1 / 4
第一話
眺めの空
しおりを挟む
その者は深い溜息をつくと、空を見上げた。鉛色の空から冷たい雨が降り注ぐ。それはその者のフサフサと豊かな銀色の髪に、まるで水晶玉のネックレスのように雫玉を作る。髪は腰のあたりまで伸ばされており、見事なストレートだ。面長の輪郭に高く上品な鼻。引き締まった怜悧さを示す唇。キリリとした銀色の眉。長い銀色の帳に囲まれた瞳は切れ長で、月光を思わせる銀色だ。冷たい程に澄み切っているが、どことなく憂いを帯びて艶めいている。純白の狩衣に白銀色の袴姿、真珠色の肌が柔らかく映える。細身で背丈は驚くほど高い。
「眺めの空とはよく言ったものだ。物想い耽って空を見上げた、とな」
呟いたその声は、凜としてよく通るがどことなく哀し気だ。その者はしばし過去へと、その想いの翼を広げた。
一面に広がる白金の房。通常ならサワサワと奥床しい音を立て、優雅に秋風にたゆたう風流な光景が広がる。だが、今はあいにく雨に打たれ、ふさふさの穂は一枚の布ピタリと合わさり、皆一斉に俯いている。その者が立つ場所は、周囲は杉や檜等の木々に囲まれ、見事に広がる広大な芒野原であった。その者は何かの気配を感じたのだろう。体の向きは変えずに、心持ち首だけ右横に向き、背後を見やる。耳を澄ますと、シトシトと降る雨音に混じり、ヒタヒタと何かが近づく音がする。
「失礼致します。茅将軍!」
どうやら空を見上げ、雨の中佇んでいた男は茅と言う名を持つ将軍だったようだ。その者は跪き、頭を下げる。茅葺色の直垂に身を包み、白金色の長い髪を後ろの高い位置で一つにまとめている。一見、線は細いが鍛え上げられた筋肉が無駄な肉をそぎ落としている。見かけに寄らず、低めのしっかりとした声の持ち主だ。
「露見草大尉か?」
名を呼ばれた男はその涼やかな黄金色の眼差しで、大将を見上げた。
「申し上げます! 東側は既に占領されてしまった模様。こちらにあの黄色の大群が押し寄せて来るのも時間の問題かと思われます!」
「……そうか」
厳かに切り出す露見草に、大将はため息混じりに答える。
「セイタカアワダチソウ、別名『背高秋の麒麟草』……黄色の大群。今は、最早打つ手無し……か」
「はい、夏の麒麟草が嘆いております。『私たちが大和の国の古来の花ですのに』と」
「……だろうな。『気を落とすな。我が国全ての草花は、そなたと同意見だ。今は共に耐え忍ぼうぞ』と伝えよ」
「はいっ!」
茅はしばし、何かを考え込む。露見草は静かに、将軍の指示を待った。ほどなくして茅はキッと大尉を見つめる。
「全ての芒に告げよ! 『今はひたすら耐え忍ぶ時期。我が大和の国、秋の代表の一員としての誇りにかけ、今こそ大地に根付き底力を見せつけるのだ! かなりの時を要するが、地の利は我らにある。風媒花である我らの生命力を侮った、虫媒花の黄色の大群に思い知らせてやるのだ!』と」
「承知致しました!」
「それと、乱草隊長にはくれぐれも早まるな、今は耐えろ! と伝えろ」
「御意!」
「更に、薬師の尾花には奴らの生態の研究を急げと伝えよ」
「畏まりました!」
露見草は一礼すると、速やかにその場を去った。その後ろ姿を、寂し気な眼差しで見送る茅将軍。そう。彼は全芒を統べる者。
彼らは芒の精霊たちなのであった。
「眺めの空とはよく言ったものだ。物想い耽って空を見上げた、とな」
呟いたその声は、凜としてよく通るがどことなく哀し気だ。その者はしばし過去へと、その想いの翼を広げた。
一面に広がる白金の房。通常ならサワサワと奥床しい音を立て、優雅に秋風にたゆたう風流な光景が広がる。だが、今はあいにく雨に打たれ、ふさふさの穂は一枚の布ピタリと合わさり、皆一斉に俯いている。その者が立つ場所は、周囲は杉や檜等の木々に囲まれ、見事に広がる広大な芒野原であった。その者は何かの気配を感じたのだろう。体の向きは変えずに、心持ち首だけ右横に向き、背後を見やる。耳を澄ますと、シトシトと降る雨音に混じり、ヒタヒタと何かが近づく音がする。
「失礼致します。茅将軍!」
どうやら空を見上げ、雨の中佇んでいた男は茅と言う名を持つ将軍だったようだ。その者は跪き、頭を下げる。茅葺色の直垂に身を包み、白金色の長い髪を後ろの高い位置で一つにまとめている。一見、線は細いが鍛え上げられた筋肉が無駄な肉をそぎ落としている。見かけに寄らず、低めのしっかりとした声の持ち主だ。
「露見草大尉か?」
名を呼ばれた男はその涼やかな黄金色の眼差しで、大将を見上げた。
「申し上げます! 東側は既に占領されてしまった模様。こちらにあの黄色の大群が押し寄せて来るのも時間の問題かと思われます!」
「……そうか」
厳かに切り出す露見草に、大将はため息混じりに答える。
「セイタカアワダチソウ、別名『背高秋の麒麟草』……黄色の大群。今は、最早打つ手無し……か」
「はい、夏の麒麟草が嘆いております。『私たちが大和の国の古来の花ですのに』と」
「……だろうな。『気を落とすな。我が国全ての草花は、そなたと同意見だ。今は共に耐え忍ぼうぞ』と伝えよ」
「はいっ!」
茅はしばし、何かを考え込む。露見草は静かに、将軍の指示を待った。ほどなくして茅はキッと大尉を見つめる。
「全ての芒に告げよ! 『今はひたすら耐え忍ぶ時期。我が大和の国、秋の代表の一員としての誇りにかけ、今こそ大地に根付き底力を見せつけるのだ! かなりの時を要するが、地の利は我らにある。風媒花である我らの生命力を侮った、虫媒花の黄色の大群に思い知らせてやるのだ!』と」
「承知致しました!」
「それと、乱草隊長にはくれぐれも早まるな、今は耐えろ! と伝えろ」
「御意!」
「更に、薬師の尾花には奴らの生態の研究を急げと伝えよ」
「畏まりました!」
露見草は一礼すると、速やかにその場を去った。その後ろ姿を、寂し気な眼差しで見送る茅将軍。そう。彼は全芒を統べる者。
彼らは芒の精霊たちなのであった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
Staring at the light and darkness ~光と闇を見つめて~
大和撫子
BL
かつて神々の寵愛を一心に受けた熾天使であった魔王ルシフェル。 ルシフェル……暁、宵の明星、光をもたらすもの、の意味を持つ美しき者。神々の寵愛を一心に受け、天使の中でも最高の地位にいた男。
そんな彼に激しい対抗心を向けるミカエル。かつては兄弟子として慕っていたのだが……。
正義とは? 正しさとは何かを問いかける哲学的神話をお送りいたします。プラトニックラブBL☆
※この物語がフィクションであり、バイブルや神話など全て架空のものです※
ephemeral house -エフェメラルハウス-
れあちあ
恋愛
あの夏、私はあなたに出会って時はそのまま止まったまま。
あの夏、あなたに会えたおかげで平凡な人生が変わり始めた。
あの夏、君に会えたおかげでおれは本当の優しさを学んだ。
次の夏も、おれみんなで花火やりたいな。
人にはみんな知られたくない過去がある
それを癒してくれるのは
1番知られたくないはずの存在なのかもしれない

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13

追放された運送屋、僕の【機械使役】は百年先の技術レベルでした ~馬車?汽船? こちら「潜水艦」です ドラゴンとか敵じゃない装甲カチカチだし~
なっくる
ファンタジー
☆気に入っていただけましたら、ファンタジー小説大賞の投票よろしくお願いします!☆
「申し訳ないが、ウチに必要な機械を使役できない君はクビだ」
”上の世界”から不思議な”機械”が落ちてくる世界……機械を魔法的に使役するスキル持ちは重宝されているのだが……なぜかフェドのスキルは”電話”など、そのままでは使えないものにばかり反応するのだ。
あえなくギルドをクビになったフェドの前に、上の世界から潜水艦と飛行機が落ちてくる……使役用の魔法を使ったところ、現れたのはふたりの美少女だった!
彼女たちの助力も得て、この世界の技術レベルのはるか先を行く機械を使役できるようになったフェド。
持ち前の魔力と明るさで、潜水艦と飛行機を使った世界最強最速の運び屋……トランスポーターへと上り詰めてゆく。
これは、世界最先端のスキルを持つ主人公が、潜水艦と飛行機を操る美少女達と世界を変えていく物語。
※他サイトでも連載予定です。
森の導の植物少女
文壱文(ふーみん)
ファンタジー
*アルラウネの少女が森の中に来た人をアドバイスして導くお話*
樹海の最奥には──“華の精”と呼ばれる「魔王」。
その裏ではこっそりと、人の動向を観察するちょっぴり変わり者の「魔王」である。
「不殺の魔王」エフェドラ=シニカ。それが彼女の名前だ。
シーナやマグ、ノリアと人の輪が広まっていき、遂に薬屋を開くことになる。不治の病とされていた伝染病やらなにやら、大樹海から取れた植物(薬)で救っていく。
対価は相手の生き血、その数滴を頂く。
ある時、噂は変化を遂げる。
パープレア大樹海にある小さな小屋。そこには願いを叶える女性がいるらしい。対価として生き血を要求されるらしいが、必ず救われるそうだ。
その瞬間を眺める時、女性の顔は魔王の形相なのだそう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる