上 下
11 / 37
第十話

海開き

しおりを挟む
 夕方6時半を過ぎたのに、外はまだ明るい。海開きの日だ。あたしは部活を終え、空を見上げた。オレンジ色に染まる空は、朝焼けの茜色とよく似ている太陽が沈むか、昇るかの違いで。そこに何かの意味を見出すのは人間だけだ。今日は祝日。これから当麻と待ち合わせだ。一緒に食材を買って、当麻の家で食べるのだ。今日は当麻が、カレーを作ってくれるらしい。
 
 たまに、当麻はカレーを作ってくれる。具材は、その日行ったスーパーの安売りしていたもので決める。そんな時私は、当麻の部屋でのんびり寛いでいれば良いのだ。一度、手伝おうとして彼のプライドを傷つけてしまった事がある。時には彼に任せて何もしない事。甘えても良いのだと言う事を学んだ。

 待ち合わせは、学部の正門の入口付近の銀杏の木の下だ。

『あ、見て?当麻君の彼女…』
『意外よね。彼ならもっと…』 
『シーッ』

 あたしに気付いた女子達が、コソコソ囁き合っていく。もちろん、全員の女子がそうではない。たいていは皆、校門を出た後の自分の予定に思いが向かうものだ。

 教室で倒れてから、気付いたら病室だった。目を開けたら、当麻の心配そうな顔。その後ろに、見知らぬ男性に付き添われている咲喜が、目を真っ赤にして見つめていた。

「菜々、良かった」

 当麻はあたしの頭を撫でると、ベッドの上に備えられているナースコールを押した。

「良かった。菜々子…」

 男性に支えられながら、咲喜が近づく。目にいっぱい涙が溢れていた。

……びっくりさせちゃったな……

「ご…め…」
「しゃべるな。大丈夫だから」

 とやんわり当麻に止められ、初めて自分が酸素マスクをしている事に気付いた。すぐに医師と看護士がやってきた。それにしても、意識を失ったのは初だ。大発作だったらしい。何かショックな事があったのかな?と優しく医師は聞いてきた。医師によれば、少し無理をし過ぎて体が疲れていた事も影響していた、との事だった。結局、二日ほど入院した。

 発作が無いときは、至って健康で元気。端からみたらわからない。喘息の特徴だ。退院して間もなく、学校のお手洗いで女子達のこんな会話を耳にした。

『当麻君の彼女、ちょっと髪が綺麗で目が印象的なだけじゃん。絶対病弱を装って気を引いてるとみた』
『あたしもそれ感じた。この前救急車で運ばれたって』

 ショックだった。

『そう言うのさ、見抜けない男多くない?』
『あ、分かる。バカだよね。でもさ、当麻君はそう言うの、見抜けそうだったのにさ』
『ねー、残念』

 ショックだった。けれども、あたしは病弱を装ってなどいない。何より当麻まで貶められるのは不愉快だ。だからあたしは堂々と、トイレから出た。そして笑顔を作る。ビックリしてあたふたしている彼女達を尻目に。笑顔で彼女達に会釈し、手を洗いバッグの中からハンカチを出し、手を拭く。殊更、ゆっくりと。そして笑顔で彼女達に会釈して、トイレを出た。あたふた慌ててパニックになっている可愛い女の子二人。なんだか滑稽だった。

 あたしは、何も悪い事はしていない。だから堂々としていれば良い。けれども、今みたいに思っている人は沢山いるだろう。そんな風に思われてしまう当麻に、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 誰もが、当麻の彼女だ、と納得するような女の子。

……萌恵……

 そこまで考えると、いつも思い浮かぶ。萌恵なら、儚げな美少女だし。病弱でも納得するだろう。我ながら、暗くてウジウジした女だ。本当は、当麻と腹を割って話し合えば良いのだ。また、そうすべきなのだ。けれども、出来なかった。あたしの心情を吐露しても、きっと当麻は否定する。そして安心させようとする。それでもあたしは、信じ切れない。その終わりなきループに、当麻を巻き込みたくなかった。

…ザザー…ザブン…ザサー…ザブン…

 潮騒のメロディに乗せて浄化してもそれは多分一時的なもの。これはきっと、あたし自身の問題だ。そう思ったきっかけは……

「ごめん、待ったか?」

 当麻が、あたしの肩を軽く叩いた。彼の爽やかな笑顔に、あたしも自然に顔が綻ぶ。

「さっき来たばっかりだよ」

 と答える。

「行こうぜ」

 当麻はあたしの左手を握ると、校門の外へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

善意一〇〇%の金髪ギャル~彼女を交通事故から救ったら感謝とか同情とか罪悪感を抱えられ俺にかまってくるようになりました~

みずがめ
青春
高校入学前、俺は車に撥ねられそうになっている女性を助けた。そこまではよかったけど、代わりに俺が交通事故に遭ってしまい入院するはめになった。 入学式当日。未だに入院中の俺は高校生活のスタートダッシュに失敗したと落ち込む。 そこへ現れたのは縁もゆかりもないと思っていた金髪ギャルであった。しかし彼女こそ俺が事故から助けた少女だったのだ。 「助けてくれた、お礼……したいし」 苦手な金髪ギャルだろうが、恥じらう乙女の前に健全な男子が逆らえるわけがなかった。 こうして始まった俺と金髪ギャルの関係は、なんやかんやあって(本編にて)ハッピーエンドへと向かっていくのであった。 表紙絵は、あっきコタロウさんのフリーイラストです。

何でも出来る親友がいつも隣にいるから俺は恋愛が出来ない

釧路太郎
青春
 俺の親友の鬼仏院右近は顔も良くて身長も高く実家も金持ちでおまけに性格も良い。  それに比べて俺は身長も普通で金もあるわけではなく、性格も良いとは言えない。  勉強も運動も何でも出来る鬼仏院右近は大学生になっても今までと変わらずモテているし、高校時代に比べても言い寄ってくる女の数は増えているのだ。  その言い寄ってくる女の中に俺が小学生の時からずっと好きな桜唯菜ちゃんもいるのだけれど、俺に気を使ってなのか鬼仏院右近は桜唯菜ちゃんとだけは付き合う事が無かったのだ。  鬼仏院右近と親友と言うだけで優しくしてくれる人も多くいるのだけれど、ちょっと話すだけで俺と距離をあける人間が多いのは俺の性格が悪いからだと鬼仏院右近はハッキリというのだ。そんな事を言う鬼仏院右近も性格が悪いと思うのだけれど、こいつは俺以外には優しく親切な態度を崩さない。  そんな中でもなぜか俺と話をしてくれる女性が二人いるのだけれど、鵜崎唯は重度の拗らせ女子でさすがの俺も付き合いを考えてしまうほどなのだ。だが、そんな鵜崎唯はおそらく世界で数少ない俺に好意を向けてくれている女性なのだ。俺はその気持ちに応えるつもりはないのだけれど、鵜崎唯以上に俺の事を好きになってくれる人なんていないという事は薄々感じてはいる。  俺と話をしてくれるもう一人の女性は髑髏沼愛華という女だ。こいつはなぜか俺が近くにいれば暴言を吐いてくるような女でそこまで嫌われるような事をしてしまったのかと反省してしまう事もあったのだけれど、その理由は誰が聞いても教えてくれることが無かった。  完璧超人の親友と俺の事を好きな拗らせ女子と俺の事を憎んでいる女性が近くにいるお陰で俺は恋愛が出来ないのだ。  恋愛が出来ないのは俺の性格に問題があるのではなく、こいつらがいつも近くにいるからなのだ。そう思うしかない。  俺に原因があるなんて思ってしまうと、今までの人生をすべて否定する事になってしまいかねないのだ。  いつか俺が唯菜ちゃんと付き合えるようになることを夢見ているのだが、大学生活も残りわずかとなっているし、来年からはいよいよ就職活動も始まってしまう。俺に残された時間は本当に残りわずかしかないのだ。 この作品は「小説家になろう」「ノベルアッププラス」「カクヨム」「ノベルピア」にも投稿しています。

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

One-sided

月ヶ瀬 杏
青春
高校一年生の 唯葉は、ひとつ上の先輩・梁井碧斗と付き合っている。 一ヶ月前、どんなに可愛い女の子に告白されても断ってしまうという噂の梁井に玉砕覚悟で告白し、何故か彼女にしてもらうことができたのだ。 告白にオッケーの返事をもらえたことで浮かれる唯葉だが、しばらくして、梁井が唯葉の告白を受け入れた本当の理由に気付いてしまう。

スカートなんて履きたくない

もちっぱち
青春
齋藤咲夜(さいとうさや)は、坂本翼(さかもとつばさ)と一緒に 高校の文化祭を楽しんでいた。 イケメン男子っぽい女子の同級生の悠(はるか)との関係が友達よりさらにどんどん近づくハラハラドキドキのストーリーになっています。 女友達との関係が主として描いてます。 百合小説です ガールズラブが苦手な方は ご遠慮ください 表紙イラスト:ノノメ様

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

きみにふれたい

広茂実理
青春
高校の入学式の日に、イケメンの男子高校生から告白されたさくら。 まるで少女漫画のようなときめく出会いはしかし、さくらには当てはまらなくて――? 嘘から始まる学校生活は、夢のように煌いた青春と名付けるに相応しい日々の連続。 しかしさくらが失った記憶に隠された真実と、少年の心に潜む暗闇が、そんな日々を次第に壊していく。 最初から叶うはずのない恋とわかっているのに、止められない気持ち。 悩み抜いた二人が選んだ、結末とは―― 学園x青春xシリアスxラブストーリー

処理中です...