その男、有能につき……

大和撫子

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第百十九話

恋ぞつもりて……・中編

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 筑波嶺つくばねの峰より落つる男女みなの川恋ぞつもりて淵となりぬる。
<意訳>
 筑波山の峰から流れてくる男女川も、最初は小さなせせらぎくらいであったものが、やがて深い淵をつくっていくように、私の恋もしだいに積もり、今では淵のように深いものとなってしまったよ。

 陽成院のこの和歌が、どうかしたのだろうか……。

「唐突にすまんな。なんだかんだと、あまりそなたと話す時間が取れないのでな。先ずは要件だけ先に言っておこうと思ってな」

 あぁ、そう言う事……なのか。言葉通りに受け取ると、だけれど。照れ臭そうにそう話す国王は、ほんの少しだけ幼く見えて。何となく幼少期の頃を思わせる。

「あ、いいえ。、とんでもないです。自分が元居た世界の作品の事を、こちらでもお話出来るなんて、不思議な感じがすると共に嬉しいです」

 素直に応じ、向かい側に腰をおろす月の麗人を見つめた。

「そなたも知っていると思うが、あちらの世界から転移してくるものは少なくないのでな。あちらの世界での小説はこちらでもよく共有されているのだ」
「そうだったのですね」

 まだ転移して間もない頃、リアンからこの世界の仕組みについて説明を受けた事を懐かしく思い出す。

「あまりまとまった時間が取れそうにないのでな、何の脈絡もなく話が飛ぶ事もあるかもしれぬ。色々と話したい事が山積みでな。本当は一日中でもそなたの傍にいたいのだが…。許せ」

 本当に申し訳なさそうに眉尻を下げて話している。嘘をついているようには見えないが……。国王の真意をはかりかねる。

「いいえ、どうぞお気になさらず」

 と微笑んで応じた。

「そう言って貰えると助かる。では早速だが……。私はそなたの居た世界の『和の国』の古典と呼ばれる分野が好きでな。特に和歌は、心をわし掴みにされたものだ」

 国王は、俺を通り越してどこか遠くを見るような眼差しで語り始めた。

「先程の和歌だが、私はこの陽成院とやらに興味が湧いてな」
「陽成院が?」
「あぁ。この彼は幼き頃から気性が荒く奇行を繰り返した挙句、乳母子を撲殺して強制的に譲位させられたという話だ」
「えぇ、そうですね……真相は分かりませんが、そう言われるのが一般的のようですね」

 そう、歴史は勝者が作り上げて来たものだから……

「そうなのだ、表向きはな。だが、基経とやらが光孝天皇を立てる事を正当化する為に企てたもの、でっち上げだ、とも言われているそうだな」
「はい、そう主張する研究者もいるようですね」
「何だか他人事のような気がしなくてな……」

 銀色の長い睫毛が、白磁の頬に影を落とす。月光を湛えた双眸が憂いを秘めて揺らめいた。

 ……あぁ、恐らくご自身の幼少期と陽成院の数奇な生い立ちを重ねておられるのだ……

 そう感じた。例によって、確信に近い直感だった。しばらく、沈黙が走る。ややあって、国王は静かに口を開いた。

「……我が弟と、唯一好みが合ったのが、この『和歌』という分野だったのだ」
「……え?」

 我が弟? ラディウス王子の事……だよなぁ? 

「そう、ラディウスだ」

 意外な名前を耳にして少々間抜けな問いかけをした俺を、国王は面白そうに見つめた。唐突に話が飛ぶかもとは聞いていたが、突然過ぎてどう話が転がるのか全く読めない。

 ……何を言おうとしているのだろう?
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