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第十九話
原作通り、ヒロインとヒーローは順調に愛を深め合っているらしい
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アリアは身を守るように前かがみになり、両手の平を胸の前で重ね握りしめている。
……「針の筵」ってこういう体感を指すのかしら……
などと思いながら、氷のように冷やかな視線を一心に受けていた。
「道理でおかしいと思ったんだ。あのクライノート公爵がお前なんぞに懸想するなんて。で? どうするつもりだ?」
兄であるクラウスの非情な声が無機質に響いた。いつも研磨された宝石のように輝いている金色の双眸は、見る者を硬直させるほど冷酷な光を宿しアリアを見据えている。彼が右手を軽くあげると、手のひらにキラキラと白い光が集まり出した。その煌めきは直径10cmほどの透明水晶玉に形を変えた。そう、皇族のみ特殊事項発生時に使用可能な『監視魔術映像受信機』だ。
その水晶内部に、ポンパドールピンクと純銀色が交じり合うように揺らめいている。遠目からでもアリアはすぐに悟った。原作ヒーローと原作ヒロインが熱い抱擁を交わし合っている姿が映し出されているのだ。
……やっぱりね。そうでしょうね。原作通りなら、既にキス以上の関係になっている筈よ……
アリアの脳内に、原作の文が駆け巡る。
ーーーーーー
……ジークフリートの深い青の双眸に、鮮やかなルビーレッドが映し出される。ヘレナの紅き瞳には、矢車菊のような青の宝石が二つ、輝いて映る。互いが互いの姿しか見えない。まさにエデンの園に咲き乱れる花々の中、彼らは二人だけしか存在しないような錯覚を覚えた。その瞬間、男には第三皇女という婚約者が居る事が霧散した。女はそれが許されぬ恋なのだという事実が消滅した、跡形も無く。ただそこにあるのは、狂おしい程の恋情。当たり前のように重なり合う唇。宿命の出会いを果たしてしまった二人が惹かれ合う事は必須、彼らをどうして責める事が出来よう?
ーーーーーー
……何回りくどい表現で「浮気」と「略奪」を誤魔化してるんだよ? ひねくり回した表現で不貞行為を正当化してるだけじゃねーか……
そう感じて苛立ちを覚えたものだ。だからそれを知らされても「あー、やっぱりね」としか思わなかった。少なくともアリア自身は。けれども絶望と虚無、そしてヒロインへの激しい劣等感が己の意思とは無関係に膨れ上がって行く。泣きたくもないのに、目の前に透明の膜がはられていく。瞬きをすればそれは簡単に両頬を伝って流れ落ちてしまいそうだ。
……原作通り、二人が順調に愛を育んでいるのだとしたら、私の死が近づいているという事。どうにかしてジークフリートと『婚約破棄』に持ち込まないと!!!……
胸の内ではそう画策するも、表情は悲し気に歪み兄の問い掛けに涙を見せる。
「ど、どうするつもりかとおっしゃられても、わ、私には……ジーク様、どうして……」
と原作通りにジークフリートの不貞を兄によって今初めて知り、ただただ混乱して嘆いている。原作矯正力が自動的に働いてくれるのだから、この場合は僥倖と言えるだろう。
クラウスは「フン」と鼻で笑うと、右手に持つ『監視魔術映像受信機』を天に掲げた。アリアの目前に、等身大のジークとヘレナが熱いキスを交わす姿が浮かび上がる。ご丁寧に3Dのように映像化してくれたようだ。二人の唇の粘膜が触れ合い、卑猥な音まで聞こえてくる。吐き気を催すほどに不快で、二度とジークフリートに会いたくないとさえ感じる。
「つい最近、癒しと浄化、治癒の力が覚醒し『聖女の再来』と噂されるヘレナという女と、クライノート公爵が『恋人同士』だという噂を耳にしたもんだから、奴らの周辺を探ってみたら……。全くもって情けない! もう浮気されるなど。この機会を逃したらお前を娶ろうという奇特な男など現れる筈なかろう! どうにかして繋ぎ留めろ! ヘレナを愛妾として迎えるくらいの度量を示せ!」
クラウスは叱責する。冷え切った眼差しに魔物のような獰猛さを感じて背筋が寒くなる。
……いやいや、悪いのは噂になるくらい堂々と浮気するジークとヘレナでしょうよ! この世界の倫理観おかしいってば!……
内心では怒り心頭でそう反論するも、実際の言動はシクシクと泣きながら「ジーク様……」と呟き呆然と映像を見つめている。そのギャップに気が触れてしまいそうだ。
「この役立たずが! この件は妹たちにも父上、母上には言わないでおいてやる。早急に婚約式を執り行うよう、クライノート公爵に要求してやる。可愛い妹の為にこの兄が一肌脱いでやろう、有難く思えよ?!」
恩着せがましく言いながら薄笑いを浮かべる兄。
……婚約式を強引に早めるのは辞めてーーーーーっ!!!……
アリアは心の奥で叫ぶも、「有難うございます、お兄様」と嬉しそうに弱々しく微笑んで応じる。
婚約式、それは原作でアリアがジークフリートに殺される舞台でもあったのだ。
……「針の筵」ってこういう体感を指すのかしら……
などと思いながら、氷のように冷やかな視線を一心に受けていた。
「道理でおかしいと思ったんだ。あのクライノート公爵がお前なんぞに懸想するなんて。で? どうするつもりだ?」
兄であるクラウスの非情な声が無機質に響いた。いつも研磨された宝石のように輝いている金色の双眸は、見る者を硬直させるほど冷酷な光を宿しアリアを見据えている。彼が右手を軽くあげると、手のひらにキラキラと白い光が集まり出した。その煌めきは直径10cmほどの透明水晶玉に形を変えた。そう、皇族のみ特殊事項発生時に使用可能な『監視魔術映像受信機』だ。
その水晶内部に、ポンパドールピンクと純銀色が交じり合うように揺らめいている。遠目からでもアリアはすぐに悟った。原作ヒーローと原作ヒロインが熱い抱擁を交わし合っている姿が映し出されているのだ。
……やっぱりね。そうでしょうね。原作通りなら、既にキス以上の関係になっている筈よ……
アリアの脳内に、原作の文が駆け巡る。
ーーーーーー
……ジークフリートの深い青の双眸に、鮮やかなルビーレッドが映し出される。ヘレナの紅き瞳には、矢車菊のような青の宝石が二つ、輝いて映る。互いが互いの姿しか見えない。まさにエデンの園に咲き乱れる花々の中、彼らは二人だけしか存在しないような錯覚を覚えた。その瞬間、男には第三皇女という婚約者が居る事が霧散した。女はそれが許されぬ恋なのだという事実が消滅した、跡形も無く。ただそこにあるのは、狂おしい程の恋情。当たり前のように重なり合う唇。宿命の出会いを果たしてしまった二人が惹かれ合う事は必須、彼らをどうして責める事が出来よう?
ーーーーーー
……何回りくどい表現で「浮気」と「略奪」を誤魔化してるんだよ? ひねくり回した表現で不貞行為を正当化してるだけじゃねーか……
そう感じて苛立ちを覚えたものだ。だからそれを知らされても「あー、やっぱりね」としか思わなかった。少なくともアリア自身は。けれども絶望と虚無、そしてヒロインへの激しい劣等感が己の意思とは無関係に膨れ上がって行く。泣きたくもないのに、目の前に透明の膜がはられていく。瞬きをすればそれは簡単に両頬を伝って流れ落ちてしまいそうだ。
……原作通り、二人が順調に愛を育んでいるのだとしたら、私の死が近づいているという事。どうにかしてジークフリートと『婚約破棄』に持ち込まないと!!!……
胸の内ではそう画策するも、表情は悲し気に歪み兄の問い掛けに涙を見せる。
「ど、どうするつもりかとおっしゃられても、わ、私には……ジーク様、どうして……」
と原作通りにジークフリートの不貞を兄によって今初めて知り、ただただ混乱して嘆いている。原作矯正力が自動的に働いてくれるのだから、この場合は僥倖と言えるだろう。
クラウスは「フン」と鼻で笑うと、右手に持つ『監視魔術映像受信機』を天に掲げた。アリアの目前に、等身大のジークとヘレナが熱いキスを交わす姿が浮かび上がる。ご丁寧に3Dのように映像化してくれたようだ。二人の唇の粘膜が触れ合い、卑猥な音まで聞こえてくる。吐き気を催すほどに不快で、二度とジークフリートに会いたくないとさえ感じる。
「つい最近、癒しと浄化、治癒の力が覚醒し『聖女の再来』と噂されるヘレナという女と、クライノート公爵が『恋人同士』だという噂を耳にしたもんだから、奴らの周辺を探ってみたら……。全くもって情けない! もう浮気されるなど。この機会を逃したらお前を娶ろうという奇特な男など現れる筈なかろう! どうにかして繋ぎ留めろ! ヘレナを愛妾として迎えるくらいの度量を示せ!」
クラウスは叱責する。冷え切った眼差しに魔物のような獰猛さを感じて背筋が寒くなる。
……いやいや、悪いのは噂になるくらい堂々と浮気するジークとヘレナでしょうよ! この世界の倫理観おかしいってば!……
内心では怒り心頭でそう反論するも、実際の言動はシクシクと泣きながら「ジーク様……」と呟き呆然と映像を見つめている。そのギャップに気が触れてしまいそうだ。
「この役立たずが! この件は妹たちにも父上、母上には言わないでおいてやる。早急に婚約式を執り行うよう、クライノート公爵に要求してやる。可愛い妹の為にこの兄が一肌脱いでやろう、有難く思えよ?!」
恩着せがましく言いながら薄笑いを浮かべる兄。
……婚約式を強引に早めるのは辞めてーーーーーっ!!!……
アリアは心の奥で叫ぶも、「有難うございます、お兄様」と嬉しそうに弱々しく微笑んで応じる。
婚約式、それは原作でアリアがジークフリートに殺される舞台でもあったのだ。
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