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第十五話
え? まさか原作ヒロインは地雷系女子?
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ジークフリートは、原作ヒロインを目にすると微笑みを浮かべ、迷う事無く愛馬を彼女の元へと操った。まるでそうする事が至極当たり前のように。男は女の目の前まで進ませるとと愛馬を止め、「降りますね」とアリアに囁き、支えるようにして両腕を離すとヒラリ原作ヒロインの前に降り立った。そして古来英国紳士風のお辞儀をする。ヘレナは完ぺきなカーテシーでそれに応じた。まるで、予め物語として一連の流れに組み込まれているかのような自然な所作に、原作はどうだったかとアリアは振り返る。
……あぁ、そう言えばあったわね。『生花祭』ではなくて『収穫祭』だったけど。アリアは天馬に乗ったまま二人を見ているの。まるで恋人同士みたいに睦まじく会話する二人を見て、疎外感とヒロインへの嫉妬、一応は皇女である筈の自分をあからさまに蔑ろにしている二人に、酷い屈辱感を味わうのよ。だけど極端な自己肯定感の低さから、『やっぱり自分はジークフリートに愛される訳なかったんだ……』と妙に納得もしてしまうんだ……
時期は早いが、原作通りの流れで、ジークフリートとは即縁を切りたいと思っている筈だ。それなのに、ヘドロのようにこびり付く嫉妬と胸が引きちぎられるような痛みを感じてしまう。どう足掻いても原作通りに動かざるを得ない自分に苛立ちを覚えた。
「……生花祭は毎年参加していますの」
「そうでしたか。私はここ数年ぶりの参加です。ここ何年か、生花祭の日は仕事になっていて。警護の任務の一環として参加していました」
小説では、原作ヒーローと原作ヒロインが二人だけの世界を作り出しておしゃべりに興じるのだ。その間、アリアは蚊帳の外……
……完全に私の存在は空気ね。アリアだけに、て。というかヘレナ、失礼過ぎない? 曲がりなりにも皇女に対して最初からジークフリートしか見てないし、完全に無視しとるんかーい! 最初に挨拶はアリアが先でしょ。で、ジークフリートよ、お前も紹介もせずに本命との話に夢中とか、さすがに皇女を軽視し過ぎじゃない?……
内心では呆れ返っていながらも、表向きは切なげに二人を見つめている。そう、現在進行形で原作矯力が働いているのだ。
……この二人、普通なら不敬罪、冒涜罪が適応されると思うの。いや、そもそもこれは原作小説の設定が狂ってるのよ。あたおかってヤツ。略奪女と浮気男の恋愛ファンタジーがメインの話だから、設定やらモブの矛盾点やらそんな事はスルーで成立してしまう訳で……
「……では、今回は無理やりシフトを調整して参加されたのですね?」
ヘレナは漸くアリアに気づき、視線を向ける。彼女の視線を追って、ジークフリートもやっとアリアを放置していた事を思い出した。彼はほんの一瞬だけ罰が悪そうにチラリとアリアを見やると、すぐにいつもの蕩けるような笑みを浮かべた。
「ええ、そうなのです。私は今日、仕事のシフトを必死に調整し、愛する人の為にこの日を開けたのです!」
と芝居がかったように大きく右手を振りかぶってアリアを示す。ヘレナは大きなルビーレッドの瞳を零れそうなほど瞠目し、アリアを見つめた。刹那、『ふん、ブスね』侮蔑の色がそのルビーレッドの双眸に影が差したように見えたのはアリアの気のせい……か? 自意識過剰、もしくは過分な劣等感がそう感じさせてしまうのか?
……まさか、ね。原作では特にヘレナがアリアを馬鹿にする場面とか無かった筈、よね……
ジークフリートはアリアに右手を差し出した。その手を取り、歓喜の笑みを自分に向けてくれるものと信じて疑わない姿は、ある意味清々しさすら覚える。勿論『皮肉』であるが。
『この無礼者めっ!!! 不敬罪にてこの二人を捕らえよ!』その手を跳ね除け、影から護衛してくれてる騎士たちにそれを命じられたらどんなに良いだろう? そう思いながらも、いつもの如くはにかんだ笑みを浮かべ、迷う事なく彼に手を差し出すアリア。
……このチョロインがっ! お前にプライドは無いのか!……
内心では歯がみし、悪態をつく。されど実際は、ジークフリートにほぼ抱き上げるようにして天馬から降ろされるアリアだった。だが、その間ゾッとするほど冷やかな視線を感じてその方向に目をやった。
……え? ヘレナ?……
思わず我が目を疑った。『弱気を助け強気を挫く』春の女神の如く慈愛に満ち、聖母の如き人格者と作中にある原作ヒロインが、蔑むように冷たい眼差しでアリアを見据えていたのだ。なまじ、鮮血のように鮮やかな赤の瞳故に魔女を連想させる凄みがあった。けれどもそれは一瞬の事、アリアが抱き下ろされ、ジークフリートによってヘレナの真正面に立った事には驚きに目を見開き、キラキラと好奇心に輝くルビーレッドの双眸に戻っていた。
その変わり身の早さに、やはり自分の見間違いだったのかもと思い直してしまう。
「まぁ! わたくしってばとんだご無礼を! 帝国の三番目の花アリア・フローレンス・カレンデュラ一皇女殿下に、私ヘレナ・ベアトリーチェ・フルールがご挨拶申し上げます」
と完ぺきなカーテシーで挨拶を遂げたのだ。
「勿体なくも、お付き合いさせて頂いておりまして」
「ええ、有名なお話ですわ」
アリアを挟んで白々しくもにこやかに会話する二人にげんなりしつつも、
「お美しい御令嬢ですこと」
と原作通り、弱々しく答えていた。
……まさか、原作ヒロインって地雷系女子だったりする?……
アリアは再び原作に思いを馳せる。
……あぁ、そう言えばあったわね。『生花祭』ではなくて『収穫祭』だったけど。アリアは天馬に乗ったまま二人を見ているの。まるで恋人同士みたいに睦まじく会話する二人を見て、疎外感とヒロインへの嫉妬、一応は皇女である筈の自分をあからさまに蔑ろにしている二人に、酷い屈辱感を味わうのよ。だけど極端な自己肯定感の低さから、『やっぱり自分はジークフリートに愛される訳なかったんだ……』と妙に納得もしてしまうんだ……
時期は早いが、原作通りの流れで、ジークフリートとは即縁を切りたいと思っている筈だ。それなのに、ヘドロのようにこびり付く嫉妬と胸が引きちぎられるような痛みを感じてしまう。どう足掻いても原作通りに動かざるを得ない自分に苛立ちを覚えた。
「……生花祭は毎年参加していますの」
「そうでしたか。私はここ数年ぶりの参加です。ここ何年か、生花祭の日は仕事になっていて。警護の任務の一環として参加していました」
小説では、原作ヒーローと原作ヒロインが二人だけの世界を作り出しておしゃべりに興じるのだ。その間、アリアは蚊帳の外……
……完全に私の存在は空気ね。アリアだけに、て。というかヘレナ、失礼過ぎない? 曲がりなりにも皇女に対して最初からジークフリートしか見てないし、完全に無視しとるんかーい! 最初に挨拶はアリアが先でしょ。で、ジークフリートよ、お前も紹介もせずに本命との話に夢中とか、さすがに皇女を軽視し過ぎじゃない?……
内心では呆れ返っていながらも、表向きは切なげに二人を見つめている。そう、現在進行形で原作矯力が働いているのだ。
……この二人、普通なら不敬罪、冒涜罪が適応されると思うの。いや、そもそもこれは原作小説の設定が狂ってるのよ。あたおかってヤツ。略奪女と浮気男の恋愛ファンタジーがメインの話だから、設定やらモブの矛盾点やらそんな事はスルーで成立してしまう訳で……
「……では、今回は無理やりシフトを調整して参加されたのですね?」
ヘレナは漸くアリアに気づき、視線を向ける。彼女の視線を追って、ジークフリートもやっとアリアを放置していた事を思い出した。彼はほんの一瞬だけ罰が悪そうにチラリとアリアを見やると、すぐにいつもの蕩けるような笑みを浮かべた。
「ええ、そうなのです。私は今日、仕事のシフトを必死に調整し、愛する人の為にこの日を開けたのです!」
と芝居がかったように大きく右手を振りかぶってアリアを示す。ヘレナは大きなルビーレッドの瞳を零れそうなほど瞠目し、アリアを見つめた。刹那、『ふん、ブスね』侮蔑の色がそのルビーレッドの双眸に影が差したように見えたのはアリアの気のせい……か? 自意識過剰、もしくは過分な劣等感がそう感じさせてしまうのか?
……まさか、ね。原作では特にヘレナがアリアを馬鹿にする場面とか無かった筈、よね……
ジークフリートはアリアに右手を差し出した。その手を取り、歓喜の笑みを自分に向けてくれるものと信じて疑わない姿は、ある意味清々しさすら覚える。勿論『皮肉』であるが。
『この無礼者めっ!!! 不敬罪にてこの二人を捕らえよ!』その手を跳ね除け、影から護衛してくれてる騎士たちにそれを命じられたらどんなに良いだろう? そう思いながらも、いつもの如くはにかんだ笑みを浮かべ、迷う事なく彼に手を差し出すアリア。
……このチョロインがっ! お前にプライドは無いのか!……
内心では歯がみし、悪態をつく。されど実際は、ジークフリートにほぼ抱き上げるようにして天馬から降ろされるアリアだった。だが、その間ゾッとするほど冷やかな視線を感じてその方向に目をやった。
……え? ヘレナ?……
思わず我が目を疑った。『弱気を助け強気を挫く』春の女神の如く慈愛に満ち、聖母の如き人格者と作中にある原作ヒロインが、蔑むように冷たい眼差しでアリアを見据えていたのだ。なまじ、鮮血のように鮮やかな赤の瞳故に魔女を連想させる凄みがあった。けれどもそれは一瞬の事、アリアが抱き下ろされ、ジークフリートによってヘレナの真正面に立った事には驚きに目を見開き、キラキラと好奇心に輝くルビーレッドの双眸に戻っていた。
その変わり身の早さに、やはり自分の見間違いだったのかもと思い直してしまう。
「まぁ! わたくしってばとんだご無礼を! 帝国の三番目の花アリア・フローレンス・カレンデュラ一皇女殿下に、私ヘレナ・ベアトリーチェ・フルールがご挨拶申し上げます」
と完ぺきなカーテシーで挨拶を遂げたのだ。
「勿体なくも、お付き合いさせて頂いておりまして」
「ええ、有名なお話ですわ」
アリアを挟んで白々しくもにこやかに会話する二人にげんなりしつつも、
「お美しい御令嬢ですこと」
と原作通り、弱々しく答えていた。
……まさか、原作ヒロインって地雷系女子だったりする?……
アリアは再び原作に思いを馳せる。
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