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第四話
これは……拙い、我ながらチョロインの予感②
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作中、その男は『神々が心血を注いで創り上げた芸術品』と表現されていた。少し長めにカットされた純金色の髪は緩やかに波打ち、彫刻のように精巧に創り込まれた端正な顔に彩りを添える。透け感のある白い肌はまさに『アラバスター・スキン』と呼ばれるものだ。髪と同じように純金色の整った眉はキリリとしており、引き締まった唇と相まって、甘く優し気な面差しに男らしさを添える。上品な二重を持つアーモンド型の双眸は、ハッとするほどの澄み渡る深い青色で、宝石のアウイナイトを彷彿とさせるようだ。完璧な美を持つと呼ばれる「太陽神アポロン」との異名まで持つのだ。
そんな圧倒的な美の化身が突如として目の前に出現する訳だから、異性に免疫を全く持たないアリアからしたら一発でノックアウト、ひとたまりもないだろう。現に今、体のあちこちに心臓が出来たみたいに、ドキドキと鼓動が乱舞している。この男が自分を愛する筈は無い、道具のように利用しようと近づいて来たのだと冷静に俯瞰しているにも関わらず、それでも無意識の内にアリアは男への甘い期待を夢見てしまっていた。
「この男に恋焦がれ、全てを捧げて尽くして逝く」というアリアの役柄を全うさせるべく、凄まじいほどの原作矯正(強制)力の激流に今にも呑み込まれてしまいそうだった。理性を振り絞り、総動員させる。ここで、原作のように男に呆けたように見つめたら相手の思うツボだ。今のところ、自由に体は動かせるし発言も可能な様子だ。原作通りのアリアなら、『美しい御方』と聞いただけで舞い上がってしまうだろう、それが例え見え透いたお世辞なのだと分かってはいても。だからここは、敢えて崩してみようと思い立った。
もし仮に、原作強制力が発動し言動に制限がかかってしまったら……その時はその時だ。そうなった時は、どんなに抗おうとしても、己の意思とは無関係に台詞が流れ出してしまうのだから。
「え? え?」
『美しい御方』とは誰の事だろう? 他に御令嬢が居たのかな? もしかしたら原作ヒロインが早めに登場したのかもしれない。と、いった具合に、アリアは辺りをキョロキョロ見渡した。いずれにしても、原作にはない展開の為いささか焦ってる部分もあった。
「失礼致しました、皇女殿下の事でございます。他にどなたもいらっしゃらなかったので、チャンスだと思いましてお声を掛けさせて頂きました」
男はそう言って、アリアの前に跪いた。長い手足を舞うように捌く所作はもはや芸術の領域だ。白のタキシードをこれほど上品に着こなせるのも主人公補正というものなのだろうか? 男の周を取り囲む空気まで煌めいて見える。
……男主人公特有のオーラってヤツなのかな……
とアリアはぼんやりと思いながら口を開く。
「わたくしの聞き間違いでなければ『美しい御方』、とおっしゃいませんでしたかしら?」
……しっかりしろ、私! 最初から呑まれてどうする?!……
アリアは慌てて己に喝を入れ、出来得る限り冷やかな声で応じた。何事も最初が肝心だ。出会いの導入部が小説と異なっているので混乱しつつも、結末を変えるチャンスだ、と思考を切り替える。
男の唇が、穏やかな弧を描いた。
「勿論、皇女殿下の事でございますよ」
「どこのどなたか存じませんが、お上手ですね。でも、わたくしの容姿が美しいと言い難いのは、わたくし自身が一番よく分かっておりますの。ですからお世辞は一切必要ありませんわ」
素っ気ないくらいに言うのが丁度良いだろう、とアリアは判断した。
……最初に名前を名乗らない辺り、自分を知らない女は帝国に居ない、という無意識の傲慢さが表れているわね。私の事チョロインだとタカをくくっているのだわ……
「これは! 私とした事が大変失礼致しました! あまりのお美しさに我を忘れ、名乗る事を失念しておりました」
男は改めて膝を折り、深々と頭を下げる。芝居がかったその仕草もまた憎らしいくらいサマになっていた。
「申し遅れました。『帝国の三番目の麗しの花』に私、ジークフリート・アシェル・クライノートがご挨拶申し上げます」
と情熱を込めた眼差しと蕩けるような笑みでアリアを見つめた。
トクン、と鼓動が再び大きく跳ね、アリアの胸を甘さを伴う苦痛が貫いた。
……これは、拙い! アリアってばもしかして本当にチョロインだったのかもしれない!……
どうして言動に制限がかからないか、その理由が今判明したのだった。どのような態度でどう会話を交わしても、アリアは恋に落ちてしまうからなのだ。
そんな圧倒的な美の化身が突如として目の前に出現する訳だから、異性に免疫を全く持たないアリアからしたら一発でノックアウト、ひとたまりもないだろう。現に今、体のあちこちに心臓が出来たみたいに、ドキドキと鼓動が乱舞している。この男が自分を愛する筈は無い、道具のように利用しようと近づいて来たのだと冷静に俯瞰しているにも関わらず、それでも無意識の内にアリアは男への甘い期待を夢見てしまっていた。
「この男に恋焦がれ、全てを捧げて尽くして逝く」というアリアの役柄を全うさせるべく、凄まじいほどの原作矯正(強制)力の激流に今にも呑み込まれてしまいそうだった。理性を振り絞り、総動員させる。ここで、原作のように男に呆けたように見つめたら相手の思うツボだ。今のところ、自由に体は動かせるし発言も可能な様子だ。原作通りのアリアなら、『美しい御方』と聞いただけで舞い上がってしまうだろう、それが例え見え透いたお世辞なのだと分かってはいても。だからここは、敢えて崩してみようと思い立った。
もし仮に、原作強制力が発動し言動に制限がかかってしまったら……その時はその時だ。そうなった時は、どんなに抗おうとしても、己の意思とは無関係に台詞が流れ出してしまうのだから。
「え? え?」
『美しい御方』とは誰の事だろう? 他に御令嬢が居たのかな? もしかしたら原作ヒロインが早めに登場したのかもしれない。と、いった具合に、アリアは辺りをキョロキョロ見渡した。いずれにしても、原作にはない展開の為いささか焦ってる部分もあった。
「失礼致しました、皇女殿下の事でございます。他にどなたもいらっしゃらなかったので、チャンスだと思いましてお声を掛けさせて頂きました」
男はそう言って、アリアの前に跪いた。長い手足を舞うように捌く所作はもはや芸術の領域だ。白のタキシードをこれほど上品に着こなせるのも主人公補正というものなのだろうか? 男の周を取り囲む空気まで煌めいて見える。
……男主人公特有のオーラってヤツなのかな……
とアリアはぼんやりと思いながら口を開く。
「わたくしの聞き間違いでなければ『美しい御方』、とおっしゃいませんでしたかしら?」
……しっかりしろ、私! 最初から呑まれてどうする?!……
アリアは慌てて己に喝を入れ、出来得る限り冷やかな声で応じた。何事も最初が肝心だ。出会いの導入部が小説と異なっているので混乱しつつも、結末を変えるチャンスだ、と思考を切り替える。
男の唇が、穏やかな弧を描いた。
「勿論、皇女殿下の事でございますよ」
「どこのどなたか存じませんが、お上手ですね。でも、わたくしの容姿が美しいと言い難いのは、わたくし自身が一番よく分かっておりますの。ですからお世辞は一切必要ありませんわ」
素っ気ないくらいに言うのが丁度良いだろう、とアリアは判断した。
……最初に名前を名乗らない辺り、自分を知らない女は帝国に居ない、という無意識の傲慢さが表れているわね。私の事チョロインだとタカをくくっているのだわ……
「これは! 私とした事が大変失礼致しました! あまりのお美しさに我を忘れ、名乗る事を失念しておりました」
男は改めて膝を折り、深々と頭を下げる。芝居がかったその仕草もまた憎らしいくらいサマになっていた。
「申し遅れました。『帝国の三番目の麗しの花』に私、ジークフリート・アシェル・クライノートがご挨拶申し上げます」
と情熱を込めた眼差しと蕩けるような笑みでアリアを見つめた。
トクン、と鼓動が再び大きく跳ね、アリアの胸を甘さを伴う苦痛が貫いた。
……これは、拙い! アリアってばもしかして本当にチョロインだったのかもしれない!……
どうして言動に制限がかからないか、その理由が今判明したのだった。どのような態度でどう会話を交わしても、アリアは恋に落ちてしまうからなのだ。
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