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第一話
捨てられ妻の娘①
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甘やかな、それでいて気品のある香りが心地よく漂う。繊細に作りこまれた純白の花細工のような銀梅花に囲まれて私はしゃがみ込んでいた。
私のファーストネーム、ミルティア(銀梅花)は母親がつけてくれた。銀梅花が満開の時に生まれたからだそうだ。私が大好きな花の一つだ。
ここは古代の日本式庭園と英国式庭園を融合させた広大な場所だ。四季折々の花木や花々がセンスよく配置されており、ここテネーブル小国の国民であれば誰でも無料で散策が出来る憩いの庭園だ。テネーブル小国国立記念公園という名前がついており、入り口受付は長さ三メートル、直径一メートルほどの円錐型の透明水晶が置かれ、そこの前を通れば国民かどうか識別される仕組みだ。もし国民以外の者が通れば、その場で即その円錐型のクリスタルの中に取り込まれて警察に引き渡されるのだというが、我が国では入国審査が格別に厳しいので、そんな事は発生しないと思う。しかし、何事にも油断は禁物だ、という意味で、しっかりとしたクリスタル型の魔術監査機器が庭園入口に置かれているという訳だ。
この場所は、庭園の中でも奥まったところにあるせいか、穴場となっており私のお気に入りの場所となっている。沈丁花、銀梅花と金木犀の花木に囲まれた部屋のようになっているのだ。ひっそりとしており、耳を澄ますと近くを流れる小川のせせらぎが聞こえてきて、気持ちがとても落ち着く。春は沈丁花、夏は銀梅花、秋は金木犀と香りを楽しめる。それぞれに派手さはないが高貴で慎ましやかな美しさのある花々たちだ。雨や雪が降った際は、自動的に魔術ですりガラスに似た素材で出来た屋根が張られるからにわか雨もへっちゃらなのだ。
さて、私がどうしてこの場所でしゃがみ込んで身を屈めているかについて述べると……
見たくないものを目撃してしまったからなのだ。更に言えば、現実を直視したくない。言わば現実逃避をしたい故に何も考えたくないのだ。
では何があったのかを一言で言うなれば、つい先ほど、彼と親友を同時に失ったのだ。いや、訃報ではない、二人ともピンピンしている、憎らしいほどに。
私の彼だった筈の男が、だ。私の親友だった筈の女と抱き合って熱烈なキスを交わしているという現場を偶然に目撃してしまったのだ。つまり、付き合っていたと思っていた男も親友だと思ってていた女も全て私の一方的な思い込みで、奴らからしてみたら蔑ろにしても良い相手だと見下されていた、二人とも人間のクズだったという……
と、いう事で。少しの間開き直ってこの世界とこの国について説明とやらをしてみようと思う。はい、歴史の教科書の一ページを開いてくださーい。
さて、始まり始まり……
西暦3xxx年、人類は傲慢の極みから我が物顔に自然を蹂躙し尽くした挙句荒廃し、地球滅亡の危機に陥ってしまった。人類は生き残りをかけ、僅かに残った自然を利用して一体化した者、獣と一体化した者と大きく二種類に分かれた。
自然と一体化した人類は能力の個人差はあれど魔術または精霊を使役出来るようになり、「精霊人」と呼ばれるようになった。精霊の血が濃ければ濃いほど魔力も強く耳先が尖る傾向にあり、フルネームには精霊名としてミドルネームがつけられるのも特徴だ。精霊の加護と祝福を受けた名前とされる。使用出来る魔術属性は、先祖がどの精霊と一体化したのかによる。但し努力と資質によっては属性に関わらず様々な魔術が扱えるようになるとされる。だがこれには才能も関係してくると思う。
例を挙げてみると、私の場合はミルティア(銀梅花)・フェリシティ(祝福・祝詞・至福)・エクオールで、フェリシティが精霊名となる。エクオール一族は母方のファミリーネームだが、水の精霊の加護と祝福を受けているらしい。父親については……また後程述べる事としよう。因みに精霊は大きく火・水・風・土の四つの属性に分けられる。精霊人の属性については、生まれた両親の属性が複雑に絡み合う。その点についても、おいおい触れていこう。
獣と一体化したものは……こちらもまた個人差はあるものの、その一体化した獣に準ずる身体能力と力、優れた五感、中でも野生の勘を手に入れた。彼らは「獣人族」と呼ばれ、頭に獣の耳がついていたり尻尾がついていたりする者も少なくない。1000年以上前にあった日本という国でいうところの『平成』や『令和』という時代に流行った「ファンタジーもの」に登場する『亜人』やら『ケモ耳』やらに近い感じ、と想像して頂けたらと分かり易いと思う。因みに、こちらもまた本人の努力と資質により魔術を身に着ける事も可能だ。
王族や貴族は、一定基準以上の魔法が使える事が条件の一つとなっており、魔法が使えない場合はそれにとって代わる知性や一芸に秀でた何かを持つよう義務づけられている。昔でいうところの『国家公務員』みたいなイメージに近いだろう。
その為、個人差はあるものの魔法を使うこと、精霊を使役する事はごく普通の感覚として人々の生活に浸透していた。科学を極め頼り過ぎて自滅、滅亡の危機を経験した人類は、科学の代わりに魔術を徹底的に研究し、インターネット機器系やテレビ、電気、ガス等の原動力を魔力で行う事となった。俗に言う『生活魔法』の発電所というものを『魔力』で行うのだ。それは『魔力発電所』と呼ばれ、王族や貴族が定期的にそこに魔力を送る事が公務の一つとなっている。そうする事により人類は、自然を破壊する事なく共存していく道を選択したのである。その最たる例が「魔法石」の販売だ。これは火にくべたり、お湯に溶かしたりする事で今でいうところの電池の代わりとなっており、特に魔法が使えなくても日常生活が送れるようになっている。
更に、人々は愚かな過去から学び、再び人類滅亡の危機に陥る事のないよう、力を合わせて「理想郷」を創造した。
その結果、地球は六つの国で成り立っている。
☆火の力を加護に持つ「エルド王国」
☆水の力を加護に持つ「ドゥール王国」
☆風の力を加護に持つ「アエラス王国」
☆大地の力加護に持つ「エールデ王国」
☆その四つの国を統制する天空と光を統制する「シュペール帝国」
☆そして癒し、安らぎ、闇、影、を統制する秘された国、「テネーブル小国」
この物語は、テネーブル小国とシュペール帝国を舞台に始まる。世界観としては、中世ヨーロッパ風味に加えてドラゴンや魔物、妖精や魔法などのファンタジーが融合されたものに近いだろう。
「……やっぱりいけないわ、私はミルティアの親友だもの」
媚びるようにやや舌足らずな声が耳に突撃してきやがった。強制的に嫌でも現実に返らざるを得ない。抱き合ってキスまでしておいて今更良い子ちゃんぶるなっつーの!
「それを言ったら俺もだ! 俺はミルティアの彼なんだから」
はぁ? 何開き直ってる訳? だったら最初からやるなよ。付き合うなら私としっかり別れてから、が筋だろう?
……ダメだ、怒り心頭。感情のままに二人の前に飛び出してしまいそう。落ち着こう、落ち着け、私……
大きく深呼吸を繰り返し、10、9、8、7……とゆっくり数えて行く。こういう時、感情に任せて飛び出すと私が不利になる上に後々惨めな思いをする。何故かと言うと、ここ何日か学園でこんな噂が流れていたからなのだ。私はテネーブル小国国立総合学園の中等部に通っている。誕生日を凡そ一月後にに控えた現在十五歳だ。
お昼休み、化粧室近くの談笑室にて。
『ねぇねぇ、知ってる? サイラス様には秘密の恋人がいるって噂……』
……は? 何それ? 寝耳に水なんですけど?……
『サイラス様って……ミルティア様とお付き合いしてる筈よね?』
……そう、その筈ですけど?……
『……の筈なのですけれど、実は前からお付き合いしていた方が居て、ミルティア様が地位とお金にモノを言わせて強引に奪ったのだとか!』
……何だそれ? 権力? 地位? 侯爵家? そんなのこれっぽちも自慢にも思った事ないけど。そもそもが母親のモノで私のモノじゃないし、それに昔の事で今は…………
『え? 何それ? 酷いわ、お可哀そうなサイラス様……』
……いやいや、可哀そうなのは私だから。何でその話が事実みたいな前提で話が進んでいる訳?…………
『それで、そのお相手とはどなたですの?』
……そうだ誰よ?……
『それが、ユリアナ様なのだそうですわ』
……え?……
『え? ユリアナ様とミルティア様って確か親友同士ではなかったかしら?』
文字通り頭の中が真っ白になった。
その噂の事を紋々と考えながら休日の今朝、お気に入りの庭園へと散策に来たところ、仲睦まじく寄り添うようにして歩く二人を見てしまった、という経緯を経て現在に至る。噂は絶対にあり得ない。私には浮気や略奪は絶対的な禁忌事項なのだ。
何故なら私は捨てられ妻の娘だったから。
私のファーストネーム、ミルティア(銀梅花)は母親がつけてくれた。銀梅花が満開の時に生まれたからだそうだ。私が大好きな花の一つだ。
ここは古代の日本式庭園と英国式庭園を融合させた広大な場所だ。四季折々の花木や花々がセンスよく配置されており、ここテネーブル小国の国民であれば誰でも無料で散策が出来る憩いの庭園だ。テネーブル小国国立記念公園という名前がついており、入り口受付は長さ三メートル、直径一メートルほどの円錐型の透明水晶が置かれ、そこの前を通れば国民かどうか識別される仕組みだ。もし国民以外の者が通れば、その場で即その円錐型のクリスタルの中に取り込まれて警察に引き渡されるのだというが、我が国では入国審査が格別に厳しいので、そんな事は発生しないと思う。しかし、何事にも油断は禁物だ、という意味で、しっかりとしたクリスタル型の魔術監査機器が庭園入口に置かれているという訳だ。
この場所は、庭園の中でも奥まったところにあるせいか、穴場となっており私のお気に入りの場所となっている。沈丁花、銀梅花と金木犀の花木に囲まれた部屋のようになっているのだ。ひっそりとしており、耳を澄ますと近くを流れる小川のせせらぎが聞こえてきて、気持ちがとても落ち着く。春は沈丁花、夏は銀梅花、秋は金木犀と香りを楽しめる。それぞれに派手さはないが高貴で慎ましやかな美しさのある花々たちだ。雨や雪が降った際は、自動的に魔術ですりガラスに似た素材で出来た屋根が張られるからにわか雨もへっちゃらなのだ。
さて、私がどうしてこの場所でしゃがみ込んで身を屈めているかについて述べると……
見たくないものを目撃してしまったからなのだ。更に言えば、現実を直視したくない。言わば現実逃避をしたい故に何も考えたくないのだ。
では何があったのかを一言で言うなれば、つい先ほど、彼と親友を同時に失ったのだ。いや、訃報ではない、二人ともピンピンしている、憎らしいほどに。
私の彼だった筈の男が、だ。私の親友だった筈の女と抱き合って熱烈なキスを交わしているという現場を偶然に目撃してしまったのだ。つまり、付き合っていたと思っていた男も親友だと思ってていた女も全て私の一方的な思い込みで、奴らからしてみたら蔑ろにしても良い相手だと見下されていた、二人とも人間のクズだったという……
と、いう事で。少しの間開き直ってこの世界とこの国について説明とやらをしてみようと思う。はい、歴史の教科書の一ページを開いてくださーい。
さて、始まり始まり……
西暦3xxx年、人類は傲慢の極みから我が物顔に自然を蹂躙し尽くした挙句荒廃し、地球滅亡の危機に陥ってしまった。人類は生き残りをかけ、僅かに残った自然を利用して一体化した者、獣と一体化した者と大きく二種類に分かれた。
自然と一体化した人類は能力の個人差はあれど魔術または精霊を使役出来るようになり、「精霊人」と呼ばれるようになった。精霊の血が濃ければ濃いほど魔力も強く耳先が尖る傾向にあり、フルネームには精霊名としてミドルネームがつけられるのも特徴だ。精霊の加護と祝福を受けた名前とされる。使用出来る魔術属性は、先祖がどの精霊と一体化したのかによる。但し努力と資質によっては属性に関わらず様々な魔術が扱えるようになるとされる。だがこれには才能も関係してくると思う。
例を挙げてみると、私の場合はミルティア(銀梅花)・フェリシティ(祝福・祝詞・至福)・エクオールで、フェリシティが精霊名となる。エクオール一族は母方のファミリーネームだが、水の精霊の加護と祝福を受けているらしい。父親については……また後程述べる事としよう。因みに精霊は大きく火・水・風・土の四つの属性に分けられる。精霊人の属性については、生まれた両親の属性が複雑に絡み合う。その点についても、おいおい触れていこう。
獣と一体化したものは……こちらもまた個人差はあるものの、その一体化した獣に準ずる身体能力と力、優れた五感、中でも野生の勘を手に入れた。彼らは「獣人族」と呼ばれ、頭に獣の耳がついていたり尻尾がついていたりする者も少なくない。1000年以上前にあった日本という国でいうところの『平成』や『令和』という時代に流行った「ファンタジーもの」に登場する『亜人』やら『ケモ耳』やらに近い感じ、と想像して頂けたらと分かり易いと思う。因みに、こちらもまた本人の努力と資質により魔術を身に着ける事も可能だ。
王族や貴族は、一定基準以上の魔法が使える事が条件の一つとなっており、魔法が使えない場合はそれにとって代わる知性や一芸に秀でた何かを持つよう義務づけられている。昔でいうところの『国家公務員』みたいなイメージに近いだろう。
その為、個人差はあるものの魔法を使うこと、精霊を使役する事はごく普通の感覚として人々の生活に浸透していた。科学を極め頼り過ぎて自滅、滅亡の危機を経験した人類は、科学の代わりに魔術を徹底的に研究し、インターネット機器系やテレビ、電気、ガス等の原動力を魔力で行う事となった。俗に言う『生活魔法』の発電所というものを『魔力』で行うのだ。それは『魔力発電所』と呼ばれ、王族や貴族が定期的にそこに魔力を送る事が公務の一つとなっている。そうする事により人類は、自然を破壊する事なく共存していく道を選択したのである。その最たる例が「魔法石」の販売だ。これは火にくべたり、お湯に溶かしたりする事で今でいうところの電池の代わりとなっており、特に魔法が使えなくても日常生活が送れるようになっている。
更に、人々は愚かな過去から学び、再び人類滅亡の危機に陥る事のないよう、力を合わせて「理想郷」を創造した。
その結果、地球は六つの国で成り立っている。
☆火の力を加護に持つ「エルド王国」
☆水の力を加護に持つ「ドゥール王国」
☆風の力を加護に持つ「アエラス王国」
☆大地の力加護に持つ「エールデ王国」
☆その四つの国を統制する天空と光を統制する「シュペール帝国」
☆そして癒し、安らぎ、闇、影、を統制する秘された国、「テネーブル小国」
この物語は、テネーブル小国とシュペール帝国を舞台に始まる。世界観としては、中世ヨーロッパ風味に加えてドラゴンや魔物、妖精や魔法などのファンタジーが融合されたものに近いだろう。
「……やっぱりいけないわ、私はミルティアの親友だもの」
媚びるようにやや舌足らずな声が耳に突撃してきやがった。強制的に嫌でも現実に返らざるを得ない。抱き合ってキスまでしておいて今更良い子ちゃんぶるなっつーの!
「それを言ったら俺もだ! 俺はミルティアの彼なんだから」
はぁ? 何開き直ってる訳? だったら最初からやるなよ。付き合うなら私としっかり別れてから、が筋だろう?
……ダメだ、怒り心頭。感情のままに二人の前に飛び出してしまいそう。落ち着こう、落ち着け、私……
大きく深呼吸を繰り返し、10、9、8、7……とゆっくり数えて行く。こういう時、感情に任せて飛び出すと私が不利になる上に後々惨めな思いをする。何故かと言うと、ここ何日か学園でこんな噂が流れていたからなのだ。私はテネーブル小国国立総合学園の中等部に通っている。誕生日を凡そ一月後にに控えた現在十五歳だ。
お昼休み、化粧室近くの談笑室にて。
『ねぇねぇ、知ってる? サイラス様には秘密の恋人がいるって噂……』
……は? 何それ? 寝耳に水なんですけど?……
『サイラス様って……ミルティア様とお付き合いしてる筈よね?』
……そう、その筈ですけど?……
『……の筈なのですけれど、実は前からお付き合いしていた方が居て、ミルティア様が地位とお金にモノを言わせて強引に奪ったのだとか!』
……何だそれ? 権力? 地位? 侯爵家? そんなのこれっぽちも自慢にも思った事ないけど。そもそもが母親のモノで私のモノじゃないし、それに昔の事で今は…………
『え? 何それ? 酷いわ、お可哀そうなサイラス様……』
……いやいや、可哀そうなのは私だから。何でその話が事実みたいな前提で話が進んでいる訳?…………
『それで、そのお相手とはどなたですの?』
……そうだ誰よ?……
『それが、ユリアナ様なのだそうですわ』
……え?……
『え? ユリアナ様とミルティア様って確か親友同士ではなかったかしら?』
文字通り頭の中が真っ白になった。
その噂の事を紋々と考えながら休日の今朝、お気に入りの庭園へと散策に来たところ、仲睦まじく寄り添うようにして歩く二人を見てしまった、という経緯を経て現在に至る。噂は絶対にあり得ない。私には浮気や略奪は絶対的な禁忌事項なのだ。
何故なら私は捨てられ妻の娘だったから。
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