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第五話
荒南風~あらはえ~
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雨が降る。紫陽花が、雨に映えて艶めかしい。どんよりと湿った空気が体中に纏わりつく。
ライフセービング部は、この時期体育館で筋力トレーニングが増える。たまに、外で雨に濡れてトレーニングもあるが。その後は室内プールへと移動していく。だから、必然的にバスケ部と顔を合わせる機会が増える。ライフセービングのマネージャー二人を始めとした女子部員の、視線が怖い……。
最初は自意識過剰、気のせいだと思っていた。だけど……
「よほど、気になるんだねぇ。彼女達は」
そう話しかけて来たのは、同じバスケ部の二年生、玉岡樹先輩だ。やっぱり、自意識過剰の気のせいでは無かったのか、と少し安心したけれども、モヤモヤが燻る。あたしはどう反応したら良いのか分からず、取りあえず微笑んで見せた。
「当麻君の彼女である相沢さんが、気になって仕方無いんだろうね」
あたしの気持ちを代弁するかのように、先輩はそう言って困ったように笑った。そしてすぐに1対1の練習に戻って行く。玉岡先輩は、入部当初から事あるごとに話しかけて来てくれた。男女を問わず誰にでも親切で優しい先輩だ。色白でも色黒でもない中間的な肌の色、細身で筋肉質の高身長。黒褐色の短髪に、アーモンド型の優しい目をした美形だ。この先輩もモテる。現在フリーらしいから、秘かに狙っている女子も少なく無いようだ。
有り難い事に、玉岡先輩だけでなく、男女共に部員はあたしに親切だった。それは顧問が、体育会系特有の理不尽な上下関係を許さない主義でそれを部員に徹底してきた、という背景もあると思う。今までマネージャーと言う存在がなかったから、とても貴重な存在らしい。今までは、顧問と部員が交代交代でマネージャー的な役割をしてきたらしいのだ。お陰で、生まれて初めて…「自分はここに居て良いんだ!」と心から感じている。非常に有り難い事だ。だから出来得る限り最善を尽くして行きたい、と思う。
そしてもう一人、あたしにとってとても安らぐ存在が出来た。
「お待たせ!」
部活が終わった後、部室のシャワーを浴び、待ち合わせ場所へと急いだ。待ち合わせ時間は夕方6時半。大学の正門を出て右へ直進。徒歩3分ほどの場所にあるファミレスだ。今日は土曜日。部活が通常より二時間も早く終わる日だ。
「お疲れ様」
笑顔で迎えてくれたのは、アイス紅茶を飲みながらあたしを待っていたクラスメイト、磯村咲喜だ。彼女とは入学式のオリエンテーションで何となく話すようになった。それから日々ちょこちょこ話すようになって。今では一緒にランチをしたり。土曜日は定期的に夕食を食べたりしている。今ではもう、すっかり気の置けない仲だ。
咲喜は、笑顔とショートカットがよく似合う。くりくりした大きな茶色い目が生き生きと輝く、とてもキュートな子だ。小柄で細身、少し日焼けした肌。それらが見るからに彼女の真っ直ぐさ、快活さを示している。彼女はラクロス部に所属している。彼女に言わせると、週3しか無くて2時間で終わる、ゆるゆるな部活なのだそうだ。女子しか居ないが、部内もアットホームで、合コンなんかもよく開催しているそうだ。そんな彼女には、4つ年上の社会人の彼がいる。仲良しだった子のお兄さんなんだそう。付き合い始めたのは高2の時らしい。
咲喜には二人の妹がいる。ふと、前から疑問に思っていた事を彼女に聞いてみた。
「えー? それはちょっと行き過ぎかも。小学生ならともかく」
咲喜は考えながら慎重に、質問に答えてくれた。
…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…
頭に海が浮かび、地球の鼓動が聞こえてくる。
「うちの妹は上が高1、下が中1だけど、私の彼に抱き付いたりとかは、無いなぁ。一概には言えないけど、ちょっと行き過ぎてるような気がする……」
咲喜は気遣わしげに、あたしを見つめる。更に、言いにくそうに口を開く
…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…
胸がザワつく。
「昔からお互いの連絡先を、知っていたならともかく。今になって二人でLINERしたがったり、とか。妹さん、その……菜々の彼の事……」
咲喜は言葉を濁し、
「……ごめん、イタズラに心配させるような事言いたく無いんだけど。その件について彼としっかり話し合った方が良いと思う」
と締め括った。
…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…
咲喜が、精いっぱいあたしの事を考えて言ってくれるのが伝わる。
「有難う。そうだよね、やっぱり」
と笑顔で答えた。
『お待たせ致しました!』
ウェイトレスのお姉さんが、注文の品を持ってきた。
「こういうの、早い方が良いと思うから」
と咲喜は笑顔でまとめた。
…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…
咲喜のアドバイスは、気づきながらも敢えて気づかないふりをしてきたモヤモヤを、見事に目に見える形に変えてくれた。
…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…
そのモヤモヤ。胸を巣食うざわめきは……『疑念』『不信感』それは、萌恵にだけではなく、当麻にも対しても……。
…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…
海が見たくなった。本物の海を。外は雨が降り続く。少し強めの風が吹いてきた。荒南風だ。
雨はまだ、止まない。ひたすら降り続ける。
ライフセービング部は、この時期体育館で筋力トレーニングが増える。たまに、外で雨に濡れてトレーニングもあるが。その後は室内プールへと移動していく。だから、必然的にバスケ部と顔を合わせる機会が増える。ライフセービングのマネージャー二人を始めとした女子部員の、視線が怖い……。
最初は自意識過剰、気のせいだと思っていた。だけど……
「よほど、気になるんだねぇ。彼女達は」
そう話しかけて来たのは、同じバスケ部の二年生、玉岡樹先輩だ。やっぱり、自意識過剰の気のせいでは無かったのか、と少し安心したけれども、モヤモヤが燻る。あたしはどう反応したら良いのか分からず、取りあえず微笑んで見せた。
「当麻君の彼女である相沢さんが、気になって仕方無いんだろうね」
あたしの気持ちを代弁するかのように、先輩はそう言って困ったように笑った。そしてすぐに1対1の練習に戻って行く。玉岡先輩は、入部当初から事あるごとに話しかけて来てくれた。男女を問わず誰にでも親切で優しい先輩だ。色白でも色黒でもない中間的な肌の色、細身で筋肉質の高身長。黒褐色の短髪に、アーモンド型の優しい目をした美形だ。この先輩もモテる。現在フリーらしいから、秘かに狙っている女子も少なく無いようだ。
有り難い事に、玉岡先輩だけでなく、男女共に部員はあたしに親切だった。それは顧問が、体育会系特有の理不尽な上下関係を許さない主義でそれを部員に徹底してきた、という背景もあると思う。今までマネージャーと言う存在がなかったから、とても貴重な存在らしい。今までは、顧問と部員が交代交代でマネージャー的な役割をしてきたらしいのだ。お陰で、生まれて初めて…「自分はここに居て良いんだ!」と心から感じている。非常に有り難い事だ。だから出来得る限り最善を尽くして行きたい、と思う。
そしてもう一人、あたしにとってとても安らぐ存在が出来た。
「お待たせ!」
部活が終わった後、部室のシャワーを浴び、待ち合わせ場所へと急いだ。待ち合わせ時間は夕方6時半。大学の正門を出て右へ直進。徒歩3分ほどの場所にあるファミレスだ。今日は土曜日。部活が通常より二時間も早く終わる日だ。
「お疲れ様」
笑顔で迎えてくれたのは、アイス紅茶を飲みながらあたしを待っていたクラスメイト、磯村咲喜だ。彼女とは入学式のオリエンテーションで何となく話すようになった。それから日々ちょこちょこ話すようになって。今では一緒にランチをしたり。土曜日は定期的に夕食を食べたりしている。今ではもう、すっかり気の置けない仲だ。
咲喜は、笑顔とショートカットがよく似合う。くりくりした大きな茶色い目が生き生きと輝く、とてもキュートな子だ。小柄で細身、少し日焼けした肌。それらが見るからに彼女の真っ直ぐさ、快活さを示している。彼女はラクロス部に所属している。彼女に言わせると、週3しか無くて2時間で終わる、ゆるゆるな部活なのだそうだ。女子しか居ないが、部内もアットホームで、合コンなんかもよく開催しているそうだ。そんな彼女には、4つ年上の社会人の彼がいる。仲良しだった子のお兄さんなんだそう。付き合い始めたのは高2の時らしい。
咲喜には二人の妹がいる。ふと、前から疑問に思っていた事を彼女に聞いてみた。
「えー? それはちょっと行き過ぎかも。小学生ならともかく」
咲喜は考えながら慎重に、質問に答えてくれた。
…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…
頭に海が浮かび、地球の鼓動が聞こえてくる。
「うちの妹は上が高1、下が中1だけど、私の彼に抱き付いたりとかは、無いなぁ。一概には言えないけど、ちょっと行き過ぎてるような気がする……」
咲喜は気遣わしげに、あたしを見つめる。更に、言いにくそうに口を開く
…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…
胸がザワつく。
「昔からお互いの連絡先を、知っていたならともかく。今になって二人でLINERしたがったり、とか。妹さん、その……菜々の彼の事……」
咲喜は言葉を濁し、
「……ごめん、イタズラに心配させるような事言いたく無いんだけど。その件について彼としっかり話し合った方が良いと思う」
と締め括った。
…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…
咲喜が、精いっぱいあたしの事を考えて言ってくれるのが伝わる。
「有難う。そうだよね、やっぱり」
と笑顔で答えた。
『お待たせ致しました!』
ウェイトレスのお姉さんが、注文の品を持ってきた。
「こういうの、早い方が良いと思うから」
と咲喜は笑顔でまとめた。
…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…
咲喜のアドバイスは、気づきながらも敢えて気づかないふりをしてきたモヤモヤを、見事に目に見える形に変えてくれた。
…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…
そのモヤモヤ。胸を巣食うざわめきは……『疑念』『不信感』それは、萌恵にだけではなく、当麻にも対しても……。
…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…
海が見たくなった。本物の海を。外は雨が降り続く。少し強めの風が吹いてきた。荒南風だ。
雨はまだ、止まない。ひたすら降り続ける。
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