ハッピーエンドの裏側で【革命吟遊詩人『当て馬姫君』アリアのリスタート】~原作ヒロインは地雷系女子?!~

大和撫子

文字の大きさ
上 下
26 / 32
第十六話

騎士が誓いを破る時②

しおりを挟む
 「……あれ、護衛の意味あります? 私がやった方がまだ役立つと思うのですけど」

スザンナは心底呆れ返ったというように肩をすくめた。完全に小馬鹿にした口調で冷やかな視線を向けている。

「うーん、スザンナの方が護衛として役立つかどうか真偽の沙汰はともかく。あの調子では護衛の意味が無いかと……」

 ローラは困り切ったように扉付近を見つめ、溜息をついた。それからまるで示し合わせたかのようにスザンナと顔を見合わせ、同時にアリアを見つめた。

 「そうねぇ……」

アリアは苦笑せざるを得ない。視線は自然に話題の者へと向けられる。続いてローラ、スザンナも彼女たちの話題の対象を見やった。三人の冷やかな視線を一心に浴びる事となったのは、小麦色の肌に燃え盛るような緋色の髪、月光を湛えたようなグレーの瞳を持つあの男、ディラン・イーグレットだった。

 だが、そこにはかつての精悍な美丈夫の面影はどこにもない。鋭い光を宿した双眸は幻を見ているかのように虚空を見上げている。引き締まっていた唇は緩み、ブツブツと何かを呟いている。少しの異変も見逃さぬよう、常に臨時戦闘態勢を取って任務に当たっていた彼は、呆けたようにして白昼夢の世界に生きている。呼びかけにも応じず、食事も喉を通らない様子だ。

 『生花祭』でヘレナと出会って依頼、ずっと彼はこの調子だった。アリアの記憶が正しければ、ディランがヘレナに一目惚れをしてからアリアに暇を告げるまでの過程は、原作にもそのような感じでサラリと書かれていた。しかし、せいぜい三行程度。経緯の詳細は書かれていない。だからアリアは思うがままに行動してみる事にした。そもそもディランがこのように腑抜けになるのは、原作ヒロインヘレナの魅力がいかに素晴らしいのか、それを読者に理解して貰う為の演出手段に過ぎない。

 ……だからディランも、ある意味気の毒な役回りをさせられている訳なのよね。もう原作矯正力に翻弄されていて自分の意思も分らなくなっている状態だと思うから……

 「恋の病、てやつね。もう重症よ……」

アリアは溜息混じりに答えた。

「フルール伯爵家の御令嬢でしたよね? ディラン卿の一目惚れの相手」

スザンナの問いに、アリアは頷く。

「有名ですよね。絶世の美少女で人格も才能も全てパーフェクトだとか」
「そんなに有名なの?」
「ええ、市井では大人気らしいですよ、慈善事業にも力を入れてらしてよく足を運んでるらしいです」

スザンナは声を弾ませる。

「癒しと浄化の力に優れていて、毎朝教会で御国の為にお祈りを捧げてくださっているとか。奇跡の聖女様、て言われてるみたいですね」

ローラも瞳を輝かせる。

「なるほど。そんな奇跡の存在なら、今まで真面目一筋だったディランが骨抜きになっても仕方ないわね」

ちょっぴり皮肉を込めてこたえると、アリアはさっさと護衛騎士を代えて貰おうと行動を起こす事にした。

 ……原作矯正力が働かない限り、行動あるのみだわ。『例え一生報われなくても心から愛する人の為に尽くしたい』だなんて言われて去られるなんて惨め過ぎるもの……

「さて、この状態ではディランも辛いでしょうし。専属護衛騎士が居ないと困るから。ローラ、スザンナ。近衛騎士団長のレグルスと、近衛騎士団総督のアルコイリス公爵に面会と相談がある事を伝えてちょうだい。出来るだけ早く対処したいわ」

 と指示した。二人は大慌てで部屋を後にするのを見送ると、アリアはそっと溜息をつきディランを見つめる。相変わらず虚空を見上げ、ぼんやりしている。時折ブツブツ呟いているのは、「ヘレナ様……」と切なげに一目ぼれした女の名を呼んでいるのだ。原作通りの展開に、苦笑いしか出来ない。

 『私は、もし許されるなら殿下がご結婚なされた後もずっとこの身を尽くす所存でここにおります!』

ムキになってそう語った彼を思い出す。

「……嘘つきね。でもほーら。私が言った通りになったでしょ?」

その声は彼には届かない事を知りつつ、アリアはディランに声をかけた。


 事情を聞き、その日の内に這う這うの体でアルコイリス公爵と騎士団長が共にやって来たのは言うまでもない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~

二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。 夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。 気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……? 「こんな本性どこに隠してたんだか」 「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」 さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。 +ムーンライトノベルズにも掲載しております。

淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫

梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。 それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。 飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!? ※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。 ★他サイトからの転載てす★

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...