上 下
9 / 23
第四話

残映・その二

しおりを挟む

「あっ! あれは…」

 突然花香が、嬉しそうな声を上げ上流を見つめた。そして右手人差し指を指す。皆一斉にその方向を見る。どうやらそれは、川の流れに乗って…

「真っ白な梔子くちなしの花!」

 と花香は嬉しそうに言うと、川辺に立ち上がり右足を清流に入れた。

「あっ……」

 彼は思わず息を飲んだ。足を滑らせて前のめりに倒れ込む。

「花香!」

 五聖全員が、彼を助けようと動いた。花香の近くに居た産土は、彼を後ろから支えようと右手を伸ばし、少し離れていた水鏡と瑞玉は、両手を花香に翳し、それぞれの波動の力で倒れた時の衝撃を和らげようとした。

 だが、一番早く対応したのはすぐ正面に居た火焔だった。

「危ないっ」

 と一声上げると瞬時に花香の傍らに飛び出し、がしっと受け止めた。火焔に抱き止められる花香は、

『……火焔。夢にまで見た、あなたの腕の中……』

 花香は彼の力強い腕の感触、広い胸に顔を埋めたままその心地良さにうっとりとした。

『お前を抱きしめたくて、夢にまで見たお前の感触……。なんて細いんだ!』

 火焔は、華奢な花香の繊細な感触にまるで花を抱きしめているような感覚に陥る。少しでも強く触れたら、壊れてしまいそうな儚さ。

『俺が、守ってやらねば!』

 と決意を新たにするのだった。二人はそのまま抱き合う。時が止まったかのように、静かに時が流れた。

 清流のせせらぎの音だけが響き続ける。どのくらい時間が経ったのだろう?

…チィーチッチッチィチッチィー…

 瑠璃色と深緑色の小さな宝玉が、可愛らしい鳴き声を上げながら火焔の頭頂に止まった。カワセミだ。五聖の時が動き出す。水鏡は、渓谷、木々、清流、そしてカワセミ。寄り添う花と炎を見て、

……まるで一枚の絵画のようだ……

 と感じた。産土も瑞玉も、寄り添う花と炎を見守る。

……このまま、あなたの腕の中で燃え尽きる事が出来たなら……
 
 花香はそっと火焔を見上げる。

「カワセミですね。あなたが気に入ったみたいだ」

 と花の笑みを浮かべた。

……俺の痕跡を花香に残そうとしたなら、コイツは燃え尽きてしまう。それは、叶わぬ夢だ。せめて、コイツを優しく照らし出す篝火でありたい……

 火焔は初めて花香を抱きしめ、改めてそう感じた。そっと、花香を離す。

「有り難う、火焔」

 と花香は名残惜しそうに離れた。笑顔で答える火焔。頭上のカワセミは、そのまま羽を休めている。花香はカワセミに右手を伸ばした。

 チッチッチィチッチッ。カワセミは親しげに鳴くと、花香の右手首に飛び移った。

「……美しい」

 花香はカワセミを嬉しそうに見つめる。


 夕焼けが五聖を照らし出す。彼らはそれぞれに、この時の光景を記憶に留めた。


 これらの事から、神は夕焼け・夕映えの事を「残映」と呼び名をつけた。後にこれは、消えたものの名残り、想い出の欠片や心情を現す言の葉となっていった。

 まだ、文明開化の波が来る少し前のお話である。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

メスホモさんには幸せな調教を…♡

ジャスミンティー
BL
多くの男失格の潜在的なメスホモさん達に♡様々な手段を用いて♡自分の立場をチンポで分からせてあげるお話♡

男同士で番だなんてあってたまるかよ

だいたい石田
BL
石堂徹は、大学の授業中に居眠りをしていた。目覚めたら見知らぬ場所で、隣に寝ていた男にキスをされる。茫然とする徹に男は告げる。「お前は俺の番だ。」と。 ――男同士で番だなんてあってたまるかよ!!! ※R描写がメインのお話となります。 この作品は、ムーンライト、ピクシブにて別HNにて投稿しています。 毎日21時に更新されます。8話で完結します。 2019年12月18日追記 カテゴリを「恋愛」から「BL」に変更いたしました。 カテゴリを間違えてすみませんでした。 ご指摘ありがとうございました。

潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話

ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。 悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。 本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ! https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209

騎士団長が民衆に見世物として公開プレイされてしまった

ミクリ21 (新)
BL
騎士団長が公開プレイされる話。

可愛い男の子が実はタチだった件について。

桜子あんこ
BL
イケメンで女にモテる男、裕也(ゆうや)と可愛くて男にモテる、凛(りん)が付き合い始め、裕也は自分が抱く側かと思っていた。 可愛いS攻め×快楽に弱い男前受け

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

処理中です...