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第十三話

それぞれの恋のベクトル③

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 アリアは怯えていた。針の筵だ。まるで裁判官の罪状を待つ被告人のような気分だ。アリアは今、皇帝を目の前にして立っている。皇帝は玉座に腰を下ろし、ダラリと長い脚を投げ出している。ひじ掛けに右手を置き頬杖をついているその姿は、明らかに気怠そうに見える。いつも王者の風格とカリスマ性を身にまとっている彼からは想像もつかない姿だ。
 人払いをし、アリアと二人だけで対峙しているからであろう。父親である筈の男の金色の双眸が、冷たくアリアを見据えていた。辺りを包み込む沈黙が、痛いほどアリアの肌に突き刺さる。

 「……解せないな。末娘のお前が真っ先に婚約など」

皇帝は沈黙を破り、呟くように言った。感情のこもらない無機質な声色は、そのままアリアへの無関心さを表してるようだ。引き続き父親の言葉を待つ。

「どうして、クライノート公爵がお前なんぞと結婚したがるんだろうな。しかも、前々から気になっていたなど……どう考えても有り得ない」

 つまり、あれほどハイスペックなジークフリートがに惚れる訳がない。と言いたいの訳だ。

 ……お父様、ええ、ごもっともです。私も同感です。というか、アイツは最低浮気野郎のクズです! 私を利用して皇族と繋がりたいという野心しかありません! 婚約を白紙撤回してください!!……

 とアリアは懇願したかった。それが出来たらどんなに良いだろうか。けれども、顔を上げて口を開こうとしても叶わず。原作にある通り、俯いて震える事しか出来ない。アリアによると、原作では


ーーーーーーー

 アリアはただ、父である皇帝の皮肉を耐え忍んで聞き続けた。恐ろしくて、そうする事しか出来なかったのである。

ーーーーーーー

 と書かれていただけだったらしい。

 ……詳細に渡るやり取りは書かれていなかったけど、こんな感じだったのだろうな……

「まぁ、お前にとってはこれ以上は無いと言うくらいのだ」

 ……いいえ、お父様、の間違いです。最悪の縁です……

相変わらずニコリともせず、淡々と話す皇帝に、震えながら話を聞くアリア。心の中で本音を叫びまがら。

「彼の気が変わらない内に婚約を公式発表、出来る限り最速で婚約式を行おう」

……気が変わるも何も最初から奴は私を好きではないし、既に本命と出逢って恋仲になってますよーっ!!! 二人は出会った瞬間に、『恋のベクトル』が互いに向いてしまってるんですってば!……

泣き叫びたいところなのに、身を縮こませながらも嬉しそうに口角が上がり、顔を上げて皇帝を見つめる。心と体が乖離してしまっていて不快な事この上ない。頭がおかしくなりそうだった。

……むしろこのまま本当に気が触れてしまったら、婚約自体が無かった事になるのに……

「婚約式の日取りが決まり次第、知らせる。お前はそれまでに、その陰気臭い表情と汚らしい色の髪を何とかしろ。美容のエキスパートをつける。不気味な色合いの目はどうしようもないが、明るく表情を変え、髪型や眉の形を整えたら少しは見られるようになるだろう」

 素気無く言うと、皇帝は顎でしゃくって出て行くように促した。アリアは原作通りカーテシーで応じ、謁見の間を後にした。

 ……実の娘に対して、随分な言いようだこと。まぁ、原作の通りだけれども……

ドアの出入口、外側で待機していたディランを伴って自室へと戻る。

 ……さてさて、この忠実なディラン君も近々恋に狂ってしまう訳よね。ジークフリートとヘレナの出会いが早まったから、いつになるかまでは読めないけど。覚悟だけは決めておかなければ。原作みたいにみっともなく取り乱したりしないようにしないと……

 今後の心構えを整理しながら、ふと、思い浮かんだ。

……あれ? そう言えば少し前も思ったけど。ジークフリートとヘレナは物語のラストで皇帝と皇后になる訳よね。これって、やっぱりクーデターを起こす、て考えて良い訳で。だけどこの事に思い至ると、いつの間にか記憶が曖昧になるのよね。何だろう? 凄く重要な事だと思うのに、何か釈然としない……

 「殿下」

ディランの囁き声で我に返る。慌てて端に避けて立ち止まり、向こうからやって来る人物にカーテシーをした。ぞわりと背筋が悪寒が走る。

「うふふふ、ご婚約オメデトウ。何か裏が有りそうですけど」
「それかジークフリート様は実は『特殊な趣味』の持ち主だった、とか」
「まぁ、せいぜい心変わりされないように努めるんだな」

 双子姉妹と長兄が連れ立ってやって来たのだった。

……ほら、こうしてクーデターの件についてまた有耶無耶になっていく……

「有難うございます。お兄様、お姉様、ご忠告、肝に銘じます」

 と応じるのだった。


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