継いで、俺は魔術というものに異常な興味を示した。そして幸運な事にその能力に特化していた。何せ、精霊名は『神の裁き』という意味を持つ『アヒム』と命名されたくらいだ。俺は全ての精霊を束ねる『精霊王』の加護を受けているのだ。

 よって俺は母親と相談し、弟が精霊名を授かる時に王位継承権を手放す事にした。その代わり、魔術に一生を捧げる事で国に尽くす、と誓った。父親と母親、寵姫の関係を見て育ったせいか、恋愛や結婚について食指が動かなかった。色々面倒臭そうだ。

 五歳の時には、魔塔で魔術の勉強と実技の修行に入った。十九の誕生日を迎える頃、目標の一つだった『魔塔主』となった。

 これが真相なのだが、世間の噂はこうだ。

「リュディガー・アヒム第一王子は重度な引き籠りで継承権は剥奪されたらしい」
「王妃様は国王に見向きもされないから腹いせに魔術で第一王子を創ったらしい」

 はい、出鱈目もいいとこだ。不敬罪、侮辱罪で捕まるぞ? なんてな。ほら、噂なんてそんなもんだ。そりゃ勿論、中には本当の事もあるだろうけどな。けれども、事実だとしても大体が誇張されているものだ。

 そんな俺の元に、どうしても話がしたい、と切実な様子で接見を希望してきたのがエルフリーデだった。意外な事に、すぐに許可を出している自分に驚いた。無意識に、興味があったのだろう。ここだけの話だが。噂通りに醜いのか、顔を見てみたかったのもある。

 彼女は浮彫宝石レリーフに施された繊細な乙女のように儚げな美しさを持っていた。ブロンドがかった亜麻色の髪とグレームーンストーンみたいな瞳。決して派手ではないが、高貴で神秘的な感じが浮世離れした雰囲気を持っている。とりわけ印象的なのが光の角度によって、深いグレーにも、グリーンやブルーがかって見える瞳だった。誰もが一度見たら忘れないだろう。下品な桃色髪とは対極の美少女だ。

 恐らく、醜いから顔を隠せというのは、彼女義妹の指示ではないかと推測する。目立ちたがりの桃色髪だ、義姉が自分より美人だと評判になっては困る、そんなところか。

 そんな不憫なエルフリーデが、

「私と結婚して下さいませんか?」

 などと逆プロポーズをして来るのだから青天の霹靂ではないか。理由を聞けば、もう七回も冤罪にとる断罪、処刑または追放の先に殺害をループしているという。

「もう濡れ衣で断罪、殺されるのは嫌なのです。生きたい! どうか助けてください」

 美少女に、大きな目に涙を浮かべて切実に懇願されたら男としたら悪い気はしないよな?! 魔術で探ってみても、彼女に嘘は無いみたいだし。俄かにループを信じるのは厳しいものがあるけれど。まぁ、どうしても憎まれ口を叩いちまうんだけども。

 どうして俺との結婚が助かる事になるのか問えば……

「七回の断罪の際、その全てに第一王子殿下が『くだらないな、酷い茶番だ』と唯一私を庇って下さったんです。誰も耳を貸さなくても、私はそれが本当に嬉しかったし、その瞬間どれほど救われた事か……」

 へぇ? 興味の無い事には悉く無関心のこの俺が?

「第二王子殿下と義妹に体よく唆されて。水晶鉱山に私の闇の魔力を注ぎ込んでしまっていて。私が断罪されると同時にその魔力が発動される仕組みになっているのです。それが発動すると、第二王子殿下と義妹にとってしてしまうという呪いが完遂されてしまうのです……」

 なるほど、つまり俺は文字通り塵芥となって消えちまう……冗談じゃねーわ! にしてやろうじぇねーかよ。我が国最強を誇る魔塔主様を舐めるなよ!!! 

 よし、その逆プロポーズ、受けて立とう! 俺はわざと勿体つけて重々しく、たっぷりと間を取って言うんだ。

「委細承知した。お前の提案、受けよう」

 あぁ……ただでさえ大きな目が零れ落ちまうぜ。何て可愛いんだ! なーんて言う訳ねーだろ。

「え? あ、あの……それって……」

 わざとぶっきらぼうに言うのさ。だって照れくさいだろ?

「だから、結婚してやるよ。だ!」

契約じゃなくて良いんだが……まぁ、それは目の前の問題を解決してからだな。

「俺に作戦がある」

出来るだけ厳かな雰囲気で切り出した。
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