【銀梅花の咲く庭で】~秋扇の蕾~

大和撫子

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第一話

捨てられ妻の娘②

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 『嗚呼私ってばなんて悪い女の子なの?!』

 ……あーさいでっか、自覚はあるんスね……

『いや、責められるべきはこの俺だ! こんな事、ミルティアに悪いって分かっているのに君への想いは止められないなんて!!!』

 ……お前は猿か?! 理性ってもんがあるだろうがっ!……

 アホか? 馬鹿なのか?! 完全に二人の世界に酔い痴れている。人目も憚らず地声で話しているなんて。こいつらはもう、私の彼でも親友でもない。「浮気男」と「略奪女」に決定だっ! そもそも後ろめたい気持ちがあるなら、少しくらいははコソコソする筈なのに『防音魔法』もかけずに白昼……いや朝っぱらから堂々と国立公園で仲良く逢瀬とは。これは確信犯、もしくは完全に恋愛脳で理性を脱ぎ捨てた猿以下……いや、猿に例えるなど猿様に失礼だ。

 もし前者なら、学園での噂を流したのはこいつ等の策略である可能性がある。そうなると、ここで飛び出して感情を爆発させたら私が確率が高い。わざと人目につくように計算しているのかもしれない。他に協力者が居る可能性も否定出来ない。ここは冷静に先を見据えて賢く立ち回るべきだ。さすがに、私自身に目撃されているのは想定外だろうけれど。ここは一先ず、相手の出方を見よう。冷静に周りの反応を観察して噂の出所を探ろう。

 基本的に私は主義だ。相手にするだけ無駄なパターンを除いては。どうしてかと言うと、それは母親をとしているからだ。

 先に述べた通り、私は『捨てられ妻』の娘だ。別にその事自体にどうこう言うつもりは無い。離婚したのは母が決めた事だし、父親が居ない事に不満を述べるつもりもない。

 私が勝手に『最低野郎』呼んで一括りにしているクズ共の筆頭は、かつて私の父親という男だ。これには大昔の令嬢モノ恋愛ファンタジーのテンプレートに出て来るような物語があった。

 母ルアナ・ノーラは水の精霊の祝福と加護を得たエクオール侯爵家の長女だ。風の精霊の祝福と加護を受けたブルーメル公爵家の嫡男ととの恋が実り、新婚生活を送っていた。ある日子宝に恵まれた事を喜びと共に夫に告げようとしたその時、突如彗星の如く出現した聖女と夫が恋に落ちてしまう。周りからは、どういう訳か周りから、実の家族からも聖女と夫の恋を邪魔する悪女とののしられ冷遇されるようになっていったと言う。身の危険を感じた母は妊娠を告げる事なく、記入した離縁届を自室の机に置いて逃げるようにこのテネーブル小国へと亡命したのだそうだ。

 もし男に、例え愛情はなくとも人としての倫理観があるなら、話し合いも出来る状況ではなく逃げるように亡命した母を何とかして探し出す努力をしただろう。残念ながら探し出そうとした形跡は一切無かった。つまり元妻に対して誠意の欠片もなく、他の女に夢中になったままの最低のだった、という事だ。母親に言わせると、聖女に出会う前は誠実で優しかった、と言うからそれが本当なら聖女に誑かされた低能間抜け野郎だ。まぁ、元々が屑の素質があったのだと思う。

 本物の聖女なら、人様の夫を奪うなんて価値観が存在する事自体が変だから、聖女とは自称で周りから祭り上げられた下品な略奪女だろう。

 テネーブル小国は、闇、影、癒し、安らぎ、休息などを司る夜の精霊の守護と加護を受けている。建国初期より、その夜の精霊の性質を利用して、DVや虐待、虐めや差別、ネグレストなどで苦しみ、後ろ盾も保護してくれる場所もない人たちを積極的に保護して受け入れるという特色を持つ国だ。だから入国審査はとても厳しいものとなっている。仮に亡命者の身内や親しい者、と名乗って訪ねて来たとしても、三年間は会う事は出来ない、という規則が設けられている。三年が経ち、再び訪ねて来た場合……本人と確認をとってどのような関係性なのかしっかり確認が取れるまで入国は許可されない。ただ、訪ねて来た際は入国管理局から連絡が入る事になっているし、手続きを取れば記録も閲覧が可能だ。調べたところ、屑男の名であるアンソニー・マックス・ブルーノと言う名前は無かった。何回か、母方の祖父母が訪ねて来てくれた事はあるが……。

 屑の上に薄情とは、そんな奴の血を引いているなんて思いたくもない。

 つい先日、「聖女」と名乗り認定する事は世界各国で禁止する、と帝国の皇帝エドワードから発表があった事は記憶に新しい。数年前に帝国で起きた聖女絡みに関する重大事件が発端で、聖女に関する歴史を徹底検証、「魔塔」の魔術師たちが色々と調べ尽くしてその対策がやっと完成したのだという。聖女の力について歴史の紐を解いてみると、魅了、魅惑、マインドコントロール、洗脳といった魔力に近いもので周囲を虜にし、それによって人生を狂わされる人が多かったのだとか。

 どうせならもっと早く……母親の結婚生活の時代に発表、聖女の名乗る事を禁じてくれたら良かったのに、と心の底から感じた。

 不倫男と略奪女が今どうしているのか人伝に聞いたところによると、屑二人は子宝に恵まれ幸せに暮らしているらしい。何だか非常に理不尽だ。本当に、罪悪感の欠片もないのだろうか。

 母に父の事を尋ねると決まって瞳を潤ませ、こう答える。

「私にお父さんを繋ぎ留めておける魅力がないばかりに、寂しい思いをさせて御免ね。聖女様はね、それこそ花のように美しい人だったのよ」

 と。元夫に対しても、略奪女に対しても一切不満も恨み言も言わなかった。

 正直言って、そんな母親が苦手だった。決して嫌いではない。女手一つで愛情をたっぷりと注がれて育ててくれた事に感謝の気持ちしかない。けれども、そんな時の母親は、何となく『悲劇のヒロイン』に酔っているように感じてしまうのだ。どうしてそう感じてしまうのかは、いくら考えてもわからなかった。だからこの感情は、私だけの秘密だ。

 来月、私は誕生日を迎える。そして直ぐに学園が夏休みに入るのだ。その時を利用して、シュペール帝国に旅行に行ってみようと思っている。

 愛し合っていた筈の妻を平気で捨て去った男と、略奪女の元へこっそりと足を運ぶのだ。勿論、その事は母親には内緒で。私はただ、真実を知りたかった。別に、復讐や断罪をしたい訳ではない。略奪女との間に生まれた子供たちに罪はない。しかし、子供たちは知らされているのだろうか? 『当たり前のように享受できる幸福』な日常は、踏み台にされ犠牲になった哀れな女がいるという事実を。もし何も知らないなら、真実を知っておくべきだと感じていた。

 母親から聞いた話がそのまま事実だとしたら、周りが冷遇して居場所が無くなってしまった点を始め、いくつか不審な点がある。その辺りも調べて明らかにしたかった。
 
 
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