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第十話
海開き
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夕方6時半を過ぎたのに、外はまだ明るい。海開きの日だ。あたしは部活を終え、空を見上げた。オレンジ色に染まる空は、朝焼けの茜色とよく似ている太陽が沈むか、昇るかの違いで。そこに何かの意味を見出すのは人間だけだ。今日は祝日。これから当麻と待ち合わせだ。一緒に食材を買って、当麻の家で食べるのだ。今日は当麻が、カレーを作ってくれるらしい。
たまに、当麻はカレーを作ってくれる。具材は、その日行ったスーパーの安売りしていたもので決める。そんな時私は、当麻の部屋でのんびり寛いでいれば良いのだ。一度、手伝おうとして彼のプライドを傷つけてしまった事がある。時には彼に任せて何もしない事。甘えても良いのだと言う事を学んだ。
待ち合わせは、学部の正門の入口付近の銀杏の木の下だ。
『あ、見て?当麻君の彼女…』
『意外よね。彼ならもっと…』
『シーッ』
あたしに気付いた女子達が、コソコソ囁き合っていく。もちろん、全員の女子がそうではない。たいていは皆、校門を出た後の自分の予定に思いが向かうものだ。
教室で倒れてから、気付いたら病室だった。目を開けたら、当麻の心配そうな顔。その後ろに、見知らぬ男性に付き添われている咲喜が、目を真っ赤にして見つめていた。
「菜々、良かった」
当麻はあたしの頭を撫でると、ベッドの上に備えられているナースコールを押した。
「良かった。菜々子…」
男性に支えられながら、咲喜が近づく。目にいっぱい涙が溢れていた。
……びっくりさせちゃったな……
「ご…め…」
「しゃべるな。大丈夫だから」
とやんわり当麻に止められ、初めて自分が酸素マスクをしている事に気付いた。すぐに医師と看護士がやってきた。それにしても、意識を失ったのは初だ。大発作だったらしい。何かショックな事があったのかな?と優しく医師は聞いてきた。医師によれば、少し無理をし過ぎて体が疲れていた事も影響していた、との事だった。結局、二日ほど入院した。
発作が無いときは、至って健康で元気。端からみたらわからない。喘息の特徴だ。退院して間もなく、学校のお手洗いで女子達のこんな会話を耳にした。
『当麻君の彼女、ちょっと髪が綺麗で目が印象的なだけじゃん。絶対病弱を装って気を引いてるとみた』
『あたしもそれ感じた。この前救急車で運ばれたって』
ショックだった。
『そう言うのさ、見抜けない男多くない?』
『あ、分かる。バカだよね。でもさ、当麻君はそう言うの、見抜けそうだったのにさ』
『ねー、残念』
ショックだった。けれども、あたしは病弱を装ってなどいない。何より当麻まで貶められるのは不愉快だ。だからあたしは堂々と、トイレから出た。そして笑顔を作る。ビックリしてあたふたしている彼女達を尻目に。笑顔で彼女達に会釈し、手を洗いバッグの中からハンカチを出し、手を拭く。殊更、ゆっくりと。そして笑顔で彼女達に会釈して、トイレを出た。あたふた慌ててパニックになっている可愛い女の子二人。なんだか滑稽だった。
あたしは、何も悪い事はしていない。だから堂々としていれば良い。けれども、今みたいに思っている人は沢山いるだろう。そんな風に思われてしまう当麻に、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
誰もが、当麻の彼女だ、と納得するような女の子。
……萌恵……
そこまで考えると、いつも思い浮かぶ。萌恵なら、儚げな美少女だし。病弱でも納得するだろう。我ながら、暗くてウジウジした女だ。本当は、当麻と腹を割って話し合えば良いのだ。また、そうすべきなのだ。けれども、出来なかった。あたしの心情を吐露しても、きっと当麻は否定する。そして安心させようとする。それでもあたしは、信じ切れない。その終わりなきループに、当麻を巻き込みたくなかった。
…ザザー…ザブン…ザサー…ザブン…
潮騒のメロディに乗せて浄化してもそれは多分一時的なもの。これはきっと、あたし自身の問題だ。そう思ったきっかけは……
「ごめん、待ったか?」
当麻が、あたしの肩を軽く叩いた。彼の爽やかな笑顔に、あたしも自然に顔が綻ぶ。
「さっき来たばっかりだよ」
と答える。
「行こうぜ」
当麻はあたしの左手を握ると、校門の外へと向かった。
たまに、当麻はカレーを作ってくれる。具材は、その日行ったスーパーの安売りしていたもので決める。そんな時私は、当麻の部屋でのんびり寛いでいれば良いのだ。一度、手伝おうとして彼のプライドを傷つけてしまった事がある。時には彼に任せて何もしない事。甘えても良いのだと言う事を学んだ。
待ち合わせは、学部の正門の入口付近の銀杏の木の下だ。
『あ、見て?当麻君の彼女…』
『意外よね。彼ならもっと…』
『シーッ』
あたしに気付いた女子達が、コソコソ囁き合っていく。もちろん、全員の女子がそうではない。たいていは皆、校門を出た後の自分の予定に思いが向かうものだ。
教室で倒れてから、気付いたら病室だった。目を開けたら、当麻の心配そうな顔。その後ろに、見知らぬ男性に付き添われている咲喜が、目を真っ赤にして見つめていた。
「菜々、良かった」
当麻はあたしの頭を撫でると、ベッドの上に備えられているナースコールを押した。
「良かった。菜々子…」
男性に支えられながら、咲喜が近づく。目にいっぱい涙が溢れていた。
……びっくりさせちゃったな……
「ご…め…」
「しゃべるな。大丈夫だから」
とやんわり当麻に止められ、初めて自分が酸素マスクをしている事に気付いた。すぐに医師と看護士がやってきた。それにしても、意識を失ったのは初だ。大発作だったらしい。何かショックな事があったのかな?と優しく医師は聞いてきた。医師によれば、少し無理をし過ぎて体が疲れていた事も影響していた、との事だった。結局、二日ほど入院した。
発作が無いときは、至って健康で元気。端からみたらわからない。喘息の特徴だ。退院して間もなく、学校のお手洗いで女子達のこんな会話を耳にした。
『当麻君の彼女、ちょっと髪が綺麗で目が印象的なだけじゃん。絶対病弱を装って気を引いてるとみた』
『あたしもそれ感じた。この前救急車で運ばれたって』
ショックだった。
『そう言うのさ、見抜けない男多くない?』
『あ、分かる。バカだよね。でもさ、当麻君はそう言うの、見抜けそうだったのにさ』
『ねー、残念』
ショックだった。けれども、あたしは病弱を装ってなどいない。何より当麻まで貶められるのは不愉快だ。だからあたしは堂々と、トイレから出た。そして笑顔を作る。ビックリしてあたふたしている彼女達を尻目に。笑顔で彼女達に会釈し、手を洗いバッグの中からハンカチを出し、手を拭く。殊更、ゆっくりと。そして笑顔で彼女達に会釈して、トイレを出た。あたふた慌ててパニックになっている可愛い女の子二人。なんだか滑稽だった。
あたしは、何も悪い事はしていない。だから堂々としていれば良い。けれども、今みたいに思っている人は沢山いるだろう。そんな風に思われてしまう当麻に、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
誰もが、当麻の彼女だ、と納得するような女の子。
……萌恵……
そこまで考えると、いつも思い浮かぶ。萌恵なら、儚げな美少女だし。病弱でも納得するだろう。我ながら、暗くてウジウジした女だ。本当は、当麻と腹を割って話し合えば良いのだ。また、そうすべきなのだ。けれども、出来なかった。あたしの心情を吐露しても、きっと当麻は否定する。そして安心させようとする。それでもあたしは、信じ切れない。その終わりなきループに、当麻を巻き込みたくなかった。
…ザザー…ザブン…ザサー…ザブン…
潮騒のメロディに乗せて浄化してもそれは多分一時的なもの。これはきっと、あたし自身の問題だ。そう思ったきっかけは……
「ごめん、待ったか?」
当麻が、あたしの肩を軽く叩いた。彼の爽やかな笑顔に、あたしも自然に顔が綻ぶ。
「さっき来たばっかりだよ」
と答える。
「行こうぜ」
当麻はあたしの左手を握ると、校門の外へと向かった。
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