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第七話
戸惑い
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つい先ほどまで和やかな雰囲気でお茶を楽しんでいたのに、今は戸惑いと居心地の悪さに場が支配されている。その話題を切り出すかどうか迷うところではあったが、タイミングは今だと直感が告げた。何故なら、祖父母もその話題に触れようかギリギリまで迷っているようだったから。
その前に、話をほんの少しだけ遡ってみよう。
祖母ジョアンナ・リリーは母親とよく似ていた。波打つアッシュ系ブロンドの髪、ブルーグレーの瞳、儚げな美しさ。母親が年を重ねたら確実にそうなるだろうという姿だった。親し気に声をかけてくれた。そのせいか、大して緊張せずに会話を交わす事が出来た。ベージュ色のシンプルなワンピースがよく似合っていた。
勿論それだけではないが、第一印象は非常に大切だ。
「お世話になります。初めまして、ルアナ・ノーラの娘ミルティア・フェリシティーです」
と頭を下げ、淡く微笑んだ。何度も練習した成果が発揮され、台詞は滞りなく流れ出てくれた。真面目過ぎても砕けすぎても宜しくないから匙加減に悩んだが、案ずるより産むが易し。昔の人とは上手い事を言ったものだと思う。第一印象で好印象を抱かせる、これは母が私を上手に育てている証拠でもあると思うから、最初の挨拶はとりわけ重要だと思うのだ。
「あらあら、礼儀正しいのね。そんなに緊張しなくて大丈夫だからね」
春の風のように柔らかな声質も、母親に似ている。祖母に誘導されてロータリーを歩いて行くと、親し気な笑みを浮かべた年嵩の紳士が「よく来てくれたね」と声をかけてきた。驚くほど姿勢がよく、細身のグレーのスーツを品よく着こなしていた。少し白いものが混じった濃いグレーの髪と端正な顔立ち。冷たく見えるくらい整った顔立ちなのに、驚くほどやさし気な栗色の瞳。思わず、若い頃は相当モテただろうな、と下世話な事を考えてしまった。目元や顔立ちの雰囲気は母親に似ていた。
「こうして会うのは初めてだね。会えるのを楽しみにしていたんだよ」
心地よく響く声は円熟した音色を奏でるチェロのようだ。この夫婦は互いに愛情と思いやりという確かな絆で結ばれた夫婦なのだろう。人の裏を見る癖がついている私の本能に近い直感が告げた。祖父のロバート・ヒュースクリクだ。背後には煙水晶製の魔法石で作られた魔術自動車が控えていた。
助手席に祖母が乗り、私は後部座席に乗り込む。滑るように走り出す車の中で、窓の外を見る。帝国の象徴である光の花壇やら、建国の立役者「光の大帝」とうやらの銅像もたた目に映し出されるだけで通り過ぎて行く。興味を惹かないというよりも、無意識に緊張しているのだろう。心なしか、鼓動も少し早いような気がする。穏やかで優しそうな祖父母だとは言っても、初対面で打ち解けられるほどコミュニケーション能力は私には無い。そもそも人付き合いは苦手分野なのだ。その私がよく健闘しているではないか、と自画自賛しておこう。己を鼓舞する為だ、母親の為にも、祖父母には好印象を抱いて欲しい。お二人が私に抱く好感度で、今後の母親との距離が決まると言っても過言ではないのだから。
少なくとも、二週間は帝国に滞在するのだ。景色の見どころはじっくりと観賞する機会はいくらでもある。……おっと、笑顔を忘れたらいけない。嬉しそうに口角を上げておかないと。
10分ほどで邸宅に付いた。周りには住宅地もなく、高原の別荘という立地だ。深窓の令嬢のお屋敷にあるような白い門が、広大な庭園を含めた邸をぐるりと囲んでいる。屈強な門番が二人待機しており、私たちが車を降りる前に門が開けられ、どこから見ていたのか黒のスーツに身を包んだ青年三人が、転がり出るようにして車の前に出て来た。素早く後部座席、運転側、助手席側と待機し、一礼して車のドアを開けてくれた。いつの間にか、門の中には侍女のお仕着せ姿、黒のスーツ姿の男女が花道を作るようにして立ち並んでいる。十二人ほどだろうか。
「「「「お帰りなさいませ、ご主人様、奥様」」」」
「「「「ようこそおいでくださいました、お嬢様」」」
門に足を踏み入れるなり、使用人一同が一斉に頭を下げ声も揃えて挨拶するものだから少し驚いてしまった。英国式庭園内には噴水まであって、いささか場違い館が拭えない。
……母親って本当に深窓の御令嬢だったんだなぁ……
と妙に感心してしまった。お屋敷の外観は、白い壁に瑠璃色の屋根仕様。まるで『赤毛のアン』のヒロインが夢想する御令嬢が済む邸宅を連想させる。邸を守るようにして植えられている林檎の木も、赤毛のアンの世界を連想させる。
邸内は予想通り広くて。実際には利用した事はないけれども、映像で見た高級ホテルのスイート仕様のようだった。それと、メイドさんのお仕着せが可愛い。疲れているだろうから、とすぐに部屋に案内された。
「うわぁ……」
年若くて可愛らしいメイドさんに案内された部屋は、母が若いころに使っていたものだそうだ。気を利かせてメイドさんが部屋を出て行くなり、感嘆の声を漏らした。
「御伽話のお姫様のお部屋って、こんな感じかな?」
誰に問うともなしに、自然と声が出る。我が家の十倍があろうかと思われる広い部屋。白い天井には豪華なシャンデリア。ミントグリーンのカーペットに薔薇細工が施されたお洒落ば白い家具。ガラス製のテーブルにクリーム色のソファ。広い窓には白いレースと桃色のカーテン。そして広々としたベッドは天蓋付きだ。増加の藤の花と弦がカーテン替わりになっている。
ソファに腰をおろして少しゆっくりしていると、迎えに来たメイドさんに案内されて庭園に出た。典型的な英国式ガーデンだ。白い妖精の像が三体戯れている噴水が素敵だ。ガゼボで祖父母が待っており、私が席に着くとすぐにメイドさんたちの手により、紅茶と美味しそうなスイーツが数種類用意された。
そんな感じを経て、話は冒頭に戻る。
祖父母に尋ねられるまま、学園の事や部活動の事などの会話をした。いつの間にか、肩の力が抜けていた。和やかになって会話が一区切りついたところで、コホンと咳払いをする祖父。
「……ところでその、私たちに何か聞きたい事はないかね?」
僅かに戸惑いながらそう問いかける祖父に、
「疑問に感じた事は早めに解決した方がすっきりすると思うから、遠慮なく聞いてね? あ! 特に何もなければその都度聞いてくれたら良いのよ?」
少し慌てたように、けれども気遣うように話の後を継ぐ祖母。ピンと来た。浮気クズ男の事を言っているのだ。確かに言い出すのは勇気がいるが、明後日魔塔見学に行く前には聞いておきたい。
気まずい沈黙が場を支配した。
その前に、話をほんの少しだけ遡ってみよう。
祖母ジョアンナ・リリーは母親とよく似ていた。波打つアッシュ系ブロンドの髪、ブルーグレーの瞳、儚げな美しさ。母親が年を重ねたら確実にそうなるだろうという姿だった。親し気に声をかけてくれた。そのせいか、大して緊張せずに会話を交わす事が出来た。ベージュ色のシンプルなワンピースがよく似合っていた。
勿論それだけではないが、第一印象は非常に大切だ。
「お世話になります。初めまして、ルアナ・ノーラの娘ミルティア・フェリシティーです」
と頭を下げ、淡く微笑んだ。何度も練習した成果が発揮され、台詞は滞りなく流れ出てくれた。真面目過ぎても砕けすぎても宜しくないから匙加減に悩んだが、案ずるより産むが易し。昔の人とは上手い事を言ったものだと思う。第一印象で好印象を抱かせる、これは母が私を上手に育てている証拠でもあると思うから、最初の挨拶はとりわけ重要だと思うのだ。
「あらあら、礼儀正しいのね。そんなに緊張しなくて大丈夫だからね」
春の風のように柔らかな声質も、母親に似ている。祖母に誘導されてロータリーを歩いて行くと、親し気な笑みを浮かべた年嵩の紳士が「よく来てくれたね」と声をかけてきた。驚くほど姿勢がよく、細身のグレーのスーツを品よく着こなしていた。少し白いものが混じった濃いグレーの髪と端正な顔立ち。冷たく見えるくらい整った顔立ちなのに、驚くほどやさし気な栗色の瞳。思わず、若い頃は相当モテただろうな、と下世話な事を考えてしまった。目元や顔立ちの雰囲気は母親に似ていた。
「こうして会うのは初めてだね。会えるのを楽しみにしていたんだよ」
心地よく響く声は円熟した音色を奏でるチェロのようだ。この夫婦は互いに愛情と思いやりという確かな絆で結ばれた夫婦なのだろう。人の裏を見る癖がついている私の本能に近い直感が告げた。祖父のロバート・ヒュースクリクだ。背後には煙水晶製の魔法石で作られた魔術自動車が控えていた。
助手席に祖母が乗り、私は後部座席に乗り込む。滑るように走り出す車の中で、窓の外を見る。帝国の象徴である光の花壇やら、建国の立役者「光の大帝」とうやらの銅像もたた目に映し出されるだけで通り過ぎて行く。興味を惹かないというよりも、無意識に緊張しているのだろう。心なしか、鼓動も少し早いような気がする。穏やかで優しそうな祖父母だとは言っても、初対面で打ち解けられるほどコミュニケーション能力は私には無い。そもそも人付き合いは苦手分野なのだ。その私がよく健闘しているではないか、と自画自賛しておこう。己を鼓舞する為だ、母親の為にも、祖父母には好印象を抱いて欲しい。お二人が私に抱く好感度で、今後の母親との距離が決まると言っても過言ではないのだから。
少なくとも、二週間は帝国に滞在するのだ。景色の見どころはじっくりと観賞する機会はいくらでもある。……おっと、笑顔を忘れたらいけない。嬉しそうに口角を上げておかないと。
10分ほどで邸宅に付いた。周りには住宅地もなく、高原の別荘という立地だ。深窓の令嬢のお屋敷にあるような白い門が、広大な庭園を含めた邸をぐるりと囲んでいる。屈強な門番が二人待機しており、私たちが車を降りる前に門が開けられ、どこから見ていたのか黒のスーツに身を包んだ青年三人が、転がり出るようにして車の前に出て来た。素早く後部座席、運転側、助手席側と待機し、一礼して車のドアを開けてくれた。いつの間にか、門の中には侍女のお仕着せ姿、黒のスーツ姿の男女が花道を作るようにして立ち並んでいる。十二人ほどだろうか。
「「「「お帰りなさいませ、ご主人様、奥様」」」」
「「「「ようこそおいでくださいました、お嬢様」」」
門に足を踏み入れるなり、使用人一同が一斉に頭を下げ声も揃えて挨拶するものだから少し驚いてしまった。英国式庭園内には噴水まであって、いささか場違い館が拭えない。
……母親って本当に深窓の御令嬢だったんだなぁ……
と妙に感心してしまった。お屋敷の外観は、白い壁に瑠璃色の屋根仕様。まるで『赤毛のアン』のヒロインが夢想する御令嬢が済む邸宅を連想させる。邸を守るようにして植えられている林檎の木も、赤毛のアンの世界を連想させる。
邸内は予想通り広くて。実際には利用した事はないけれども、映像で見た高級ホテルのスイート仕様のようだった。それと、メイドさんのお仕着せが可愛い。疲れているだろうから、とすぐに部屋に案内された。
「うわぁ……」
年若くて可愛らしいメイドさんに案内された部屋は、母が若いころに使っていたものだそうだ。気を利かせてメイドさんが部屋を出て行くなり、感嘆の声を漏らした。
「御伽話のお姫様のお部屋って、こんな感じかな?」
誰に問うともなしに、自然と声が出る。我が家の十倍があろうかと思われる広い部屋。白い天井には豪華なシャンデリア。ミントグリーンのカーペットに薔薇細工が施されたお洒落ば白い家具。ガラス製のテーブルにクリーム色のソファ。広い窓には白いレースと桃色のカーテン。そして広々としたベッドは天蓋付きだ。増加の藤の花と弦がカーテン替わりになっている。
ソファに腰をおろして少しゆっくりしていると、迎えに来たメイドさんに案内されて庭園に出た。典型的な英国式ガーデンだ。白い妖精の像が三体戯れている噴水が素敵だ。ガゼボで祖父母が待っており、私が席に着くとすぐにメイドさんたちの手により、紅茶と美味しそうなスイーツが数種類用意された。
そんな感じを経て、話は冒頭に戻る。
祖父母に尋ねられるまま、学園の事や部活動の事などの会話をした。いつの間にか、肩の力が抜けていた。和やかになって会話が一区切りついたところで、コホンと咳払いをする祖父。
「……ところでその、私たちに何か聞きたい事はないかね?」
僅かに戸惑いながらそう問いかける祖父に、
「疑問に感じた事は早めに解決した方がすっきりすると思うから、遠慮なく聞いてね? あ! 特に何もなければその都度聞いてくれたら良いのよ?」
少し慌てたように、けれども気遣うように話の後を継ぐ祖母。ピンと来た。浮気クズ男の事を言っているのだ。確かに言い出すのは勇気がいるが、明後日魔塔見学に行く前には聞いておきたい。
気まずい沈黙が場を支配した。
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