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第二十話

近付く婚約式は死へのカウントダウン②

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 「……そう、やっぱりね」
「はい。ヘレナ嬢には周囲の人々、特に近しい人に対して精神に影響を及ぼす『魅惑』系の魔力があるのだと思われます」

  アリアの問いに、跪いたロイドは淡々と応じている。例によってアリアのガラス庭園での会話だ。以前、ロイドに頼んだ事についてその報告を受けていた。

「……やっぱりそれは、例えば、そうね……傾国の美女というような感じで係わる人を狂わせてしまうような感じかしら?」
「美しさの基準は十人十色ですし、私個人はそこまででは無いのではないかと思いますが。ですがまぁ、系統的にはそれに近いのではないでしょうか? ディランの様子や……いや、その……ヘレナ様に騎士譲渡の儀式の際のアルコイリス公爵やアラン、マックスの様子から考えてみてもそんな感じかと。それと、彼女を崇拝する人々にも似たような傾向がありますね」

 慎重に言葉を選んで話すロイドを、どこまでも任務に忠実な男だとアリアは感じた。十分、信頼に値する。

「つまり、相手の精神面に作用するようなの類が彼女にはある、と仮説が立てられるって事よね。トロイア戦争の原因になったヘレネとか、クレオパトラとか楊貴妃とか、やっぱり『傾国』的な要素に近いわね」
 ……この世界でも、名作の基準はあちらの世界と同じだからそういう点では楽だわ。あら? もしかしたらヘレナの命名は、トロイア戦争のヘレネからつけたのかしら作者は……。確か、作者はソイッターで呟いていたのを思い出したわ。キャラの名付けは神話とか古典文学を参考にする事が多いとか……

 話をする相手には、いつも真っすぐに見つめる彼にしては珍しく視線をさ迷わせる。言おうか言うまいか逡巡している様子だ。
 (アリア殿下はヘレナ嬢とクライノート公爵の事を既にご存知のようだ。クラウス殿下が使用人たちにそれらの噂に関して箝口令を出しているから、噂が耳に入るとは思えない。何だか悟ってらっしゃるようにお見受けする……とは言っても、レグルス団長に命じられた件の事はお話する訳にはいかないが)

 「いいのよ、気にしないで。最初から解っている事だから。ヘレナ嬢と公爵の件でしょう? 二人が恋仲にある、て話ね。だから調べたままを報告して」

アリアはロイドが切り出し易いように、先に言ってしまう事にした。その一言で、彼は殆どを察してくれるだろうから。一瞬、彼は瞠目した後、全てを理解したように頷いた。

 ……この事をロイドに伝えても、原作強制力が働かないって事は。原作の流れは変わらない、という事なのね……

と、暗澹たる思いを抱えながら。ロイドの語りに耳を傾ける。

 「承知致しました。……恐れながら、ヘレナ嬢は意識不明の状態のようです。原因は、奉仕活動として頻繁に行っていた結界や人々への浄化と癒しの活動からの蓄積疲労と、無意識の内に依頼者の邪気を取り込んでしまった事による魔力切れかと推測されます。公爵閣下はヘレナ様を救おうと、医療、魔術。呪術、メンタル面全て含め昼夜を問わず東奔西走していたようです」

 (あぁ、時期が違うだけで原作通りだわ……)
「……そう、やっぱりね。公爵が東奔西走と、過去形なのはヘレナ嬢を救う方法が見つかった、
という訳ね?」

 ロイドは深く頷いた。

 ……公爵に無償の愛を捧げるアリアの心臓を貫いてその血をヘレナに注げば彼女が回復する……公爵クズは婚約式で私をるつもりなのね……

「その方法とやらは?」
「申し訳ございません、そこまでは未だ……」

 ロイドは顔を曇らせた。

「そう、いいわ。ロイド、帝国騎士法第88条『特例』の部分は当然覚えているわよね?」

 原作に逆らえず流されていく事に恐怖を覚えながらも、最後の最後まで抗う事を決意した。

「勿論でございます。

 帝国騎士法第88条『特例』
一、忠誠を誓った主に命の危機が迫った際は、主に仇なす者が序列の上であろうと、例え皇帝や神であろうとも盾となり必要に応じて攻撃しても罪に問われない。怪我をさせてしまっても、結果死亡したとしても無罪放免。

 でございますね」

 スラスラと諳んじるロイドに、アリアは微笑んだ。

「そう、その通り。ねぇ、ロイド。婚約式の際、私から片時も目を離さないでね。私を守って、お願い!」
「勿論でございます。全力でお守りします!」

 切実に乞うアリアに、ロイドは敢えて何も聞かず真っすぐに主を見つめて力強く頷いた。

 ……この物語はヘレナとジークのロマンスファンタジーだから、それ以外の登場人物や設定に関しては曖昧で謎の部分が多い。そこを突けば、もしかしたら生存ルートに繋がるかもしれない……

 アリアは最後の最後まで抗い続ける決意を固めた。
 
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