【銀梅花の咲く庭で】~秋扇の蕾~

大和撫子

文字の大きさ
上 下
15 / 16
第七話

戸惑い

しおりを挟む
 つい先ほどまで和やかな雰囲気でお茶を楽しんでいたのに、今は戸惑いと居心地の悪さに場が支配されている。を切り出すかどうか迷うところではあったが、タイミングは今だと直感が告げた。何故なら、祖父母もに触れようかギリギリまで迷っているようだったから。

 その前に、話をほんの少しだけ遡ってみよう。


 祖母ジョアンナ・リリーは母親とよく似ていた。波打つアッシュ系ブロンドの髪、ブルーグレーの瞳、儚げな美しさ。母親が年を重ねたら確実にそうなるだろうという姿だった。親し気に声をかけてくれた。そのせいか、大して緊張せずに会話を交わす事が出来た。ベージュ色のシンプルなワンピースがよく似合っていた。

 勿論それだけではないが、第一印象は非常に大切だ。

「お世話になります。初めまして、ルアナ・ノーラの娘ミルティア・フェリシティーです」

 と頭を下げ、淡く微笑んだ。何度も練習した成果が発揮され、台詞は滞りなく流れ出てくれた。真面目過ぎても砕けすぎても宜しくないから匙加減に悩んだが、案ずるより産むが易し。昔の人とは上手い事を言ったものだと思う。第一印象で好印象を抱かせる、これは母が私を上手に育てている証拠でもあると思うから、最初の挨拶はとりわけ重要だと思うのだ。

「あらあら、礼儀正しいのね。そんなに緊張しなくて大丈夫だからね」

 春の風のように柔らかな声質も、母親に似ている。祖母に誘導されてロータリーを歩いて行くと、親し気な笑みを浮かべた年嵩の紳士が「よく来てくれたね」と声をかけてきた。驚くほど姿勢がよく、細身のグレーのスーツを品よく着こなしていた。少し白いものが混じった濃いグレーの髪と端正な顔立ち。冷たく見えるくらい整った顔立ちなのに、驚くほどやさし気な栗色の瞳。思わず、若い頃は相当モテただろうな、と下世話な事を考えてしまった。目元や顔立ちの雰囲気は母親に似ていた。

 「こうして会うのは初めてだね。会えるのを楽しみにしていたんだよ」

心地よく響く声は円熟した音色を奏でるチェロのようだ。この夫婦は互いに愛情と思いやりという確かな絆で結ばれた夫婦なのだろう。人の裏を見る癖がついている私の本能に近い直感が告げた。祖父のロバート・ヒュースクリクだ。背後には煙水晶スモーキークォーツ製の魔法石で作られた魔術自動車が控えていた。

 助手席に祖母が乗り、私は後部座席に乗り込む。滑るように走り出す車の中で、窓の外を見る。帝国の象徴である光の花壇やら、建国の立役者「光の大帝」とうやらの銅像もたた目に映し出されるだけで通り過ぎて行く。興味を惹かないというよりも、無意識に緊張しているのだろう。心なしか、鼓動も少し早いような気がする。穏やかで優しそうな祖父母だとは言っても、初対面で打ち解けられるほどコミュニケーション能力は私には無い。そもそも人付き合いは苦手分野なのだ。その私がよく健闘しているではないか、と自画自賛しておこう。己を鼓舞する為だ、母親の為にも、祖父母には好印象を抱いて欲しい。お二人が私に抱く好感度で、今後の母親との距離が決まると言っても過言ではないのだから。

 少なくとも、二週間は帝国に滞在するのだ。景色の見どころはじっくりと観賞する機会はいくらでもある。……おっと、笑顔を忘れたらいけない。嬉しそうに口角を上げておかないと。

 10分ほどで邸宅に付いた。周りには住宅地もなく、高原の別荘という立地だ。深窓の令嬢のお屋敷にあるような白い門が、広大な庭園を含めた邸をぐるりと囲んでいる。屈強な門番が二人待機しており、私たちが車を降りる前に門が開けられ、どこから見ていたのか黒のスーツに身を包んだ青年三人が、転がり出るようにして車の前に出て来た。素早く後部座席、運転側、助手席側と待機し、一礼して車のドアを開けてくれた。いつの間にか、門の中には侍女のお仕着せ姿、黒のスーツ姿の男女が花道を作るようにして立ち並んでいる。十二人ほどだろうか。

「「「「お帰りなさいませ、ご主人様、奥様」」」」
「「「「ようこそおいでくださいました、お嬢様」」」

 門に足を踏み入れるなり、使用人一同が一斉に頭を下げ声も揃えて挨拶するものだから少し驚いてしまった。英国式庭園内には噴水まであって、いささか場違い館が拭えない。

 ……母親って本当に深窓の御令嬢だったんだなぁ……

と妙に感心してしまった。お屋敷の外観は、白い壁に瑠璃色の屋根仕様。まるで『赤毛のアン』のヒロインが夢想する御令嬢が済む邸宅を連想させる。邸を守るようにして植えられている林檎の木も、赤毛のアンの世界を連想させる。

 邸内は予想通り広くて。実際には利用した事はないけれども、映像で見た高級ホテルのスイート仕様のようだった。それと、メイドさんのお仕着せが可愛い。疲れているだろうから、とすぐに部屋に案内された。

 「うわぁ……」

年若くて可愛らしいメイドさんに案内された部屋は、母が若いころに使っていたものだそうだ。気を利かせてメイドさんが部屋を出て行くなり、感嘆の声を漏らした。

 「御伽話のお姫様のお部屋って、こんな感じかな?」

誰に問うともなしに、自然と声が出る。我が家の十倍があろうかと思われる広い部屋。白い天井には豪華なシャンデリア。ミントグリーンのカーペットに薔薇細工が施されたお洒落ば白い家具。ガラス製のテーブルにクリーム色のソファ。広い窓には白いレースと桃色のカーテン。そして広々としたベッドは天蓋付きだ。増加の藤の花と弦がカーテン替わりになっている。

 ソファに腰をおろして少しゆっくりしていると、迎えに来たメイドさんに案内されて庭園に出た。典型的な英国式ガーデンだ。白い妖精の像が三体戯れている噴水が素敵だ。ガゼボで祖父母が待っており、私が席に着くとすぐにメイドさんたちの手により、紅茶と美味しそうなスイーツが数種類用意された。

 そんな感じを経て、話は冒頭に戻る。

 祖父母に尋ねられるまま、学園の事や部活動の事などの会話をした。いつの間にか、肩の力が抜けていた。和やかになって会話が一区切りついたところで、コホンと咳払いをする祖父。

 「……ところでその、私たちに何か聞きたい事はないかね?」

僅かに戸惑いながらそう問いかける祖父に、

「疑問に感じた事は早めに解決した方がすっきりすると思うから、遠慮なく聞いてね? あ! 特に何もなければその都度聞いてくれたら良いのよ?」

 少し慌てたように、けれども気遣うように話の後を継ぐ祖母。ピンと来た。浮気クズ男実父の事を言っているのだ。確かに言い出すのは勇気がいるが、明後日魔塔見学に行く前には聞いておきたい。

 気まずい沈黙が場を支配した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

婚約者に選んでしまってごめんなさい。おかげさまで百年の恋も冷めましたので、お別れしましょう。

ふまさ
恋愛
「いや、それはいいのです。貴族の結婚に、愛など必要ないですから。問題は、僕が、エリカに対してなんの魅力も感じられないことなんです」  はじめて語られる婚約者の本音に、エリカの中にあるなにかが、音をたてて崩れていく。 「……僕は、エリカとの将来のために、正直に、自分の気持ちを晒しただけです……僕だって、エリカのことを愛したい。その気持ちはあるんです。でも、エリカは僕に甘えてばかりで……女性としての魅力が、なにもなくて」  ──ああ。そんな風に思われていたのか。  エリカは胸中で、そっと呟いた。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

処理中です...