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第三話
夏休みの計画②
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祖父母からの返事は意外なものだった。
「是非遊びに来なさい、て事だったわ。楽しみにしているみたいよ」
母親は私が帰宅するなり、喜色満面でそう伝えて来た。いつも寂しそうに笑みを浮かべる姿が自然になっている母親にしては、珍しい反応だ。嬉しく思う反面、少しだけ罪悪感が過る。けれども、『誰にも真相を告げずに真実を調べる』と決めたのは他ならぬ私自身だ。決めた事は自分で責任を負うのが筋だ。
「わぁ! 良かったぁ。楽しみだなぁ。お祖父様お祖母様のお屋敷にお泊りするの!」
出来るだけはしゃいで見せる。年齢相応に、無邪気に見えるように。
「そう、それを聞いたらお二人ともお喜びになるわ! 何と言っても孫娘ですもの」
母は夢見るようにそう答えた。ほら、また私を通して誰かを見ている。いつものパターンだ、こうして一瞬だけ夢見る乙女のような面持ちになってすぐに……
「……ごめんなさいね」
ほーらね、こんな風に、悲しそうに謝罪の言葉を口にするのだ。控えめに言って、うんざりしてしまう。
『ワタシがガ、アナタノオトウサマヲツナギトメルクライノミリョクガアレバヨカッタノダケレド』
「私が、あなたのお父様を繋ぎ留めて置けるくらい魅力があれば良かったのだけれど」
また始まった……。もう台詞もワンパーンで最早テンプレート化している。その後の母は目に涙を溜めて必死に笑うのだ。何度も言うが、こういう時の母親は本当に苦手だ。しつこいくらい繰り返してしまっているが、それほど、これらの一連の流れがパターン化していると言う事だ。だから、私のこの後の言動もパターン化している。
「そんな事気にする必要ないよ。別にお父さんが居なくてもお母さんがいるから必要性感じないし」
とびきり明るく朗らかに応じるのだ。これは本音でもある。更に本音を言うなら、
……もうそんなクズ夫の事なんぞサッサと吹っ切って新しい恋を探すなりすれば良いのに……。
である。しかし、さすがにこれは言えない。いくら私でもそこまで無神経にはなれない。どう曲解しようにも、母親は未だぞのクズ夫に想いを残しているのが分かるからだ。人の気持ちは、そう簡単にドライに割り切れるものではないらしい。……と、様々なジャンルの本から総合して学んだ。私が元彼と元親友にサッサと見切りをつけてしまったような些末な事とは度合が異なるのだろう。
ある意味羨ましい。そこまで思いを寄せられる相手に出会えた、という意味では。
「ごめんね」
母親は万感の思いを込めて謝罪するのだ。
「何にも謝る必要ないけど、いいよ。私はお母さんさえ居てくれたら。私にはガーデニアのお姉様やラウルお兄様、キアラ様やジル様も前ラインゲルト辺境伯御夫妻も親しくさせて頂いているし。もの凄くラッキーで恵まれていると思ってるよ」
「そうね。本当に有難いわね」
この話はこれ以上続けても苛立つだけなので、話題をガラリと変える。と、ここまでがテンプレートだ。
「お祖父ちゃんとこ、何持っていけば良いかなぁ? お泊り、初めてでワクワクしるよ」
「あ、そうそう。お祖母ちゃんがね、下着とか最低限必要なもの以外は持って来なくて良いって言ってたわ。お洋服とかバッグとか靴とか、色々買ってあげたいんだって」
「えー? 良いのかなぁ?」
こんな時、ごく普通の十五、六歳の女子はどんな反応をするものなのだろう? 色々な小説を読み合わせて総合して考え、平均的な反応を導き出す事しか出来ない。出来るだけ素直に、そして無邪気に、明るく見えるような反応をしなければ。
「良いのよ、お祖母さんもお祖父さんもミルティアに会えるのをとても楽しみにしているの。だから、素直に甘えておきなさいな」
あぁ、母はとても嬉しそうだ、私の反応は間違っていなかったようで安心する。
「そっか! じゃあ甘えておこう。楽しみだなぁ。帝国には観光地がいっぱいあるし」
少し照れ臭さを覚えながら、声を立てて笑った。私と言う存在が、母親の罪悪感の証になってはならない。だから私は、すくすくと健全に成長していく必要があるのだ。
「あ、そうそう。帝国から手紙が届いていたわよ?」
母親は思い出したように言った。
「え? 帝国から?」
「ええ。あなたの机の上に置いておいたわ」
「分かった、有難う、見てみるね。あ! 魔塔の見学の許可かな?」
二階の自室に向かって歩き出した。帝国の旅行の計画の一つに、魔塔の見学の許可と後一つ……聖女について禁止令が出されたが、過去に聖女絡みで被害にあった場合の対処についてはどうなっているのか? 帝国が世界各国に向けてインターネット内に設けている『ご意見や質問、ご要望の目安箱』に書き込んでみた返事、そのどちらか、或いは両方の返事が届いたのだろう。後者にわざわざ返事が来るとは思えないから、魔塔見学の事だろうと思われる。
「是非遊びに来なさい、て事だったわ。楽しみにしているみたいよ」
母親は私が帰宅するなり、喜色満面でそう伝えて来た。いつも寂しそうに笑みを浮かべる姿が自然になっている母親にしては、珍しい反応だ。嬉しく思う反面、少しだけ罪悪感が過る。けれども、『誰にも真相を告げずに真実を調べる』と決めたのは他ならぬ私自身だ。決めた事は自分で責任を負うのが筋だ。
「わぁ! 良かったぁ。楽しみだなぁ。お祖父様お祖母様のお屋敷にお泊りするの!」
出来るだけはしゃいで見せる。年齢相応に、無邪気に見えるように。
「そう、それを聞いたらお二人ともお喜びになるわ! 何と言っても孫娘ですもの」
母は夢見るようにそう答えた。ほら、また私を通して誰かを見ている。いつものパターンだ、こうして一瞬だけ夢見る乙女のような面持ちになってすぐに……
「……ごめんなさいね」
ほーらね、こんな風に、悲しそうに謝罪の言葉を口にするのだ。控えめに言って、うんざりしてしまう。
『ワタシがガ、アナタノオトウサマヲツナギトメルクライノミリョクガアレバヨカッタノダケレド』
「私が、あなたのお父様を繋ぎ留めて置けるくらい魅力があれば良かったのだけれど」
また始まった……。もう台詞もワンパーンで最早テンプレート化している。その後の母は目に涙を溜めて必死に笑うのだ。何度も言うが、こういう時の母親は本当に苦手だ。しつこいくらい繰り返してしまっているが、それほど、これらの一連の流れがパターン化していると言う事だ。だから、私のこの後の言動もパターン化している。
「そんな事気にする必要ないよ。別にお父さんが居なくてもお母さんがいるから必要性感じないし」
とびきり明るく朗らかに応じるのだ。これは本音でもある。更に本音を言うなら、
……もうそんなクズ夫の事なんぞサッサと吹っ切って新しい恋を探すなりすれば良いのに……。
である。しかし、さすがにこれは言えない。いくら私でもそこまで無神経にはなれない。どう曲解しようにも、母親は未だぞのクズ夫に想いを残しているのが分かるからだ。人の気持ちは、そう簡単にドライに割り切れるものではないらしい。……と、様々なジャンルの本から総合して学んだ。私が元彼と元親友にサッサと見切りをつけてしまったような些末な事とは度合が異なるのだろう。
ある意味羨ましい。そこまで思いを寄せられる相手に出会えた、という意味では。
「ごめんね」
母親は万感の思いを込めて謝罪するのだ。
「何にも謝る必要ないけど、いいよ。私はお母さんさえ居てくれたら。私にはガーデニアのお姉様やラウルお兄様、キアラ様やジル様も前ラインゲルト辺境伯御夫妻も親しくさせて頂いているし。もの凄くラッキーで恵まれていると思ってるよ」
「そうね。本当に有難いわね」
この話はこれ以上続けても苛立つだけなので、話題をガラリと変える。と、ここまでがテンプレートだ。
「お祖父ちゃんとこ、何持っていけば良いかなぁ? お泊り、初めてでワクワクしるよ」
「あ、そうそう。お祖母ちゃんがね、下着とか最低限必要なもの以外は持って来なくて良いって言ってたわ。お洋服とかバッグとか靴とか、色々買ってあげたいんだって」
「えー? 良いのかなぁ?」
こんな時、ごく普通の十五、六歳の女子はどんな反応をするものなのだろう? 色々な小説を読み合わせて総合して考え、平均的な反応を導き出す事しか出来ない。出来るだけ素直に、そして無邪気に、明るく見えるような反応をしなければ。
「良いのよ、お祖母さんもお祖父さんもミルティアに会えるのをとても楽しみにしているの。だから、素直に甘えておきなさいな」
あぁ、母はとても嬉しそうだ、私の反応は間違っていなかったようで安心する。
「そっか! じゃあ甘えておこう。楽しみだなぁ。帝国には観光地がいっぱいあるし」
少し照れ臭さを覚えながら、声を立てて笑った。私と言う存在が、母親の罪悪感の証になってはならない。だから私は、すくすくと健全に成長していく必要があるのだ。
「あ、そうそう。帝国から手紙が届いていたわよ?」
母親は思い出したように言った。
「え? 帝国から?」
「ええ。あなたの机の上に置いておいたわ」
「分かった、有難う、見てみるね。あ! 魔塔の見学の許可かな?」
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