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第四話
逆襲、そして空を見上げた
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それから時は巡り、時代は昭和から平成に入る。
セイタカアワダチソウは最早野原や土手、空き地を埋め尽くす勢いで栄華を極めていた。だが、ここに来て少しずつその勢力に衰えの影が見え始める。
「……彼らは、周りの動植物を退ける毒をまき散らして繁栄し隆盛を誇りますが、どうやら大地の栄養分が空になって、自滅していく特徴を持つようです。この現象をアレロパシーと呼ぶそうです」
尾花は茅に説明をしていた。他に露見草大尉、振袖草注意、乱草少尉が控えている。
「なるほど、やがて自らの毒で滅亡していく……と言う事か。皮肉な宿命だな。自業自得、と言えなくもない」
茅はほくそ笑んだ。それは皆同じ思いだった、この日をどれほど待ち望んで来た事だろう?
「ええ、その通りです」
尾花の肯定の意を聞くなり、茅は冷たい笑みを浮かべた。
「露見草大尉、全芒、及び全ての草花に伝えよ! 今こそ、積年の雪辱を晴らすべき時が来たと!」
「はっ!」
「振袖草中尉と乱草少尉は、我ら全芒に長年蓄えてきた、他の植物よりも効率よく光合成が出来る力を存分に発揮せよと。我らは、彼らが枯渇させた大地に滋養と力を与え、毒を消化分解出来る力を活かす時が来たのだ! 我らが勢いを取り戻す事によって、大地は再び正常に四季折々の和の植物も復活を遂げるであろう。秋の七草を、本来の姿に!」
「「御意」」
にわかに活気づく芒たち。間もなく眠っていた他の植物たちも目覚め始める。
それから三年の月日が過ぎた。春には蓮華草やシロツメクサが大地で微笑み、夏には百合やノウセンカズラが背を伸ばうようになっていた。秋にはすっかり背の高い銀色の穂が、さらさらと秋風になびき、土手や原っぱが広がっている。萩や女郎花も、そよそよと風に揺れ気持ち良さそうだ。
「どうした? もう降参か?」
茅は面白そうに、目の前で跪くセイタカアワダチソウの女王を見下ろす。彼女の両脇には露見草大尉と振袖草中尉が刀を構えている。彼女はもうこれ以上は滅亡するしかない、と判断し、命乞いに単独で茅の元に乗り込んだのだった。
茅は彼女の前に膝をつくと、右手で女王の顎をクイッと持ち上げた。
「……私のモノに、なるか?」
(このまま、力づくでこの女を私のモノに出来たら……)
甘く囁く。それは半分は本心であった。
(このまま、この男の胸に飛び込めたら……)
彼女もまた、激しく葛藤していた。だが、種族を超えた交わりは地上の生態系を狂わせてしまう。それは自然の摂理に逆らう事であった。すなわち、地上の生きとし生ける者の生態系と歴史を狂わせてしまう。それは暗黙の了解で自然界では禁忌とされていた。女王はフッと寂し気に笑った。
「まさか、愚かな人間が散々繰り返して来た事ではないか」
それを受けて、茅もまた寂し気に微笑む。そして
「そうだな、そのような愚かな真似をして、全滅などあり得ない……」
と応じた。女王は溜息をつくと、キッと彼を見据えた。
「降参する。どうか全滅だけは許して欲しい」
そして深々と頭を下げた。
「茅将軍、こやつの言う事など!」
寡黙な振袖草が初めて激しい憤りを見せた。その美しい顔立ちは、どこか野生の牡鹿を思わせる。
「驕れる者は久しからず、だ。それは私達とて同じこと。仮にこやつらを滅ぼしても、また新たな外来種がやってきて争い事に発展したりしないとも限らぬ」
諭すように語る茅。皆、固唾を飲んで彼の結論を待つ。
「和解を受け入れよう! 共存共栄の道を!」
声高らかに言い放ち、女王に右手を差し伸べた。
「秋晴れだな」
まるで鈴虫のように高く澄んだ声で、我にかえる。
「ゴールデンロッドか?」
振り返ると、彼女がいた。深い翠の瞳に、澄み渡る空が映る。追憶の波間にたゆたううちに、どうやら雨は止んだようだ。
「どうした? 夢から覚めたような顔をして」
再び彼を見つめる女王は、眩しそうに目を細めた。その瞳に、燃えるような闘争心の燻りは見えない。穏やかに凪いだ瞳。森林浴を思わせる瞳に、思わず茅は見とれる。
また、女王も彼に見とれていた。彼の髪は、フサフサさらさらし過ぎて、どうやら雨を弾くようだ。雨だれが、水晶玉の雫のように、髪を彩っている。さながら朝露で出来たシャンデリアを思わせた。陽の光が反射してキラキラと耀き、後光が差すかのように神秘的に見えたのだ。しばらくみつめ合う彼ら。
「そういえば、風の便りに聞いたが……セイタカアワダチソウも最近では人間に随分見直されて、体に良いとかで茶花にするらしいな。また、花だけでなく茎ごと干したものを煮出して入浴剤にすると、混ぜ合わせれば泡立って良い香りがするのだそうだな」
茅は空気を変えるように話し出す。
「私は蝶から聞いたぞ。北の方の米国では、お前達芒が猛威を振るっているとか」
彼女はニヤリと笑った。
「我が弟が率いる群団だな。まさに、歴史は繰り返す……か」
微笑み合う彼ら。そして同時に空を見上げた。
広がる澄み切った蒼穹。藤袴が優しく香り、萩や女郎花、撫子や葛の花たちも秋を謳歌している。銀の穂が風に靡き銀色の海原が広がる。調和するように、セイタカアワダチソウの鮮やかな黄色が彩りを添える。さながら協奏曲のように……。
【完】
セイタカアワダチソウは最早野原や土手、空き地を埋め尽くす勢いで栄華を極めていた。だが、ここに来て少しずつその勢力に衰えの影が見え始める。
「……彼らは、周りの動植物を退ける毒をまき散らして繁栄し隆盛を誇りますが、どうやら大地の栄養分が空になって、自滅していく特徴を持つようです。この現象をアレロパシーと呼ぶそうです」
尾花は茅に説明をしていた。他に露見草大尉、振袖草注意、乱草少尉が控えている。
「なるほど、やがて自らの毒で滅亡していく……と言う事か。皮肉な宿命だな。自業自得、と言えなくもない」
茅はほくそ笑んだ。それは皆同じ思いだった、この日をどれほど待ち望んで来た事だろう?
「ええ、その通りです」
尾花の肯定の意を聞くなり、茅は冷たい笑みを浮かべた。
「露見草大尉、全芒、及び全ての草花に伝えよ! 今こそ、積年の雪辱を晴らすべき時が来たと!」
「はっ!」
「振袖草中尉と乱草少尉は、我ら全芒に長年蓄えてきた、他の植物よりも効率よく光合成が出来る力を存分に発揮せよと。我らは、彼らが枯渇させた大地に滋養と力を与え、毒を消化分解出来る力を活かす時が来たのだ! 我らが勢いを取り戻す事によって、大地は再び正常に四季折々の和の植物も復活を遂げるであろう。秋の七草を、本来の姿に!」
「「御意」」
にわかに活気づく芒たち。間もなく眠っていた他の植物たちも目覚め始める。
それから三年の月日が過ぎた。春には蓮華草やシロツメクサが大地で微笑み、夏には百合やノウセンカズラが背を伸ばうようになっていた。秋にはすっかり背の高い銀色の穂が、さらさらと秋風になびき、土手や原っぱが広がっている。萩や女郎花も、そよそよと風に揺れ気持ち良さそうだ。
「どうした? もう降参か?」
茅は面白そうに、目の前で跪くセイタカアワダチソウの女王を見下ろす。彼女の両脇には露見草大尉と振袖草中尉が刀を構えている。彼女はもうこれ以上は滅亡するしかない、と判断し、命乞いに単独で茅の元に乗り込んだのだった。
茅は彼女の前に膝をつくと、右手で女王の顎をクイッと持ち上げた。
「……私のモノに、なるか?」
(このまま、力づくでこの女を私のモノに出来たら……)
甘く囁く。それは半分は本心であった。
(このまま、この男の胸に飛び込めたら……)
彼女もまた、激しく葛藤していた。だが、種族を超えた交わりは地上の生態系を狂わせてしまう。それは自然の摂理に逆らう事であった。すなわち、地上の生きとし生ける者の生態系と歴史を狂わせてしまう。それは暗黙の了解で自然界では禁忌とされていた。女王はフッと寂し気に笑った。
「まさか、愚かな人間が散々繰り返して来た事ではないか」
それを受けて、茅もまた寂し気に微笑む。そして
「そうだな、そのような愚かな真似をして、全滅などあり得ない……」
と応じた。女王は溜息をつくと、キッと彼を見据えた。
「降参する。どうか全滅だけは許して欲しい」
そして深々と頭を下げた。
「茅将軍、こやつの言う事など!」
寡黙な振袖草が初めて激しい憤りを見せた。その美しい顔立ちは、どこか野生の牡鹿を思わせる。
「驕れる者は久しからず、だ。それは私達とて同じこと。仮にこやつらを滅ぼしても、また新たな外来種がやってきて争い事に発展したりしないとも限らぬ」
諭すように語る茅。皆、固唾を飲んで彼の結論を待つ。
「和解を受け入れよう! 共存共栄の道を!」
声高らかに言い放ち、女王に右手を差し伸べた。
「秋晴れだな」
まるで鈴虫のように高く澄んだ声で、我にかえる。
「ゴールデンロッドか?」
振り返ると、彼女がいた。深い翠の瞳に、澄み渡る空が映る。追憶の波間にたゆたううちに、どうやら雨は止んだようだ。
「どうした? 夢から覚めたような顔をして」
再び彼を見つめる女王は、眩しそうに目を細めた。その瞳に、燃えるような闘争心の燻りは見えない。穏やかに凪いだ瞳。森林浴を思わせる瞳に、思わず茅は見とれる。
また、女王も彼に見とれていた。彼の髪は、フサフサさらさらし過ぎて、どうやら雨を弾くようだ。雨だれが、水晶玉の雫のように、髪を彩っている。さながら朝露で出来たシャンデリアを思わせた。陽の光が反射してキラキラと耀き、後光が差すかのように神秘的に見えたのだ。しばらくみつめ合う彼ら。
「そういえば、風の便りに聞いたが……セイタカアワダチソウも最近では人間に随分見直されて、体に良いとかで茶花にするらしいな。また、花だけでなく茎ごと干したものを煮出して入浴剤にすると、混ぜ合わせれば泡立って良い香りがするのだそうだな」
茅は空気を変えるように話し出す。
「私は蝶から聞いたぞ。北の方の米国では、お前達芒が猛威を振るっているとか」
彼女はニヤリと笑った。
「我が弟が率いる群団だな。まさに、歴史は繰り返す……か」
微笑み合う彼ら。そして同時に空を見上げた。
広がる澄み切った蒼穹。藤袴が優しく香り、萩や女郎花、撫子や葛の花たちも秋を謳歌している。銀の穂が風に靡き銀色の海原が広がる。調和するように、セイタカアワダチソウの鮮やかな黄色が彩りを添える。さながら協奏曲のように……。
【完】
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