その男、有能につき……

大和撫子

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第百十四話

忘却の彼方・前編

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『……えぇ、恐らく何かを思い出しかけて。脳と体、そしてメンタルが大きく崩れたのかと思われます』

 冴え冴えとした冬の朝を思わせる声に、意識が浮上する。瞬間的に目を開けようとしたが、直ぐに思い留まる。意識を手放す前に思い出した大切な記憶を、取り零さすにあるかどうかを素早く確認する。

 ラディウス王子、リアン、央雅、レオ、ノア……大切な、大切な人たち。大丈夫、しっかり覚えてる。頼むぞ、フォルス。そしてオ-ロラの涙、アグラの盾のペンダント。記憶の保護とこの『花の檻』からの脱出の手立てを……

 それからゆっくりと薄目を開けた。どうやら俺は、ソファに寝かされていたようだ。声がした方に意識を向ける。
 
 背の高い、コバルトブルーの軍服姿の男の後横向きの姿がメニューバー入った。藍色の長い髪を後ろで一つに束ねている。色白で、涼やかなオリ-ブ色の瞳。国王衛兵四天王の北を司るハロルドだ。その立ち姿は相変わらず瑠璃色の花菖蒲を思わせる。声の主は彼だったようだ。

 ハロルドの奥、窓の外を眺めているのは国王だ。深い紫色の直裾、滝のように流れる銀の髪で直ぐに分かる。

 ……大丈夫、普通に対応出来る……

 自分に暗示をかけてみる。別に悪いことをしている訳ではないけれど、堂々と開き直る訳にはいかない。まだ、国王が俺をどうしたいのかも今一つよく分からないもある。少し様子を見ないと……

 国王は振り向き、相好を崩した。

「気が付いたか? 気分は悪くないか?」

 この上なく優しく語りかけるようにして尋ねた。あまりに慈愛に満ちてた笑みに、自然口角が上がる。

「はい、大丈夫です」

 ゆっくりと状態を起こし、座り直した。国王は近付きながら口を開く。

「何やらそなたの身に異変を感じ取ったのでな。ちょうど私とダニエルは公務中だったのでな。医療の術もたしなむハロルドに直ぐに様子を見に行かせたのだ」

 ……なるほど、やはり監視というか、俺の思考や行動は筒抜けだ……

 と思いながら応じる。

「ご迷惑お掛けしました」

 国王とハロルドに頭を下げた。

「いいえ。少しお疲れのようです。まだこちらの世界に来て心身共に慣れてらっしゃらないせいでしょう。眠くなられた際は無理せずゆっくりとお休み下さい。それでは失礼します」

 相変わらず見事なポ-カ-フェイスだ。ハロルドは俺と国王に頭を下げると、静かに部屋を後にした。
 
 目を覚ます寸前のハロルドの台詞を思い出す。

 『……えぇ、恐らく何かを思い出しかけて。脳と体、そしてメンタルが大きく崩れたのかと思われます』

 まだ、思い出したとまでは思われていないようだ。

「……何か気掛かりな事があるのではないか?」

 国王は様子を窺うように覗き込むと、ゆっくりと俺の左隣に腰をおろした。そして話を続ける。

「そなたを全ての苦しみから守ってやりたいのだ。少しでも気になる事があるなら遠慮無く申し出て欲しい」

 そう言いながら右手を伸ばすと、俺の肩を引き寄せた。

 ……慎重に対応せねば……

 表面的には国王に身を任せながら、改めて気を引き締める。
 
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