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第一話
捨てられ妻の娘④
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その時の母は妊娠初期の不安定な体で、それこそ着の身着のままで亡命して来たのだという。その時、親身になって対応してくれたのが当時のラインゲルト辺境伯御夫妻だったそうだ。
現在この世界は、シュペール帝国を中心に火の力を加護に持つ「エルド王国」、水の力を加護に持つ「ドゥール王国」、風の力を加護に持つ「アエラス王国」、大地の力加護に持つ「エールデ王国」が花びらのように囲まれており、テネーブル小国は秘匿を意味する国としてシュペール帝国の東北に位置する場所に端の部分が慎ましやかに位置していた。つまりシュペール帝国以外の国とは離れているのだ。その為、国境を守護する役目を担うのはラインゲルト辺境伯様とその管轄の辺境騎士団だった。
当時のラインゲルト辺境伯様はヘンリーと言うお名前で、犬系の獣人族。包容力がばっちりとありそうなタイプで。フサフサとした顎鬚がワンコの尻尾みたいで素敵だと幼心に思ったのを思い出す。奥様はシェリーと言う名前で、リス系の獣人族。明るい茶色の髪とクリクリした瞳が可愛らしい小柄な女性だ。
母とシェリー様が歳が近かった事、更にヘンリー閣下と母の兄……私にしてみたら叔父……が、たまたま帝国の学園で同級生だった事もあり、偶然と幸運が重なって何かと気にかけて貰えるようになったようだ。ご夫妻が間を取り持ってくださったお陰で、全く意味不明だが聖女に夫を奪われた件で実家にも冷遇されていた件が軟化し、エクオールの名を名乗る事が許されるまでになった。
お二人は三年ほど前に引退され、趣味である旅行を気ままに楽しんでいらっしゃる。現辺境伯様は、養女であるディスティニー・キアラ様とジルベルト・ジャスティス様の御夫妻が跡を継がれており、こちらのお二人にも何かと気に掛けて頂けて本当に有難い限りだ。
だから掲示板にその件で書き込みされていたのは完全にやっかみだろう。私がその事を自慢にする事などとんでもない話だ、口は災いの元。プライベートに関しては特に余計な事は一切人に離さない主義なのだから。
以上の事を総合して考えてみると、書き込みをしたのは私のプライベートの事を見知っている人物だろう。となると、サイラスとユリアナしか該当人物が居ないのだが。
件の二人が何処かに立ち去ったのを見計らって、私はそんな事を思いながら帰路に着いた。ラインゲルト辺境伯の広大な領地内にあるこの住処は、結構お気に入りなのだ。森の中に隠れるようにして建てられた赤い屋根の二階建ての家は、絵本に出て来る魔法使いの住処みたいで童心をくすぐる。丸太を生かした壁たドアはコロボックルが遊びに来そうな気がして未だにワクワクするのだ。
「お帰り」
母が笑顔で出迎えてくれる。これは、母親が家で出来る仕事を選んだから出来る事だ。私の為にそうしてくれた。勿論、当時のラインゲルト辺境伯御夫妻のお力添えもあって、母親は魔法石をワイヤーを使用したり麻で編みこんだりしてお洒落に加工アクセサリーにし、それをインターネットで販売する事を仕事にしていた。元々美術の成績が良かった母親は、その仕事が向いていたようで結構実入りが良いようだ。私も手伝いたいと申し出た事は何度かあるが、毎回「あなたがそんな事を心配する必要はないのよ」の一点張りだった。今では、一人で仕事をする事が母親の矜持でもあるのだろうと、有難く享受する事にしている。けれども、魔法石をお洒落に加工アクセサリーにする練習をこっそりとしているのは秘密だ。
「お昼はどうする?」
母はどこか懐かしむように私を見る。そんな視線を避けるようにして自室の二階へと足を速めながら答えた。
「オーダー品が立て込んでるんでしょ? お昼は私が作るよ。今日は一日中予定無いし」
「そう? 有難う。じゃ、お願いね」
「うん、分かった。仕事の区切りがついたら、温めて食べてね」
なるべく朗らかに、軽快な会話を心掛ける。母親に苦手意識があるなんて悟られる訳にはいかない。自室に入ると、窓を開けた。生い茂る木々の隙間から漏れる木漏れ日が優しく降り注いている。鳥の囀りが耳に心地よい。生活道でもある森の小道には白い砂が敷き詰められており、陽の光で月の光でもキラキラと輝くような魔法石を砕いたものだ。雨でも雪でも、風が強い日でも、それは白く輝くように出来ている。万が一森の中で迷わないように配慮されているのだ。
母は時折、私を通して他の人を見ている時がある。恐らく、私の父親だ。母親はアッシュ系のブロンドの髪にグレーがかったブルーの瞳を持つ儚げな美人だ。それに対して私は、ブーゲンビリアを思わせる鮮やかな紅の髪と、同色の瞳を持っている。母は私を通して今も秘かに愛し続けている元夫の面影を見ているのだ。そんな母が苦手だった。愛した女を捨てて他の女に走った男の血を引く自分に嫌悪感を覚えてしまう。更には、何となく悲劇に浸っているように思えてしまう母親に正体不明の違和感を覚えた。何よりもそんな風に感じてしまう自分に嫌悪感が差した。
現在この世界は、シュペール帝国を中心に火の力を加護に持つ「エルド王国」、水の力を加護に持つ「ドゥール王国」、風の力を加護に持つ「アエラス王国」、大地の力加護に持つ「エールデ王国」が花びらのように囲まれており、テネーブル小国は秘匿を意味する国としてシュペール帝国の東北に位置する場所に端の部分が慎ましやかに位置していた。つまりシュペール帝国以外の国とは離れているのだ。その為、国境を守護する役目を担うのはラインゲルト辺境伯様とその管轄の辺境騎士団だった。
当時のラインゲルト辺境伯様はヘンリーと言うお名前で、犬系の獣人族。包容力がばっちりとありそうなタイプで。フサフサとした顎鬚がワンコの尻尾みたいで素敵だと幼心に思ったのを思い出す。奥様はシェリーと言う名前で、リス系の獣人族。明るい茶色の髪とクリクリした瞳が可愛らしい小柄な女性だ。
母とシェリー様が歳が近かった事、更にヘンリー閣下と母の兄……私にしてみたら叔父……が、たまたま帝国の学園で同級生だった事もあり、偶然と幸運が重なって何かと気にかけて貰えるようになったようだ。ご夫妻が間を取り持ってくださったお陰で、全く意味不明だが聖女に夫を奪われた件で実家にも冷遇されていた件が軟化し、エクオールの名を名乗る事が許されるまでになった。
お二人は三年ほど前に引退され、趣味である旅行を気ままに楽しんでいらっしゃる。現辺境伯様は、養女であるディスティニー・キアラ様とジルベルト・ジャスティス様の御夫妻が跡を継がれており、こちらのお二人にも何かと気に掛けて頂けて本当に有難い限りだ。
だから掲示板にその件で書き込みされていたのは完全にやっかみだろう。私がその事を自慢にする事などとんでもない話だ、口は災いの元。プライベートに関しては特に余計な事は一切人に離さない主義なのだから。
以上の事を総合して考えてみると、書き込みをしたのは私のプライベートの事を見知っている人物だろう。となると、サイラスとユリアナしか該当人物が居ないのだが。
件の二人が何処かに立ち去ったのを見計らって、私はそんな事を思いながら帰路に着いた。ラインゲルト辺境伯の広大な領地内にあるこの住処は、結構お気に入りなのだ。森の中に隠れるようにして建てられた赤い屋根の二階建ての家は、絵本に出て来る魔法使いの住処みたいで童心をくすぐる。丸太を生かした壁たドアはコロボックルが遊びに来そうな気がして未だにワクワクするのだ。
「お帰り」
母が笑顔で出迎えてくれる。これは、母親が家で出来る仕事を選んだから出来る事だ。私の為にそうしてくれた。勿論、当時のラインゲルト辺境伯御夫妻のお力添えもあって、母親は魔法石をワイヤーを使用したり麻で編みこんだりしてお洒落に加工アクセサリーにし、それをインターネットで販売する事を仕事にしていた。元々美術の成績が良かった母親は、その仕事が向いていたようで結構実入りが良いようだ。私も手伝いたいと申し出た事は何度かあるが、毎回「あなたがそんな事を心配する必要はないのよ」の一点張りだった。今では、一人で仕事をする事が母親の矜持でもあるのだろうと、有難く享受する事にしている。けれども、魔法石をお洒落に加工アクセサリーにする練習をこっそりとしているのは秘密だ。
「お昼はどうする?」
母はどこか懐かしむように私を見る。そんな視線を避けるようにして自室の二階へと足を速めながら答えた。
「オーダー品が立て込んでるんでしょ? お昼は私が作るよ。今日は一日中予定無いし」
「そう? 有難う。じゃ、お願いね」
「うん、分かった。仕事の区切りがついたら、温めて食べてね」
なるべく朗らかに、軽快な会話を心掛ける。母親に苦手意識があるなんて悟られる訳にはいかない。自室に入ると、窓を開けた。生い茂る木々の隙間から漏れる木漏れ日が優しく降り注いている。鳥の囀りが耳に心地よい。生活道でもある森の小道には白い砂が敷き詰められており、陽の光で月の光でもキラキラと輝くような魔法石を砕いたものだ。雨でも雪でも、風が強い日でも、それは白く輝くように出来ている。万が一森の中で迷わないように配慮されているのだ。
母は時折、私を通して他の人を見ている時がある。恐らく、私の父親だ。母親はアッシュ系のブロンドの髪にグレーがかったブルーの瞳を持つ儚げな美人だ。それに対して私は、ブーゲンビリアを思わせる鮮やかな紅の髪と、同色の瞳を持っている。母は私を通して今も秘かに愛し続けている元夫の面影を見ているのだ。そんな母が苦手だった。愛した女を捨てて他の女に走った男の血を引く自分に嫌悪感を覚えてしまう。更には、何となく悲劇に浸っているように思えてしまう母親に正体不明の違和感を覚えた。何よりもそんな風に感じてしまう自分に嫌悪感が差した。
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