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第十八話
ガラス温室のアリア①
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高く澄み切った声が広がる。眠る前に耳元で優しく語られるおとぎ話のような、懐かしいような甘酸っぱい気分になるのは、歌声の持ち主が誰に聞かせようという明確な意思はなく、ただ心の赴くままに口ずさんでいるからだろうか?
ロイドは主であるアリアの自由時間を妨げぬよう、細心の注意を払いながら護衛についていた。姿が見えない位置で全体を把握出来る場所を選んでアリアの動きに合わせて行く。
バルコニーに作られた小さなガラス温室は、第三皇女殿下のお気に入りの場所らしい。アリアの専属護衛騎士に任命されてから八日目、ロイドは過去を振り返っていた。
……
アリア殿下の歌はどれも不思議なメロディーだった。少なくとも、マナンティアール王国のものではないと思われる。けれども、不思議と惹きつけられ、心の奥底にじわじわと浸透していく。ふとした日常に、耳に残った部分を口ずさんだりするような、知らず知らずのうちに癖になるような感覚だ。それは、殿下の声質にも関係あるような気がする。澄んで奥行のあるお声は、何となく「二胡」という楽器を思わせた。音楽の事はてんで門外漢だが、聞く事は好きだ。殿下のお声にはヒーリングの力があるように思う。
一度、殿下に尋ねてみた事がある。
「とても素敵な歌ですね。どちらの国の歌でしょうか?」
すると、ほんの少しだけ困ったように視線をさ迷わせた後、
「……遠い遠い、遥か遠くの国の歌よ。ここではない古の……」
と曖昧に応じられた。触れない方が良かっただろうか? 思えば、この御方は自己肯定感がとても低いのだ。置かれた環境を鑑みれば、そうなるのも仕方ないだろうと思う。むしろ、環境を声質を賞賛しても、困惑したように微笑みながら
「下手の横好きというか、気まぐれの趣味みたいなものよ」
とだけ答えて、気まずそうに扇子でお顔を覆ってしまわれた。専属護衛騎士だからと言って、特に主を崇める必要はない。そういう役目があるとしたなら、侍従に分類される。本当に素敵な歌声だと思ったから口にしただけの事だった。それに、殿下にはもっと自分に自信を持って頂けたら、という思いも少なからずあった。いささか立場を超えた行き過ぎな部分がある事は認めるが。そんなつもりは毛頭もないが、見方によっては傲慢とも言えそうだ。
殿下は表向き。病弱で人と接する事が苦手、けれども周りから大切にされている末っ子皇女……とされている。だがそれは世間に向けてのパフォーマンスに過ぎない。実際は醜くて無能だと蔑まれ冷遇、虐待されている。それは城内の使用人たちにとっては『暗黙の了解』という共通認識の元、実情を漏らした者には処刑という厳罰に処される。だから使用人たちは世間一般に見せる顔と内輪の時とで、お仕えする待遇を変える事を徹底していた。
はっきり言って、非常に『くだらない』と思う。そのような事を徹底させるほど国民の目を気にするなら、最初から慈しんで愛情に基づいて接すれば良いのだ。お偉いさんお考えている事は全くもって理解不能だ。
ディラン・イーグレットは見損なった。ほぼ同期で見習いから入って、共に切磋琢磨して来た仲だった。アイツの実直さ、ひた向きに努力する姿、その実力に一目置いていたのに……。
「守るべき対象を蔑ろにして女に現を抜かすなど言語道断!! 『騎士の誓い』を簡単に破りやがって! この面汚しがっ!!!」
唾棄すべき事柄だった。しかも、最後まで殿下にも団長にも侯爵閣下に謝罪も挨拶もなく、熱に浮かされたように骨抜きにされた女しか見ていなかった。蹴り倒してしてやりたい衝動を抑えるのに一苦労だった。
しかし解せない。団長以外、アレンもマックスも侯爵閣下も皆あの女に鼻の下を伸ばしている。本人が意識しているにしても無意識にしても、あんな風に計算され尽くしたような作り物の美しさは、心の奥底で他人を自分に都合よいように操作支配したいという腹黒さが透けて見えて吐き気を催す。悪びれずに平然とディランを譲渡されるあたり、底意地が悪く高慢ちきな性質を表しているように思うのだ。殿下を軽視し過ぎている。何故そこに気づかないぼだろうか? 団長は気付いてらっしゃると思うが……
「あなたは、あの子に夢中になってないみたいね?」
アリア殿下のそのお声かけと団長が「ロイド」と呼びかけるのがほぼ同時だった。声を掛けられるまでもなく、自ら名乗りをあげるつもりだった。殿下が安泰に過ごせるよう、力を尽くしたい。出来るだけ影からひっそりとお守り出来たら、と思う。
専属護衛騎士任命式がつつがなく終了した際、団長にこう耳打ちされた。
「何となくの直感に過ぎないのだが、ヘレナ嬢には注意しておけ。嫌な予感がするのだ、殿下をしっかり御守りしろ!」
その言葉に、自分の感じていた事に確信が持てたのだった。
……
アリアは気恥ずかしくて扇子で顔を隠した。一人でいると、無意識に鼻歌を歌っている事がある。小説の中に転移する前の、日本という国で『平成』から『令和』という時代を生きていた頃のミュージックだったり、古くからある動揺だったり。だから、ロイドに「どこの国の歌なのか」聞かれた時答えに窮してしまった。ディランは寡黙だったが、ロイドは積極的にコミュニケーションをはかるタイプのようだ。
ロイド・ダーク、クラシオン子爵家の三男で、レグルス騎士団長に憧れて近衛騎士団を目指したという。ヘレナにメロメロにならなかった所が気に入って、護衛騎士に指名した。彼なら大丈夫、そんな気がした。小麦色の肌と漆黒の髪と黄色味がかった琥珀色の瞳を持つ美丈夫だ。クロヒョウを連想させる野性的な魅力を持っている。原作に登場しなかったのが不思議なくらいだ。
彼なら、バッドエンド回避の為に力を貸してくれるだろうか?
ロイドは主であるアリアの自由時間を妨げぬよう、細心の注意を払いながら護衛についていた。姿が見えない位置で全体を把握出来る場所を選んでアリアの動きに合わせて行く。
バルコニーに作られた小さなガラス温室は、第三皇女殿下のお気に入りの場所らしい。アリアの専属護衛騎士に任命されてから八日目、ロイドは過去を振り返っていた。
……
アリア殿下の歌はどれも不思議なメロディーだった。少なくとも、マナンティアール王国のものではないと思われる。けれども、不思議と惹きつけられ、心の奥底にじわじわと浸透していく。ふとした日常に、耳に残った部分を口ずさんだりするような、知らず知らずのうちに癖になるような感覚だ。それは、殿下の声質にも関係あるような気がする。澄んで奥行のあるお声は、何となく「二胡」という楽器を思わせた。音楽の事はてんで門外漢だが、聞く事は好きだ。殿下のお声にはヒーリングの力があるように思う。
一度、殿下に尋ねてみた事がある。
「とても素敵な歌ですね。どちらの国の歌でしょうか?」
すると、ほんの少しだけ困ったように視線をさ迷わせた後、
「……遠い遠い、遥か遠くの国の歌よ。ここではない古の……」
と曖昧に応じられた。触れない方が良かっただろうか? 思えば、この御方は自己肯定感がとても低いのだ。置かれた環境を鑑みれば、そうなるのも仕方ないだろうと思う。むしろ、環境を声質を賞賛しても、困惑したように微笑みながら
「下手の横好きというか、気まぐれの趣味みたいなものよ」
とだけ答えて、気まずそうに扇子でお顔を覆ってしまわれた。専属護衛騎士だからと言って、特に主を崇める必要はない。そういう役目があるとしたなら、侍従に分類される。本当に素敵な歌声だと思ったから口にしただけの事だった。それに、殿下にはもっと自分に自信を持って頂けたら、という思いも少なからずあった。いささか立場を超えた行き過ぎな部分がある事は認めるが。そんなつもりは毛頭もないが、見方によっては傲慢とも言えそうだ。
殿下は表向き。病弱で人と接する事が苦手、けれども周りから大切にされている末っ子皇女……とされている。だがそれは世間に向けてのパフォーマンスに過ぎない。実際は醜くて無能だと蔑まれ冷遇、虐待されている。それは城内の使用人たちにとっては『暗黙の了解』という共通認識の元、実情を漏らした者には処刑という厳罰に処される。だから使用人たちは世間一般に見せる顔と内輪の時とで、お仕えする待遇を変える事を徹底していた。
はっきり言って、非常に『くだらない』と思う。そのような事を徹底させるほど国民の目を気にするなら、最初から慈しんで愛情に基づいて接すれば良いのだ。お偉いさんお考えている事は全くもって理解不能だ。
ディラン・イーグレットは見損なった。ほぼ同期で見習いから入って、共に切磋琢磨して来た仲だった。アイツの実直さ、ひた向きに努力する姿、その実力に一目置いていたのに……。
「守るべき対象を蔑ろにして女に現を抜かすなど言語道断!! 『騎士の誓い』を簡単に破りやがって! この面汚しがっ!!!」
唾棄すべき事柄だった。しかも、最後まで殿下にも団長にも侯爵閣下に謝罪も挨拶もなく、熱に浮かされたように骨抜きにされた女しか見ていなかった。蹴り倒してしてやりたい衝動を抑えるのに一苦労だった。
しかし解せない。団長以外、アレンもマックスも侯爵閣下も皆あの女に鼻の下を伸ばしている。本人が意識しているにしても無意識にしても、あんな風に計算され尽くしたような作り物の美しさは、心の奥底で他人を自分に都合よいように操作支配したいという腹黒さが透けて見えて吐き気を催す。悪びれずに平然とディランを譲渡されるあたり、底意地が悪く高慢ちきな性質を表しているように思うのだ。殿下を軽視し過ぎている。何故そこに気づかないぼだろうか? 団長は気付いてらっしゃると思うが……
「あなたは、あの子に夢中になってないみたいね?」
アリア殿下のそのお声かけと団長が「ロイド」と呼びかけるのがほぼ同時だった。声を掛けられるまでもなく、自ら名乗りをあげるつもりだった。殿下が安泰に過ごせるよう、力を尽くしたい。出来るだけ影からひっそりとお守り出来たら、と思う。
専属護衛騎士任命式がつつがなく終了した際、団長にこう耳打ちされた。
「何となくの直感に過ぎないのだが、ヘレナ嬢には注意しておけ。嫌な予感がするのだ、殿下をしっかり御守りしろ!」
その言葉に、自分の感じていた事に確信が持てたのだった。
……
アリアは気恥ずかしくて扇子で顔を隠した。一人でいると、無意識に鼻歌を歌っている事がある。小説の中に転移する前の、日本という国で『平成』から『令和』という時代を生きていた頃のミュージックだったり、古くからある動揺だったり。だから、ロイドに「どこの国の歌なのか」聞かれた時答えに窮してしまった。ディランは寡黙だったが、ロイドは積極的にコミュニケーションをはかるタイプのようだ。
ロイド・ダーク、クラシオン子爵家の三男で、レグルス騎士団長に憧れて近衛騎士団を目指したという。ヘレナにメロメロにならなかった所が気に入って、護衛騎士に指名した。彼なら大丈夫、そんな気がした。小麦色の肌と漆黒の髪と黄色味がかった琥珀色の瞳を持つ美丈夫だ。クロヒョウを連想させる野性的な魅力を持っている。原作に登場しなかったのが不思議なくらいだ。
彼なら、バッドエンド回避の為に力を貸してくれるだろうか?
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